2.実のないラブレター
翌朝、シルビィは生い茂るローズマリーをウサギ型に刈りながら、昨夜のことを反芻した。
妙なことになった。
公爵に話しかけられたことだけでも大ごとだというのに、求婚されたのだ。
おまけに人生が二度目という、信じがたいいわく話つきで。
「夢だったんじゃないかしら?」
そうするまでもなく辺りには青々とした力強い香りが立ちこめているが、シルビィは刈りこんだローズマリーに鼻を寄せた。
ローズマリーの香りには意識を覚醒させる効果があるのだ。
二度、目が覚めたりはしなかったので、今はおそらく現実だろう。
「おはよう、シルビィ。昨夜はどうだった?」
ヒゲをなでながら庭に出てきたのはシルビィの父親だ。
質問したものの、答えは待たない。
収穫なしと決めこんで小言をはじめる。
「付き添った妹から聞いたが、途中で一時間も会場を抜けていたって?
おまえの庭好きは理解しているし、王城の庭園は見事だから、つい見たくなる気持ちはわかるが。
そのくらい熱心に紳士方も見てくれ。社交界に出て一年経つというのに、おまえの口から浮いた話が一つも無いのは心配だよ」
「お父様、わたくしパーティーに行くと、自分が市場で売られている野菜になった気がするのです」
「市場で売られている野菜になった気がする、でなく、売られている野菜だよ。
頼むから売れ残らないでくれ」
冗談めかしていったシルビィは、真顔で返されて黙した。
身内ゆえの気楽さとはいえ、ミもフタもない。
思わず手元を誤り、せっかく形作ったウサギの片耳を落としてしまった。
「シルビィ、シルビィ!」
屋敷の窓から騒がしく呼ぶのは、シルビィの姉だった。
胸に大きな花束を抱えている。
「贈り物よ!」
「りっぱなお花ですわね。
お姉様、結婚したらお義兄様は花の一つも寄越さないとお怒りでしたけど、そんなことないじゃありませんか。
そのバラ、新種ですわね。挿し木したいので鑑賞したら譲ってくださいませ」
「違うわよ。何ボケたことをいってるの。私ではなくて、あなたによ!」
シルビィは怪訝にして、すぐに屋敷に舞いもどった。
姉が興奮ぎみに花束と手紙を渡してくる。
「差出人は、信じられないわ、あのトレモン公爵よ。
あなた、どうしてこんな方から手紙が来るの?」
父も姉も、メイドまでもが興味津々で見守る中、シルビィは手紙を開いた。
中は時候の挨拶からはじまり、昨夜会ったときのこと、シルビィに対する賛辞が流麗な文字で書き連ねられていた。
『光の加減で微妙に色を変えるあなたの瞳がとても好きです』
シルビィのヘーゼル色の目は、光線の具合で薄茶だったり緑がかった色だったりと、さまざまに変化する。
シルビィ自身も気に入っている個所なので、人から褒められると嬉しいのだが、今回は苦笑いした。
トレモン公が自分に近づく目的は、自分が平穏な人生を送るためだ。
とっくに承知のことだし、なまじ女性より美しい男性に褒められても心に響かない。
むしろ、なぜこんなことまで書くのだろうと不思議になった。
テオドールは自分の人生が二度目であることを証明するために、手紙を書くといっていた。
用件のみを書いてくれればそれで十分だ。
シルビィは二枚半におよぶ美辞麗句は読み飛ばし、三枚目の末尾にだけ注目した。
『ローズマリーのトピアリーはできあがりましたか?
ウサギの耳を落としてしまって、ネコになっているのでは?』
シルビィは手紙を取り落としそうになった。
「ね、シルビィ、どんなことが書いてあったの? 私にも読ませてちょうだいよ」
奪っていきそうな勢いの姉に、シルビィは手紙を二枚だけ渡した。
二度目の人生云々の話は固く口止めされている。
予言のある三枚目は手元に残して、もう一度熟読した。
書かれているように、刈込には失敗した。
ウサギの形は諦めて、ネコにしようと思っていたところだった。
当たっている。大的中だ。
「――まあ! 要するに、公はあなたに一目惚れしたってことね!」
「おめでとうございます、お嬢様」
「すばらしいご縁ですね」
手紙を読んだ姉は目を輝かせ、メイドたちは口々に祝ってくる。
シルビィはムダに書かれていると思った口説き文句の効用を理解した。
テオドールはスターロン家の人々には、シルビィに一目惚れしたから求婚した、という体を取るつもりなのだ。
求婚理由を家族へ説明するのに「二度目の人生は平和に暮らしたいからです」という
「うむ……めでたい話だが、突然すぎて心配だな。
トレント公のほんの一時の気まぐれでないか不安だ」
女性たちがはしゃぐなか、シルビィの父親は慎重だった。渋い顔で手紙を読む。
メイドや娘が口々に反論した。
「旦那様、閣下は本気だと思いますわ。一時の気まぐれとは思えない熱量を感じますから」
「あたしもです。文面から、お嬢様をよく観察なさっていることが伝わってきます」
「恋人からもらいたい理想の手紙を体現したようよ。
トレント公は見た目だけでなく中身も完璧な紳士なのね。
すごいわね、シルビィ」
「ええ、本当にそう思います」
姉にひじで突かれると、シルビィは深々とうなずいた。
ごくりと生唾を飲みこむ。
本当にすごい。
まったく興味のない相手に対して、第三者すら大感動させる恋文を書けるのだから。
ここまで口が達者だと、一回目の人生で第一王子を廃嫡に追いこむほどの働きをしたという話も、信じていい気がしてきた。
「ね、シルビィ。あなた今、どういう気持ち?」
姉に尋ねられ、シルビィはあごに手を当てた。
「やっぱり、ローズマリーは丸刈りにしようと思いました」
「もっと他に思うことあるわよね?」
姉は妹の恋愛感覚を疑った。
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