第50話 救済


「いやああああ‼」


 上級悪魔に囲まれた恵慈が悲鳴を上げる。恵慈の目の前に、上級悪魔の巨大な手が迫っていた。


「無理です無理です無理です‼ 死んでしまうますぅ‼」


 恵慈が悲鳴を上げながら、腕の中でぐったりしているマーシーを抱きしめた。


赫赤かくせきよろい


 次の瞬間、恵慈の目の前に現れた巨大な赤い鎧が、手にした大剣で悪魔を斬りつけた。ギュッと目を瞑り、身構えていた恵慈が恐る恐る目を開ける。


「危ないヨ、ジェレミエル」


 恵慈の元に輝星が飛んできて微笑む。恵慈が泣きながら「輝星さん……‼」と輝星に縋り付こうとした。


「やめなさいよ‼ 離しなさい‼」


 聞こえて来た愛歌の声に恵慈がビクリと肩を震わせて止まる。すると、恵慈の目の前に黒い穴のようなものが現れ、そこからポイッと愛歌が放り出された。恵慈が「わあ‼」と声を上げて、咄嗟に愛歌を受け止める。


「いいから大人しくしといてくださ~い。殺されてしまいますよ~」


 穴から顔を出したのはアガリアレプトだった。恵慈に受け止められた愛歌がアガリアレプトを睨みつける。


「戦えるわよ‼」


「それで死なれては元も子もありませ~ん。では~」


 アガリアレプトが穴の中に消えていき、穴が消えていく。愛歌は悔しそうにしているが、先ほどのラファエルとの戦いで消耗しているのは明らかだった。


「サンダルフォンはジェレミエルに治癒してもらっていてネ」


「まだ戦えるわ‼」


「気持ちはわかるけど、君が戦わなくても大丈夫ダヨ」


 その時、少し離れた所で巨大な竜巻が発生し、天使を襲っている悪魔たちを薙ぎ払った。


「ラファエル様‼」


 悪魔に襲われていた天使たちが歓喜の声を上げる。天使たちを救いに現れたラファエルが声高らかに天使たちに指示を出し始めた。


「総員、悪魔の討伐を優先‼ 天を壊させるな‼」


 ラファエルの支持に従い、天使たちが戦い始める。愛歌のもとにツゥインが飛んで来た。


「サンダルフォン……メタトロンが心配なのはわかるけれど、いまは傷を癒して。殺されちゃう」


「癒してって……こんなに四方八方上級悪魔に囲まれた状態でのんびりしていられないでしょ……」


 愛歌が恵慈に癒されながらため息をついたその時、なにかに気が付いた輝星が素早く飛んでいき、吹き飛んで来た天使を受け止めた。


「大丈夫カナ? サマエル」


 輝星の腕の中に飛び込んできたのは鮮巳だった。悪魔にやられたのか、傷を負っている。


「……? 誰?」


「チャミエルだよ。君がいるなら、羽衣たちも近くにいるカナ?」


「鮮巳ちゃん‼」


 聞こえて来た声に輝星と鮮巳が前を見る。慌てた様子の羽衣がこちらに飛んできていた。


「大丈夫⁈ ごめんね‼ 羽衣のこと庇って……‼」


「大丈夫だから……後ろ‼」


「え?」


 羽衣の真後ろで上級悪魔が牙を剥いている。気が付いた羽衣が後ろを見ようとしたその時、輝星が「おや」と呟いた。


 次の瞬間、羽衣の後ろに現れた上級悪魔が鋳薔薇に貫かれた。


「こんなところでやられないでくださる?」


 現れたのは大天使ジョイフェル、薔薇園華だった。鋳薔薇で貫かれた上級悪魔がザラザラと消えていく。


「華ちゃん‼」


「不本意ですわ。とても。けれど、いまはあなたと戦っている場合じゃないんですもの」


「羽衣‼ 頼むから俺から離れないでくれ‼」


 羽衣のもとに慌てた様子のレオが飛んでくる。レオの姿は酷くボロボロだ。


「ここまで来るのに何回悪魔に襲われたか……‼」


「わあ‼ 大変‼ レオがさらにボロボロになってる‼」


「ちょっと大人しくしておいてくださいまし」


 華の後ろで悪魔たちが鋳薔薇に貫かれて消えていく。


「キリがありませんわ。この戦いはどうすれば終わると言うの」


「もう終わる」


 聞こえて来た声に華が振り返った。そこには上級悪魔に囲まれた綺心がいる。


「綺心ちゃん‼ 危ない‼」


 羽衣が叫んだその時、綺心の後ろに現れた美魂が大鎌で悪魔たちを薙ぎ払った。


「神の交代だ」


 そう言い放った綺心は笑っていた。


    ◇


 天の頂点。その場所は、この世をすべる唯一神、首が君臨する、絶対の領域。光り輝くその場所で、襲い来る上級悪魔を跳ねのけ、天使たちの妨害を超えた芽児は立っていた。


 その瞳の先に映るのは、光り輝く天だ。


「……あ……ああ……」


 首の声が聞こえてくる。その声はか細く、到底、この世をすべる神のものだとは思えない。


「こんにちは。首よ」


「……お前……お前……メタトロン……貴様ぁっ‼」


 激昂する神に天が震える。その声は怒りに染まっていた。


「誰がお前たちを産み落としてやったと思ってる⁈」


「あなたではない」


 芽児が冷たく言い放った。


「私は人間だ。あなたが失敗作と呼んだものだ」


 首がなにか言おうとして言葉が出ず、声にならない声を上げる。なにを言ったところでなにも変わらないことを理解していた。


「救いなき神など神ではない」


 次の瞬間、芽児の手から緑色の火の玉が放たれた。それはまるで美しい魂のようで、火の玉は芽児の周りをグルグルと旋回し始める。神が悲鳴を上げた。


救済きゅうさい


 緑色の巨大な火柱が上がる。その火柱は高く登り、天の頂点に君臨する神のもとへと魔の手を伸ばすと、悲鳴を上げる首を燃やした。甲高い首の悲鳴が天に響き渡り、芽児が生み出した火柱の炎は天を駆け巡る。駆け巡った炎は、天へと上り、天使たちに牙を剥く悪魔たち諸共燃やし尽くした。天が燃えていく。その様子に、天使たちが戦うのを止め、ただ茫然と天を見つめた。


 天使たちが呆然とする中、ラッパの音が鳴り響いた。そのラッパは、大天使ラギュエルの終焉を告げるラッパの音だ。


「武器を収めなさい」


 呆然とする天使たちの前に現れたのは、神を殺し、神へと成り代わったメタトロンだった。悪魔たちは炎に焼かれ、跡形もなく消え失せている。


「戦いは、終わりました」


 メタトロンの一言に、しばらくの沈黙が流れ、その沈黙は天使たちの歓喜の声でかき消された。


「唯一神メタトロン‼」


 羽衣たちも安堵の表情を浮かべ、お互いに目を見合わせる。


「メタトロン‼」


 その瞬間、歓喜の声を上げなかった天使たちが、一斉にメタトロンに武器を向け、牙を剥いた。美魂、綺心、輝星、愛歌が素早く動き、襲い掛かって来た天使を抑える。羽衣と恵慈はその光景に困惑している。


「貴様、私たちの首を殺したな⁈」


「存在意義を失った私たちはどうやって生きればいい⁈」


「貴様は絶望を産んだだけだ‼」


 天使たちが叫び、綺心たちに守られながら、メタトロンが悲しそうな表情を浮かべる。そして、微笑んだ。


「私たちはもう自由だ」


「天使は神のために生きるのに‼」


「それならば、私が存在意義になりましょう。私はすべての天使を救いたかっただけなの」


「天使が神になれるとでも……」


「おやめなさい」


 聞こえてきた声に声を荒げていた天使たちがハッとして黙る。現れたのは、四大天使ガブリエルだった。その傍らにラギュエルがいる。ラギュエルはラッパを手にしていた。


「終焉のラッパは鳴りました。武器を収めなさい」


「ガブリエル様……ですが……‼」


「首は死にました。メタトロンが新たな神です」


 ガブリエルの頬には涙の跡があり、泣き腫らしたことを物語っていた。ガブリエルのもとにラファエルが飛んでくる。


「四大天使はこの結末を認めます。メタトロン」


「はい」


「私たちを救ってくれてありがとう」


 天使たちの戦争は、神の死と新たな神の君臨によって幕を閉じた。

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