かさっこ地蔵
「そんな夜更かしばかりしてっと、かさっこさまが来るぞ」
小さい頃、祖父によく言われた言葉だ。
私の家は両親が共働きだったこともあり、小学生の頃は学校が長い休みになる度にとある雪国にある父方の祖父母の家に預けられるのが常だった。布団を敷くのは仏壇のある居間で、それがどうも「かさっこさま」から守られるようにという理由らしかった。
「かさっこさまって何?」
私が祖父にそうたずねると町外れにある小さな神社へと連れて行かれた。お参りを済ませたあと神社のお堂の裏へと回り込んだとき、私は思わず祖父にしがみついた。
「じいちゃん、ここ、怖い」
半泣きになる私の頭を、祖父は優しくなでながら笑う。
「ははは。みがわりさまは首がないからなぁ。でも、わしらを守ってくれているんだぞ」
そうは言っても……お堂の裏には、首のない地蔵が無数に立っていたのだ。子どもでなくとも怖いであろう異様な光景。でも地元の人たちはそれを「みがわりさま」と呼んで大切にしていた。
「みがわりさまって……もしかして頭をかさっこさまに持ってかれちゃったの?」
「そうだよ。でも、おかげで、人が襲われずに済んでいるんだから、感謝しなくちゃな」
「ねぇ、どうしてかさっこは悪いやつなのに、さまなんてつけるの?」
すると祖父は急に怖い顔になって、呼び捨てにしてはならないと私を叱った。その場所が怖かったし、じいちゃんも突然怖くなったし、私は思わず泣いてしまった。じいちゃんは私をぎゅっと抱きしめると、頭を撫でながらこんな話をしてくれたのだ。
昔、昔のこと。みがわりさまがまだ頭のある普通のお地蔵様だった頃、この近くに住む人たちはみな貧しく、年の瀬が押し迫っても新年を迎えるための準備もできないほどだった。
とある村人が、せめてお正月にお供えするお餅だけでもなんとかしたいと雪に閉ざされた山の中へ何か売れそうなものを探しに出かけたのだが、当然何も見つからず、うなだれながら村へと帰ってきた。そして村はずれにあるこのお地蔵様のところまで戻ってきたとき、雪の中に何かが埋もれているのが見え、村人はなんだろうと近づいてみた。
それは笠だった。
誰かが落としたのだろうかと笠を持ち上げようとするが、持ち上がらない。もしかしてと笠の周りの雪をかきわけると、笠をかぶった人が雪の中に埋もれているのを発見したのだった。
その人はもう冷たくなっていた。
村人は慌てて名主のところへと走り、他の村人たちと一緒に戻ってきて埋もれた人を掘りかえすと、なんと六人も埋まっていた。お地蔵さんの裏側で身を寄せ合って凍え死んでいたのだ。
「身なりも良く、みやびなお顔立ち。さては都を追われた落人かもしれぬ」
名主は領主へと報告した。そして褒美に餅やら酒やらを賜り正月を無事に過ごせたので、この六人への慰霊と感謝の気持ちをこめ、このお堂を立て、お地蔵様を六体に増やしたのだという。
「じいちゃん、かさっこさまって雪の中からでてきたその笠なの?」
私は、みがわりさまの首がどうしてないのか気になっていた。祖父はみがわりさまの横に立ててある小さな看板を指差し、こう言った。
「今のはそこに書いてある内容でな。でも本当は地元の人しか知らない悲しい怖い話があるんだよ」
そう前置きしてから教えてくれたのが、この話。
本当は村人が発見したとき、掘り起こした人はまだ生きていたのだという。
雪の中からなんとか引きずり出されたその男は、仲間がまだ五人も埋まっているので助けてほしいと村人に頼み込んだ。そんなに居るのなら人手が必要だと、村人は急いで名主のところへと向かった。
村人は気づいていた。
その男の身なりがこの辺の者ではないと。
そしてそれを名主に報告する。名主は雪に埋もれていたその一行を都から逃げてきた落人だろうと言い、集まった村人たちは大急ぎでこの場所まで戻ってきた。助けるためではなく、襲うために。
当時は大きな戦いなどの後、負けた方の残党があちこちに逃げる中、こうして落人狩りに遭うことは少なくはなかった。助ければ領主に罰せられるとか、落人が持っている財宝が目当てだとか、中には落人に襲われたがゆえの返り討ちもあったとか。
とにかく村人たちは彼らを襲ったのだ。
そして六つ並んだ死体の持ちものを確認している途中、村人の一人が気づいた。領主のもとへ持っていこうと切り落とした首が一つ、どこにもないことに。
村人たちは、首は雪の中へ埋もれたのか、雪の中ならば腐ることもないだろうと、雪が溶けるのを待つことにしてそれ以上は探さなかった。
その夜のことだった。
落人たちを最初に見つけた村人が名主の家から自分の家へ戻る途中、襲われた。
とは言ってもその時はまだ、襲った者が誰なのかは、わからなかった。ただ翌朝、その村人の倒れている場所から少し離れた場所に頭が転がっているところを発見されたというだけ。
その後も夜になるとたびたび村人たちが襲われるようになった。
何度も襲われたから、とうとう村人たちは、襲ってくるものを見ることになる。
それは、笠をかぶった血まみれの生首だった。目を見開き、怒りの形相で空を飛び、村人を見つけると寄って来ては首を噛み千切るのだ。
村人たちはそれを「かさっこさま」と恐れるようになったという。
やがて徳の高いお坊様がこの村を訪れたとき、名主はかさっこさまの退治をお願いした。
お坊様は供養のためにお堂と六体のお地蔵様とを準備なさいと名主に告げ、村人たちはそれに従った。
お坊様は出来上がったお地蔵様の一つの前に立つと、持っていた錫杖でなんとその頭を叩いたのだ。驚く村人たちの前で、叩かれたお地蔵様の頭がごろりと落ちて転がる。
「その生首は、この地蔵を自分の体だと思い込み、飛ばなくなるだろう。だが再び雪の季節が来ると生首は忌まわしい事件を思い出してしまう。毎年、彼らの命日に新しい首なし地蔵をおさめなさい」
それ以来、毎年一体ずつ「みがわりさま」は増えているのだという。
祖父が亡くなり私が大人になった今でも、あのお堂の裏ではずっと首のないお地蔵様が増え続けていくのだ。
<終>
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