第41話 生きている

永劫えいごうきずな


 聞き馴染みのある声が聞こえて来たかと思った瞬間、愛歌は悪魔の手が届かない、離れた場所にいた。


「大丈夫かい? サンダルフォン」


 ハッと我に返り、愛歌が顔を上げると、そこには綺心が立っていた。綺心の隣に、酷く不安そうな恵慈がいる。二人とも天使の姿だ。


 そして、愛歌がいたはずの場所には、綺心の力で愛歌と場所を入れ替わった羽衣が、桃色の炎を纏い、悪魔に向かって拳をかまえていた。


「羽衣の友達をいじめちゃダメ‼」


 聞こえた羽衣の声に愛歌が悪魔の方を見る。羽衣は迷いなく、拳を振り下ろそうとしていた。


淡紅たんこう獅子しし‼」


「待って‼」


 炎が悪魔に襲い掛かる瞬間、愛歌は反射的に叫んでいた。羽衣が驚いた様子で振り返るが、炎は悪魔に襲い掛かり、悪魔が悲鳴を上げる。青冷めている愛歌の様子に気が付いた恵慈が「あ、愛歌さん……?」と不思議そうな顔をした。


「……サンダルフォン……もしかして……」


「知っていたんでしょう。ねえ、ハニエル。あなたはわかっていたんでしょう。神の秘密を」


 愛歌は炎に燃やされる悪魔を見つめ、泣きそうな顔をしながら口を開いた。身体がかすかに震えている。


「え、えっと……羽衣、またなんかしちゃった……?」


 不安そうな羽衣が愛歌たちのもとに飛んでくる。羽衣のそばを飛ぶレオが「悪魔に攻撃しただけだぞ」と首を傾げた。


「悪魔は天使なのよ」


「え?」


 燃え盛る炎に焼かれる悪魔の痛々しい悲鳴が耳を劈く。愛歌の瞳に映る悪魔は、元は同じ天使だった存在だ。


「私たちが殺してきた悪魔は、すべて、天使だったのね」


「な、なに? どういうこと?」


「な、なんの話しですか……?」


 羽衣と恵慈は愛歌が言っていることの意味を理解できず、困惑している。エンジェリックであるはずのレオも首を傾げているが、マーシーはわかっていたのか顔色を変えなかった。


「堕天とは、絶望だよ」


 そう言ったのは、綺心だった。


「その成れの果てが、悪魔だ。何のために作られ、なんのために死ぬのか、それを見つけられない者たちが堕ちていく。それが、僕たち天使の世界」


「……待って、待ってください……! そ、その言い方だと、その、まるで、悪魔が元々天使だったような……」


 口を挟もうとした恵慈が綺心の険しい表情を見て青冷める。続きを口にしようとしない恵慈の様子に、いつもは鈍感な羽衣もその意図を理解したようで、言葉を失っていた。


 その時、炎に焼かれていた悪魔が身をよじり、炎から逃れようとこちらに走って来た。ドロドロに溶けた下半身を引きずり、雄叫びを上げながらこちらに迫って来る。


「⁈」


「ひっ……⁈」


「早く逃げるんだ‼ サンダルフォン‼」


 愛歌は向かって来る悪魔を見つめ、動かなかった。ツゥインが「サンダルフォン‼」と悲鳴のような声を上げる。


「私……」


「サンダルフォン‼」


 綺心がもう一度叫び、ツゥインが懸命に愛歌の手を引いて愛歌を立ち上がらせようとする。


「私たちは……生きているのよ……」


 愛歌は瞳から一筋の涙を流していた。


赫赤かくせきよろい


 次の瞬間、悪魔の真後ろに巨大な赤い鎧が出現した。手にした大剣を振り上げる巨大な鎧に気が付かず、悪魔は炎から逃れるように我を忘れて走り続ける。鎧は迷いなく大剣を振り下ろし、悪魔を斬りつけた。


「キャアアアアアッ‼」


 甲高い悲鳴が響く。斬りつけられた悪魔の身体がドロドロと溶けだし、悪魔は、もう少しで愛歌に手が届くというところで、ベチャリと音を上げながら倒れこんだ。


「……ア……アア……」


 悪魔が愛歌に手を伸ばす。愛歌は目を見開いたまま、悪魔を見つめることしかできなかった。


 最後に、振り下ろされた大剣が悪魔の脳天を貫き、悪魔は動かなくなった。


「もう、元には戻れないからネ」


 悪魔を殺した赤い鎧の肩の上に座っていた輝星がそう言った。輝星の肩にルックが座っている。


「せめて、楽にしてあげるべきデショ?」


 輝星が鎧の肩から飛び降りる。愛歌の目の前に着地した輝星は、呆然としている愛歌に手を差し伸べた。


「この絶望を知って、君たちはどうするカナ?」


 愛歌が顔を上げ、輝星を見た。輝星は変わらず不敵な笑みを浮かべている。


「メタトロンはすべての天使を救おうとしている」


 そう言ったのは綺心だった。羽衣と恵慈が綺心の後ろでうつむいている。愛歌は一度綺心の方を見ると、輝星を見て、輝星の手を取り立ち上がった。


「抗うわ。絶望なんてしない」


 愛歌がキッパリと言う。その表情は真剣で、それを見た輝星は嬉しそうに笑った。


 悪魔の結界が消えていく。晴れていく闇の中、少女たちは目の前に広がるいつもの風景を見た。

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