聞き耳頭巾

 むかしむかし、山あいの村に一人の若者が住んでいました。若者は毎日、山の斜面の小さな畑へと通い出来た作物で細々とした暮らしをしておりました。


 ある日、若者が畑へと向かう途中、一匹の子狐を見つけました。

 子狐は足が悪いらしく木の実をとろうとしているのですがなかなかとれません。

 この子狐を可哀想に思った若者はその木の実をたっぷりとり、子狐の方へ差し出しました。子狐は若者をじっと見つめていました。

 若者は畑へと向かい、野良仕事を終えて家へと帰ります。貧しい夕食をとり、あんな足で、子狐はこれから先どうやって生きて行くのだろうと心配になりながら寝ました。


 次の日、畑へと向かう山道で再びあの子狐を見ました。こんどは別の木の実をとろうとしています。

 若者はまた子狐を助けてあげました。

 翌日も、そのまた翌日も、若者は子狐を助けてあげました。


 そんな日が続いたある日、また子狐に会ったのですが、今度はいつもと様子が違います。

 山道から外れた獣道にちょこんと座っている子狐は、若者を見ると手招きをしたのです。

 若者が獣道へ一歩踏み出すと、子狐はひょこひょこと先へ行きます。若者は子狐に着いて行くことにしました。


 子狐は若者の方を時々振り返りながら、ひょこひょこと歩いて行きます。そして竹やぶの前まで来ると、立ち止まりました。若者の顔をじーっと見つめた後、子狐は竹やぶの中へと入ってゆきます。

 子狐が入り込んだ竹やぶの中へ、若者も四つんばいになって入ってみることにしました。


 清々しい竹の香りが溢れるトンネルを抜けると、大きな狐が一匹横たわっていました。ぜえぜえと息が荒く、病気にかかっているようでしたが、その目は鋭く若者をじっと見つめています。

 若者が静かに様子を見守っていると、子狐が大狐の尻尾のあたりから何かを取り出し、若者の方へくわえてきました。


「これをくれるのかい?」


 子狐はうなずきます。若者はそれを受け取り竹やぶから出ました。受け取ったものを広げてみると、どうやら頭巾のようです。若者はその頭巾を被り、畑仕事へと戻りました。


 朝の畑仕事を終え、弁当を食べながら休憩していると可愛らしい声がいくつも聞こえます。この辺は人も滅多にやってこない場所。誰か来たのだろうかと辺りを見回しますがひとっこひとり見当たりません。そのうち、声が頭の上の方から聞こえてくることに気づいた若者が見上げたそこには、木の枝に止まっている雀たち。


「ねぇ、聞いた聞いた?」


「なにを?」


「長者どんのところの娘さん」


「えー、知らない知らない」


 どうやら雀がしゃべっているようです。


「新しい土蔵を建てたでしょ」


「うんうん」


「土の中で寝ていた大蛇がね」


「蛇こわーい」


「だいじょうぶ。大蛇は出てこれないの」


「なんだ、よかった」


「でも、大蛇は長者どんの娘っこに呪いをかけたよ」


「呪い? そのままだと死んじゃう?」


「死んじゃう死んじゃう」


 若者は持っていた弁当の残りを雀のほうへ放り投げました。雀たちは喜んで群がります。

 もしも雀たちの話が本当ならば……若者は、この頭巾の力を確かめるため、畑仕事を早く切り上げて村へと戻りました。

 その道すがら、いろんな声が聞こえてきます。ウサギの声、カエルの声、蝶や、樹々の声まで聞こえてきたのです。どうやら狐にもらった頭巾をかぶっていると動物や虫や木の声が聞こえるようなのでした。


 若者は家へ帰ると、一番上等の服に着替え、長者の屋敷へと向かいました。

 すると雀たちの話の通り、長者の娘が病に伏せており、次から次へと医者が訪れているではないですか。

 しかしどの医者も娘の病を治すことができません。若者は思い切って長者に申し出ました。


「私の言う通りにしていただければ、娘さんのご病気をお治しできます」


 何よりも娘を可愛がっていた長者は若者の言う通りにするよう、屋敷の使用人たちに申しつけました。若者は建てたばかりの蔵の下の地面を掘るよう言い、皆はそれに従いました。

 やがて穴が土蔵のちょうど真下あたりにさしかかったころ、若者は掘っていた者たちを外へ出し、穴の中へと入っていきました。

 穴の奥で頭巾をかぶり、耳を澄まします。すると土の中から声がつらそうな聞こえてきます。


「……苦しい……苦しい……」


 若者は声のする方へ掘り始めました。


「大蛇よ、大蛇よ。いまからお前を助けてやろう。だから長者どんの娘っこに呪いをかけるのをやめてくれないか」


 そう何度か語りかけながら若者はどんどん掘り続けました。するとさきほどより近くなった声が、若者の声に答えたのです。


「ここから出ることができたら、そのようにしてやろう」


 若者がさらに土を掘って進むと、突然ぽっかりと穴が空き、中から大きな声とともに大蛇が這い出してきました。


「おお、外へ出られるのか!」


 大蛇は若者の横をすり抜けて這い出すとどこかへと行ってしまいました。若者は頭巾をしまい、自分も外へと出ることにしました。


 すると穴の入り口には長者が笑顔で待ちかまえていて、若者のことを褒め称えます。先ほどまで伏せっていた姫の病が治ったのだと大喜びでした。

 長者は若者に褒美をとらせ、あろうことかその姫との縁談話まで持ち上がります。しかし、それを心よく思わない者たちもいたのでした。


 翌日、長者に呼び出された若者は縁談の話が進むのかと意気揚々、長者の屋敷へと着きました。ところがそこで屋敷の使用人たちにいきなり押さえつけられました。そこへ長者が現れました。昨日とはうってかわって若者をにらみつけています。


「褒美目当てで私の娘に呪いをかけたというのは本当か?」


 突然そんなことを言われた若者は驚きました。あわてて「違います」と言おうとしたのですが。


「キューン、キューン」


「なんだキツネの鳴き真似などして!」


「ニャ、ニャア! カーカー! ゲロゲロゲロ! コケコッコー!」


 若者の口からは動物の鳴き声が次々と出てくるものの人間のことばがまったく出てきません。長者はカンカンに怒りました。若者は長者の使用人たちにひどく痛めつけられ、馬小屋の柱にしばりつけられてしまいました。


「あの人間はばかだね。分不相応だと縁談は断ったほうが良かったのに」


 馬の声が聞こえます。

 そんなことを今さら言われても、もう遅いのです。

 若者がしくしく泣いていると、屋敷の使用人がやってきて遠吠えをやめろとなぐりつけます。若者はことばを飲み込んだまま泣き疲れ、そのまま眠ってしまいました。


「もし……もし……」


 誰かに体をゆすられて若者は目を覚ましました。見るとあの子狐です。子狐が噛み切ってくれたのか、若者を縛り付けていた縄も切れています。


「ついてきて」


 若者は子狐のあとをついて行きます。体のふしぶしが痛みましたが、眠る前よりもいくぶんか体が軽く感じました。野を駆け、山を登り、子狐と若者はあの竹やぶの前まで戻ってきました。


「…………」


 子狐が若者に何か言っていますが、うまく聞き取れません。すると中から声がしました。


「入りなさい」


 女の人の声でした。

 若者が竹やぶの中へ入って行くと、鋭い目をしたあの大きなキツネがそこに居ました。


「お前はこれから私の世話をするのだよ。代わりになる者を見つけてきたら、もとの人間に戻してあげよう」


 若者が驚いて子狐に声をかけようとしましたが、見当たりません。

 慌てて竹やぶの外へ出ると、年老いた男が一人立っていました。

 年老いた男は、子狐になった若者の頭を撫でて「がんばるんだよ」と言いましたが、そのことばは、若者にはもうわかりませんでした。

 

 

 

<終>

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