「2度目の人生は平穏に暮らしたいから」と公爵様に結婚を迫られています
サモト
1.藪から棒なプロポーズ
「スターロン伯爵令嬢、私と結婚していただけませんか?」
突然の求婚に、シルビィはぽかんとした。
求婚してきたのはトレモン公テオドール。
ほんの十分前、庭園で出会うまで一言も話したことはなかったが、顔と名前だけは知っていた。
何しろ宮廷の有名人だ。
御年二十五歳の若き公爵。
細身で色白の美青年で、淑女たちのあこがれの的。
顔が広く一角の権力をもち、貴族たちの輪の中心にいる存在だ。
伯爵令嬢ではあるものの、家の知名度や財力は貴族の中で並。
容姿も並で、パーティーでは会場の中ほどどころか壁際にいる存在のシルビィにはとんと縁のない人物だった。
テオドールからの求婚は玉の輿だが、シルビィは素直に喜べなかった。
不審と疑問が胸に湧く。
「……どうしてでしょう?」
「一目惚れです」
スミレ色の目を細めて、テオドールが笑む。
シルビィは目を奪われたが、次のそっけない一言にすぐ目が覚めた。
「というのはウソです。冗談です。あなた個人に興味はありません。まったく」
まったく、を強調されて、シルビィはむっとした。
どこにでもある麦わら色の髪に、うっすら日に焼けている肌、そばかすの散った頬。
町娘のような容姿で魅力的でないことは自覚しているが、そこまではっきりいうことはないだろうにと恨めしくなる。
遠目に見ていて、トレモン公は誰にでも公平な人物だと好印象を抱いていたが、どうも意地が悪そうだ。
芙蓉の花というイメージが、トゲのあるバラの花に変わった。
「実は私、人生が二度目なんですよ」
「はい?」
またも唐突過ぎる発言に、シルビィはまぬけた声を上げた。
そっちの方が冗談ではと思うが、テオドールは真顔で続けてくる。
「一度目の人生では社会的に活躍したせいで、命を狙われるんです。
なので、今度は平穏無事に生きたくて」
宮廷は現在、前王妃の子である第一王子派と、現王妃の子である第二王子派に二分されている。
テオドールはこの後、第二王子側に付き、持ち前の顔の広さと交渉術で第一王子を廃嫡に追いこむほどの働きをするらしい。
だが、その活躍が仇となり、暗殺者を差し向けられるのだという。
「なので今回はどこにも属さず、傍観者に徹して平和に暮らしたいのです。
自領に引っ込んで一人静かに暮らすのが最善策ですが、立場上、結婚して跡継ぎを残さなければなりません。
家格に見合った家と縁故を結べば一大勢力として注意されてしまいますし、野心のある家と関係すれば権力争いに巻きこまれる恐れがある。
だから、あなたのおうちはちょうどいいんですよ。
姻戚関係を結んでも、脅威に思われるような家ではありませんし。
王宮で争いが起きても、中立派を貫く家ですし」
シルビィは納得したが、首をかしげた。
「でも、よろしいのですか? 今世は活躍なさらなくて。
人生をやり直すのなら、今度は命を狙われないよう気をつける道もあると思うのですけれど」
「いいんですよ。暗殺者を寄こしてきたのは第二王子でしたから」
「えっ? 第二王子は、味方ですよね?」
「脅威に思ったんでしょう。私があまりに優秀過ぎたので」
テオドールは肩から長い金の髪を払った。
絵になる優雅な一動作だったが、シルビィは今度は見惚れたりしなかった。
この人、見かけによらず意地が悪い上に図太い性格だわ、と冷静に人となりを見極めた。
「第二王子に味方をする恩も義理もないですし。
彼の味方をしたのは、ただ第一王子に恨みがあったからです。
今度は二人が潰し合うさまを高みから見物します」
トレント公はふふふと仄暗く笑う。
シルビィはそろそろテオドールに対してバラの花のイメージも壊れ、有毒植物のイメージがよぎりはじめた。
例えば、きれいな紫色の花をつけるトリカブトのような。
「で、どうです?
あなたにとっても悪い話ではないと思いますが。
こういうパーティーなんて、本当は来たくないのでしょう?」
シルビィは口ごもった。
その通り、父親の言いつけであちこちパーティーに参加しているが、嫌で嫌でたまらない。
人と話すこと自体は嫌いでないが、結婚相手を探すという目的が課せられていることが苦痛だった。
付き添いの叔母や女友達たちが始終、男性たちの家柄や財産、家族構成などの情報をささやいてくる。
それを聞かされるたびに、シルビィは人に値札をつけている気分になるし、自分もそういう目で見られているのだと思うと、げんなりしてしまうのだ。
「自分でいうのもなんですが、私はあなたの結婚相手として申し分ないはずです。
わずらわしいパーティーからは、すぐに解放されますよ」
身分、財産、容姿。三拍子そろった好条件の相手だ。
親も納得することだろう。
――が。
「二度目の人生、といっているのが、うさんくさいですか?」
「閣下のお人柄を疑うわけではございませんけれど、そうです」
シルビィは不審者を見る目をした。
「私の頭は正常ですし、本当にそうなんですけど――まあ、おかしい人間はだいたいそう自称するものですから、信じられませんよね。
なら、まずはあなたが考えていることを当てて見せましょう。
今、あなたはパーティーに参加するくらいなら、自分の屋敷の庭園を世話をしたいと思っていますよね」
シルビィはヘーゼル色の目を軽く見開いた。
自分の趣味がガーデニングだとは話していないはずだが。
「ついでに明日は植木の刈込をする予定でしょう?
育ち過ぎたローズマリーはウサギの形にするつもりでいらっしゃる」
シルビィはさらに瞠目した。
「どうしてそれを?」
「一度目の人生のときも、あなたとここで会ったんですよ。
そのときにそう話してくれたもので」
悠然とした態度のテオドールを、シルビィはまじまじと見つめた。
趣味がガーデニングということくらいは、シルビィの友人に聞けばわかることだ。
しかし、明日の庭仕事の内容は自分しか知らない。
さっき庭園を散歩しながら考えついたことなので、友人にも家族にも誰にも話していないことだ。
「少しは信用してくれました?」
「……少し。ほんの少しですけど」
「では、こういうのはどうです?
人生が二度目だということを証明するために、私は一ヶ月間、あなたにこれから起こることを手紙に書いて送ります。
すべて当たったら、私を信じてプロポーズを受けていただけますか?」
「一ヶ月も?」
「それだけ当てたら、さすがに信じて下さるでしょう?」
シルビィに反論がないと、テオドールはその手を取った。
うやうやしく手の甲に口づける。
「では、楽しみにしていてください。
またあなたに会えて嬉しいですよ、シルビィ」
興味がないといった舌で、また会えて嬉しいといわれても信憑性は薄い。
けれども、笑った顔があまりに自然だったので、シルビィはついうなずいた。
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