第44話 ミカエルとルシファー
メタトロン率いる天使の軍勢は、メタトロンが首へと進む道を確保しながら他の天使と戦い、メタトロンが進む道を作っていたが、首を支持する天使の数は圧倒的に多く、徐々にメタトロンの軍勢は押され始めていた。
「メタトロン。キリがありません」
芽児に並走して飛んでいる美魂が、芽児を狙う天使たちを大鎌で薙ぎ払いながら言った。
「大丈夫だよ。アズラーイール」
リリーフが化け物じみた雄叫びを上げ、天使たちを薙ぎ払っていく。その姿はエンジェリックというよりも、酷く禍々しい怪物にしか見えない。リリーフと天使たちが作る道を進みながら、芽児は微笑んだ。
その時、遠くから虹色の炎が芽児に襲い掛かった。
「メタトロン‼」
美魂が叫び、芽児を突き飛ばす。美魂に突き飛ばされたおかげで芽児は炎の直撃を免れ、美魂と芽児の髪先が炎を掠めてジッと音を立てた。
「待っていたぞ、メタトロン」
聞こえた声に芽児がハッとして前を見る。天使たちが作った道の先に、大天使ミカエルである真孔雀天理が現れた。三対六枚の大きな翼に、薄桃色のドレスを身に纏った姿が神々しい。赤い瞳が、芽児を捉える。
「お待たせ、ミカエル」
芽児は天理を見て微笑んだ。
「随分、やってくれたようだ」
「そう? だいぶ大変な状況なんだけどな」
美魂が芽児の前に出て大鎌をかまえる。天使の頂点であるミカエルを前にしても、芽児は笑みを崩さなかった。
「首に反旗を翻した反逆者よ。いまここに消えろ」
天理が芽児に向かって片手をかざす。
その時、天理の視界の端を、黒い翼が通り過ぎた。
「⁈」
天理が大きく目を見開き、芽児から目を逸らしてあたりを見る。天理の瞳に映ったのは、天に昇り、メタトロンの軍勢に加勢する、黒い翼を持った堕天使たちの姿だった。
「な……」
天理が信じられないというように声を漏らす。そして、その視界を塞ぐように現れたのは、六対十二枚の黒い翼を持つ、ルシファーだった。
ルシファーが天理に手を伸ばす。驚きで咄嗟に動けなかった天理はそのままルシファーに触れられ、次の瞬間、天理とルシファーの姿がその場から消えた。
「……ミカエルの相手が出来るのは、ルシファーしかいないよね」
芽児があたりを見回す。堕天使に加勢されたメタトロンの軍勢は、襲い来る天使たちを薙ぎ払い、消えかけていた道が再出現していた。芽児が美魂に目配せし、新たに作られた道を飛んでいこうとする。
『キャアアアアア‼』
響き渡った悲鳴のような咆哮に、芽児と美魂が思わず動きを止めた。
「……まさか……」
芽児が呟いた瞬間、芽児たちが進もうとしていた道を阻むように、巨大な悪魔が現れた。あたりの天使たちが悲鳴を上げる。悪魔は続々と天に顔を出し、そのどれもが上級悪魔という、最悪の状況だった。
「四大天使の守りが薄く、首の力が弱まったいまを狙って、悪魔たちが天に昇って来た」
すべてに絶望し、天に昇る翼ももがれたはずの悪魔たちは、この好機に乗じて本能のまま、天の神に手を伸ばしていた。芽児が初めて険しい表情を浮かべる。
「大変。首にたどり着く前に、天使たちが多く死んでしまう」
「いまは自分のことだけを考えるべきです。メタトロン。あなたが死ねば、すべては水の泡」
美魂が襲い来る悪魔たちに向かって大鎌をかまえる。天使たちの悲鳴が上がる中、悪魔たちは雄叫びを上げ、一心不乱に神を目指していた。
「死んでも守ります。私たちの希望」
◇
芽児たちの前から姿を消した天理とルシファーは、ミカエルの聖域に姿を現した。
ミカエルの聖域は、雲海の上に浮かぶ大きな教会がある場所だった。雲海の上に現れた天理とルシファーが、お互いに見つめ合いながら落ちていく。しばらく呆然としていた天理が我に返った。
「ルシファー‼」
ルシファーが天理の胸ぐらを掴んだまま、もう片方の手に黒い剣を出現させる。その矛先を天理に向け、振り下ろそうとした。
次の瞬間、天理とルシファーの間を、エンジェリックが通り過ぎた。
「‼」
ルシファーが天理から手を離す。天理はすぐに体勢を持ち直すとルシファーから離れた。
「我が主、ミカエルに触れるな。下賤な堕天使が」
天理の元へと飛んで来たのは、大天使ミカエルのエンジェリック、サンティファクト。輝くばかりの真っ白な羽毛に、二対四枚の虹色の翼を持つ、孔雀のような姿をしたサンティファクトは額に虹色の文様と石が埋め込まれ、瞳の色は翡翠のような淡い緑色をしている。ルシファーを見るその瞳は、汚いものを見るような冷たい色を放っていた。
「堕ちた天使が天に昇るなど、首への愚弄だ。大人しく、地獄で這いずっていればいいものを」
「ルシファー……まさか貴様がメタトロンの味方をするなど……」
「味方ではない」
ルシファーがキッパリと言った。
「我らは天使の味方などしない。私は首を殺したいだけだ」
「かつて天使の頂点に君臨し、神の寵愛を受けた貴様が、地に堕ち、首に牙を剥くなど……」
言いかけた天理をルシファーが睨みつけ、天理が険しい表情を浮かべて口を閉ざした。
「サンティファクト」
名を呼ばれたサンティファクトが姿を変える。虹色の炎に姿を変えたサンティファクトは次第に剣に姿を変え、天理の手に虹色の炎の剣が出現した。炎の剣を握り、天理がルシファーを睨む。
「貴様の翼をもぎ、二度と天に昇れぬようにしておくべきだった」
「ミカエル。なぜ、貴様はいつまでもあの神の言いなりになる」
「天使とは、そういうものだからだ」
そう答えた天理に迷いなどない。
「天使は神のために存在する」
「貴様はどこまでも愚かなだな」
「その台詞は私の台詞だ。ルシファー」
ルシファーが黒い剣をかまえた。
「今度こそ、二度と天に昇れぬよう、その翼を切り落としてやろう‼」
ミカエルが炎の剣を手に、ルシファーに素早く近づいてきた。振り下ろされた炎の剣を、ルシファーが剣で防ぐ。
「神の前から消えろルシファー。永遠に」
ルシファーが天理を弾き返す。弾かれた天理がルシファーから少し離れると、天理の手にある炎の剣がその勢いを増し、虹色の炎が燃え盛った。
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