第46話 誰が神のようになれようか
「私たちは神にとって、その程度の存在だ。失敗作にも及ばぬ、使い捨ての駒でしかない‼」
ルシファーが叫び、無数の剣に貫かれた天理が口から赤い血を吐く。四方八方から天理を貫いた剣は天理の身体を貫通し、天理が苦しげに表情を歪めた。
「神のために死ぬのだろう、ミカエル」
「……」
血を吐きながら天理がルシファーを睨みつける。そして、震える手で炎の剣を握った。
「まだ、死なぬ」
天理がルシファーに剣を向けた瞬間、剣から虹色の炎が放たれる。ルシファーが「愚かな」と呟き、自分に向かって来た炎を薙ぎ払った。
「
ルシファーが薙ぎ払った炎の後ろから、さらに炎が迫って来た。ルシファーがギョッとし、追って来る炎から逃げる。逃げながらあたりに黒い剣を出現させ、天理に向かって次々と放ち、血を流しながら細い息をしている天理が雨に降り注ぐ剣に襲われた。だが、天理はその場から動こうとせず、剣が自分を掠めていくのを気にも留めずに、炎から逃げているルシファーに剣の矛先を向けた。
「私は首のためにある天使なのだから」
天理の剣から炎が放たれる。気が付いたルシファーがそれを避けようとしたが、炎はルシファーに追いつくと、ルシファーを取り囲んで逃げ道を無くした。ルシファーが小さく舌打ちをする。
「堕天使ルシファー。同情などしない」
天理がルシファーに向かって手をかざし、拳を握った瞬間、ルシファーを取り囲んでいた炎がギュッと縮み、ルシファーの身を焼いた。虹色の炎に燃やされるルシファーの影だけが炎の中に浮かぶ。焼かれるルシファーの悲鳴が響き、天理が表情を歪めた。
「……天使は神のためにあるのだ、ルシファー」
炎に浮かぶ影が徐々に小さくなっていく。それとともに炎が小さくなっていき、ルシファーが焼き尽くされていった。天理を貫いていた剣が消える。
「さようなら、ルシファー」
炎がジッと音を上げて消える。血を流しながらそれを見つめていた天理は、ふうと息をついた。
天理は気が付かなかった。天理の真後ろに、音も無く、ルシファーが現れていることに。
天理が振り返る。半身を炎で焼かれたルシファーは、完全に炎に取り囲まれる前に逃げ延び、天理の後ろに現れて剣をかまえていた。
「すまない、ミカエル」
ルシファーの剣が天理の胸を貫く。信じられないというように目を見開いたまま、天理は貫かれ、口から血が飛び出した。ルシファーが剣を引き抜き、天理の身体から赤い血が噴き出す。天理の身体から力が抜け、そのまま落下する。
落ちそうになった天理の身体を、ルシファーが抱き留めた。
「ミカエル⁈」
響いたのは、悲鳴に近い叫び声。それを聞いたルシファーが表情を歪める。
「ミカエル‼ ミカエル‼」
天理に縋り付いたのは、サンティファクトだった。
「ルシファー‼ 貴様‼ 貴様ぁっ‼ 堕天使の分際でっ‼ ミカエルゥ……‼」
ボロボロと涙を流しながら天理に縋り付くサンティファクトから、ルシファーが目を逸らす。
「ミカエルから手を離せ‼ 下賤な堕天使が‼ 汚い手でミカエルに触れるなぁっ‼」
サンティファクトの白い羽毛が、天理の血で赤く染まっていく。サンティファクトにどれほど叫ばれても、ルシファーが天理から手を離せば天理は真っ逆さまに落下していくため、ルシファーはサンティファクトから目を逸らしたまま、天理を離そうとはしなかった。
「ミカエル?」
聞こえた声に、ルシファーが大きく目を見開き、バッと上を見た。空が光り輝いている。
「ミカエル? なにしてるの? 負けたの? ルシファーに?」
「……神……」
聞こえてきたのは神の声だ。ルシファーがギッと天を睨みつける。
「なにそれ。なんで、なんで、負けてんの? 許さないよ、ミカエル。ミカエル、君は四大天使だろう。ミカエル。君は天使の頂点なのに」
「……」
天理はルシファーに抱かれたまま動かない。天理に縋り付いているサンティファクトが神の声に怯え、ガタガタと震えていた。
「ミカエル。堕天しろ」
ルシファーが天理にだけ聞こえるように言った。神は「ありえない」とブツブツ呟いている。
「まだ間に合う。消される前に堕天してしまえ。お前はあんな奴のためだけに存在しているのではない」
天理の目は虚ろで焦点が合っていない。そして、天理は首を横に振った。サンティファクトが泣いている。
「私は生まれた時から神のもの。誰が神のようになれようか」
「弱い天使なんていらない‼」
答えた天理の言葉に被せるように神が叫んだ。天理が諦めたように微笑んだ。
「いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない‼」
天理の身体が淡く光る。その姿が薄れ、泣いているサンティファクトの姿もそれと共に薄れ始めた。そして、気が狂ったように「いらない」と繰り返していた神が唐突に「ぎゃっ⁈」と悲鳴を上げ、天の光が消え、神の声が聞こえなくなった。
「……最後まで、お前は天使らしい天使で死ぬのだな」
「一つだけ、頼みがある」
天理の言葉にルシファーが天理を見る。ルシファーの腕の中で消えようとしている天理は、微笑んでいた。
「残りの四大天使には手を出さないでくれ。私が死ねば神は終わる」
ルシファーが驚いたように目を見張る。天理は言い終わるとゆっくりと目を閉ざした。天理の姿が光に溶けて消えていく。
「……約束しよう」
ルシファーが呟いた瞬間、天理の身体がパッ光り、消えた。天理に縋り付いていたサンティファクトもそれと共に消え失せた。
ルシファーが天を仰ぐ。そこには何もない。ただ澄み切った天が広がっている。
「サタナキア、アガリアレプト」
「はい」
ルシファーの呼びかけに答え、黒い闇が出現したかと思うと、その中から二人の堕天使が姿を現した。白い髪に紫色の瞳を持つ美しい堕天使はサタナキア、黒い髪を二つにくくり、赤い左目と青い右目を持つ小柄な堕天使はアガリアレプト。ルシファーの側近の堕天使の二人だった。
「者どもに伝えろ。ミカエルが死んだと」
「了解いたしました」
サタナキアとアガリアレプトが闇の中に消えていく。ルシファーは天理に焼かれた半身に熱を感じながら、ただじっとその場に佇んでいた。
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