鶴女房

「そろそろ本当のことを言ったらどうだ?」


 天上から逆さに吊るされた男は首を振る。そのほどけた髷からは水滴がぶるぶると辺りへ散らばる。


「俺じゃない……俺じゃない……女房なんだ……」


「まだ言うかっ! やれい!」


 役人の号令のもと、男は水の入った大きな桶の中へ再びざぶんと落とされる。そしてまた引き上げられる。十両盗めば死罪とされていたその時代、一見して農民風の男が持っていた反物の数々は、合計すれば十両をゆうに越えるだけの価値があった。それゆえに不審に思った店から通報があったのだ。


 捕まった男は当初、お鶴という女が反物をくれたのだと答えた。その女は誰だと問い詰めると女房だと言う。ならばその女房を連れてまいれと言いつけると、もう家を出て居なくなったと泣く。

 拷問の中で男はだんだんと話の辻褄が合わなくなり、しまいにはお鶴という女は実は鶴で、その女が反物を織るところを見てしまったせいで家を飛び出してしまったのだと戯言を繰り返すようになってしまっていた。

 そういう話はどこからかすぐに世間に伝わってゆくもので、奉行所の周りでは鶴を女房にした男の美談がまことしとやかに囁かれるようになったのだ。


 このままでは面子が立たぬと役人は男の家へと部下を派遣し、あるものを発見する。その事実を突きつけると、男はようやく本当のことを話すようになった。



 

 お鶴が最初に俺の家を訪ねてきたのは、二週間ほど前の寒い夜のことだった。

 道に迷ったから泊めてほしいという。旅の服装ではなく、身なりもいい。それに妙になまめかしかったから、怪しいと思いつつも泊めてやることにしたんだ。

 だが翌朝になってもそのまた翌日になっても一向に出てゆく気配がない。

 俺が畑仕事に出ている間、飯ばかりばくばくと食いやがる。痩せていやがるのに、だ。だからそんなに飯を食うなら何かよこせと言ったんだ。するとお鶴は俺に抱きついてきた。俺の女房になりたいと言うもんで……その……いろいろあって嫁にすることにした。

 俺は早くに両親を亡くして一人身だったし、今年は作物の出来が良かったからもう一人養うくらいの収穫はあったし、ただ素直に喜んでいた。はじめのうちは。


 お鶴が俺の女房になってから一週間ほど経った頃だろうか。あまりにも飯がなくなるのが早いから、こいつはもしかして狐か何かで俺が出かけている間に仲間を呼んで大事な食料を食い散らかしているんじゃないかと不安に思えてきた。

 なので俺は畑に行くフリをして近くの林に身を隠し、様子をうかがっていたのだ。

 するとしばらくして男がやってきた。農民らしからぬ姿。お鶴と同じ、町の人間のような雰囲気。しかも男は俺の家に入ってゆくじゃないか。


 密かに家に近づき様子を伺うと、中からお鶴の艶っぽい声がする。

 俺はつい中へと駆け込んだ。すると男は着物をはだけて俺の女房にまたがっているじゃないか。思わず持っていた鍬で男になぐりかかったら……。



 

 役人は静かに頷いた。


「そいつは一ヶ月ほど前、神田小柳町の越前屋から反物を盗んで消えた番頭の与兵衛だ。遊女のお鶴と一緒に駆け落ちしたと言う噂は本当だったんだな。お前さんの持ち込んだ反物を越前屋の主に見せたら間違いないと答えたよ。お前さんの家の裏に埋められていた男女の死体は与兵衛とお鶴に間違いないな」


 男はそのまま死罪となったが、鶴を女房にした話は真実が伏せられたまま広がっていった。



 

『当世民明之俗談』(著者不詳)に拠る。




<終>

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