第43話 決戦開幕

 空の上。雲の上よりもはるか高い場所に位置するその場所は、下界に住まう人間たちには立ち入ることの許されない天界と呼ばれる、神が住まう場所。天の光に照らされる雲海の上には、唯一神 首が鎮座する天上がある。


 そして、その天界に、無数の天使が集まっていた。


 翼を羽ばたかせ、天を舞う美しい天使たちは、二つの軍勢に分かれ、お互いに睨みあっている。光り輝く天側に集まる天使たちは、首に忠誠を誓い、首への反逆者を許さぬ天使たち。


「時は来た」


 もう片方の軍勢は、大天使メタトロンが率いる神への反逆を決めた天使たちだ。数多の天使の中央に立つ芽児の隣には美魂が立っている。


「これは、私たちを救うための戦いだ‼」


 芽児の一声に、天使たちが動き出す。天使たちがぶつかり合い、戦いの音が天界に響き渡る。


「メタトロンの進む道を開けなさい。リリーフ」


 芽児の隣に立っている美魂がリリーフの名を呼び、リリーフがコクリと頷いた瞬間、リリーフの姿が徐々に大きくなり、大きな化け物に姿を変えた。大きく広げた白い翼には無数の目玉と、黒い毛皮をもつ身体には無数の口がある化け物へと姿を変えたリリーフを見て、周囲の天使たちが小さな悲鳴を上げる。リリーフはメタトロンに命じられた通り、向かい来る天使たちに襲い掛かった。


「メタトロン。四大天使が姿を現しません」


 そう言った美魂の手には黒い大鎌が出現していた。


「ハニエルの作戦通りだね。じゃあ、私はまっすぐ神を目指せばいい。アズラーイール。手伝ってくれる?」


「ここまで来て、そんな選択肢がありますか? 私はあなたの御心に従うだけです」


 メタトロンを殺そうと迫って来た天使たちに向かって、アズラーイールが大鎌を振った。天使たちが悲鳴を上げ、後ずさる。


「出来るだけ傷つけたくありませんが、限度があります」


 アズラーイールが向かって来る天使たちを睨みつけ、天使たちが息を呑む。


「メタトロン。行きましょう」


「ええ」


 芽児と美魂が、他の天使とリリーフが作った道を進み始める。天使たちがそれを止めようと迫りくるが、リリーフと他の天使がそれを許さない。


 芽児たちが目指す先には、首が待っている。


    ◇


 芽児による大侵攻が始まったその時、羽衣と綺心は天界の天使の聖域にいた。


「綺麗なところだねぇ」


「……そうだね」


 羽衣が呑気に言った。一面に広がる水面に、咲き誇る白い百合。澄み渡るような空気は少し冷たく、羽衣と綺心の足元で水面に波紋が広がっていく。羽衣と綺心の


「四大天使ガブリエルの聖域で、呑気なものですね」


 羽衣と綺心の前に立っているのは、四大天使ガブリエルである受望百合亜だ。真っすぐで長い水色の髪をなびかせ、淡い水色のマーメードドレスを身に着けた百合亜は、三対六枚の翼を揺らめかせながら羽衣と綺心を見つめている。


「やはり、僕たちを狙いますか」


「メタトロンの側近、大天使ハニエルが集めた天使を、わざわざメタトロンのそばに置いておくわけがありません」


「四大天使に危険視されているとは、光栄です」


「メタトロンの前に立ちふさがるのは、ミカエルだけで十分です。彼女がいれば、首が死ぬことはありません」


 百合亜の後ろから、エンジェリックが現れた。魚に似た尾鰭に薄水色の鱗をもつ、人魚のような姿をしたエンジェリックは、大きな耳にも見える下向きの大きなヒレを持ち、瞳を色は深い青色だ。


「私たちはあなたたちに慈悲など与えられませんよ」


「四大天使ガブリエル。君たちはなぜそこまでして首に仕えるんだい?」


「一つしか答えがないような問答をわざわざ行いに来たわけではないでしょう」


 百合亜がそう言った瞬間、唐突に足元の水面から水柱が上がった。羽衣が「わあ!」と声を上げ、羽衣と綺心の後ろからレオとグレイシスが飛び出す。


「天使は首のためにあるのです」


「僕たちはそうは思わない」


 羽衣と綺心が身構える。百合亜は眉を顰め、怪訝な表情を浮かべた。


「愚かなこと」


 百合亜が吐き捨てるようにそう言った瞬間、羽衣と綺心の足元が沈んだ。


「羽衣‼ 水面から離れろ‼」


 綺心に叫ばれ、羽衣が慌てて飛び上がる。羽衣たちが立っていた水面は波打ち、百合亜が飛び上がった綺心と羽衣を下から睨んでいた。波打った水面から次々と水柱が上がり、羽衣と綺心を追って迫って来る。


「わわわ! ね、ねえ、綺心ちゃん!」


「なんだい?」


「あ、あのね、羽衣、綺心ちゃんのお手伝いしたいし、いまさら逃げるつもりも全然ないんだけどね⁈」


「ああ。そうしてくれると嬉しいかな」


「でもね、ちょっと、相性悪くないかな⁈」


「炎と水だからなぁ……」


 羽衣の隣でレオが呟く。綺心は「ごめんね」と苦笑した。


「無駄話をしている場合じゃないわ」


 グレイシスがそう言った瞬間、二人を追って来た水柱が羽衣に迫っていた。羽衣が悲鳴を上げ、獅子に姿を変えたレオが羽衣の首元を咥えて水柱から離れる。


「首を愚弄する者を、許すわけにはいかないのです」


 水柱から逃げ回る綺心と羽衣を見つめ、険しい表情を浮かべた百合亜が呟いた。


    ◇


 愛歌と恵慈は美しい草原に立っていた。愛歌の後ろで恵慈は怯え切っている。愛歌はこの場所に見覚えがあった。その場所は、四大天使ラファエルの聖域だ。


「神を殺すなんて、とんでもないことをしでかしてくれるね」


 二人の前に現れたのは四大天使ラファエル、御旅屋菜癒だった。菜癒の緑色のドレスを揺らす爽やかな風は、遠くから花の香りを運んでくる。現れた菜癒に怯え、恵慈が愛歌の後ろに隠れる。


「まだ殺しちゃいないわ」


「あなたのお姉さんを止めようと思うと、あなたをどうにかするしかないのかも」


「無理よ。芽児は私を殺したぐらいじゃ止まらないわ。やると決めたことは絶対に成し遂げる。それが芽児なのよ」


「それでも止めるよ。それが四大天使の役割なんだ」


 菜癒の後ろからヒールが現れる。それと共に、恵慈と愛歌のそばにもマーシーとツゥインが現れた。


「じゃあ、リベンジさせてもらうわ。この前の」


「いいよ。勝てるならね」


「勝つわよ。芽児のためだもの」


「あなたたちはウリエルを殺したわ」


 菜癒が愛歌たちを睨みつける。


「慈悲は与えられない」


「与えてもらおうとも思っちゃいないわ」


 次の瞬間、突如として出現したつむじ風が愛歌と恵慈に襲い掛かった。愛歌と恵慈が慌てて飛び上がり、つむじ風を避ける。


「マーシー!」


「ツゥイン!」


 二人がエンジェリックの名を呼び、マーシーはトーチに、ツゥインはバイオリンに姿を変えて二人の手に収まった。


「あ、ああ、愛歌さん……‼」


「なに?」


「き、輝星さんがいないのですが……‼」


「ああ……そんな気はしたわ。いいとこで来るんじゃないの? チャミエルにはこの後なにが起こるのか全部わかってるわけだし」


「そ、そんなぁ……‼」


 恵慈が情けない声を上げる。つむじ風は二人を追って迫り、愛歌の「無駄話してる場合じゃないわね」という一言で二人がそれぞれ反対方向に分かれてつむじ風を避けた。


「逃がさないよ」


 菜癒が逃げる二人を見つめながら呟く。その表情は、険しかった。

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