第42話 同盟

 誰もが寝静まった真夜中のビルの屋上で、月明りに照らされる人影が二つ。それはどれも少女の姿をしていて、翼を広げていた。


「メタトロンは首を殺し、すべての天使を救おうとしています」


 風に髪を晒されながら、口を開いたのは御書美魂だ。天使の姿をした美魂は、袖が広がった白いブラウスに、黒いロングスカートを身に着け、白い布で顔を隠していた。月明りが美魂を照らすたびに、薄い布の下から白い美魂の肌と色素の薄い瞳が透けて見える。美魂の後ろにはリリーフがいた。


 ビルの屋上のフェンスの中側に立つ美魂は、フェンスを隔てた向こう側に立っている人物に話しかけていた。


「それには、貴方たち、堕天使も含まれています」


「我らはもう、他者に救いをこうたりはしない」


 フェンスの向こう側には、腰まである真っ黒で長い髪を持つ少女がいた。右目を長い前髪で隠しているが、月明りに照らされる左目は漆黒で、息を呑むほどに美しい顔立ちをしている。身に着けた丈の短い黒いドレスが風で靡いた。背中から飛び出すのは、六対十二枚の大きな黒い翼だ。


「それが絶望に変わることを、知っている」


 その美しい堕天使は、堕天使の長、ルシファー。かつて、天使の頂点に君臨した堕ちた天使。


「では、言い方を変えましょう。手を貸してほしいのです」


「……手を貸す?」


 美魂の方を見ようとしなかったルシファーが振り返る。美魂の表情は布に隠されて見えづらいが、その眼光は鋭かった。


「首を殺したいのはあなた方も同じ思いのはず」


「……」


「あなた方はどうしても首を殺したい。けれど、それをずっと四大天使に阻まれてきた。四大天使が欠け、多くの天使がメタトロンに味方をしている今、首を討つ絶好の好機です」


「……我らに協力しろと? 貴様ら天使は首に命じられ、堕天使を幾人も殺してきたにも関わらず」


「それは堕天使も同じでしょう。首を殺す、という利害は一致している」


 ルシファーが美魂をじっと見つめる。


「天使と堕天使の戦いに終止符を。そして、同盟を結びましょう。堕天使長ルシファー」


 ルシファーはしばらく考えるように黙り込んでから、口を開いた。


「いいだろう。大天使アズラーイール」


 ルシファーの返答に、険しい表情を浮かべていた美魂がふっと笑う。そして「交渉成立ですね」と息をついた。


「……一つ、疑問がある」


「なんでしょう」


「アズラーイール。なぜ貴様はメタトロンに加担した。貴様は天使であるはずだ」


「簡単な話です。私は首に作られた天使ではありません」


 ルシファーは何も言わず、美魂の言葉を待っていた。


「唯一神、首が蹴落とし、殺した神の一人、それこそが私の創造主。首が唯一神として君臨したとき、他の神が作ったものの多くが首によって消されましたが、私は生かされました。私が人間を作った天使であるからです」


「人間を作った天使……アズラーイールか」


「ええ。失敗作であったはずのものを、私の創造主はいたく気に入りました。そして、首も失敗作を面白いと残しました。私は人間のついでで生かされた、人の生死を司る天使。私は貴方と同じです。ルシファー」


 美魂の瞳がルシファーを見つめる。


「私は首が大嫌いです」


 美魂は微笑みを浮かべていた。


「私の創造主を殺した者。あんなのに仕えるぐらいなら死んだ方がマシです」


「……なるほどな」


 ルシファーが初めて口元に笑みを浮かべた。だが、その笑みはすぐに消え、ルシファーは美魂から目を逸らし、前を向く。夜風がルシファーの長い髪をなびかせ、月明りに照る街を見下ろしたルシファーは、微かに星が光る空を見た。


「忘れるな。我らは味方ではない。これはあくまで同盟だ」


「心得ております」


 美魂がルシファーの背中を見つめながら答えた。

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