第40話 悪魔
「……」
目の前に現れた巨人にしばらく呆気に取られていた愛歌がハッとする。
「だから、神に背いた者が堕天するのでしょう」
「……じゃあ、どうして君たちは堕天しないんだい?」
「芽児のおかげでしょう。首に逆らったとしても、まだ芽児がいる」
「そうだね。その通りだ。では、堕天した天使はどうすればいい?」
「なにそれ」
「教えてくれよ。頼むから」
次の瞬間、愛歌の目の前に巨人の大斧が迫っていた。愛歌が目を見開き、咄嗟に「ツゥイン‼」と名前を叫ぶ。すると、ツゥインがマリンバからシンバルに姿を変え、愛歌が咄嗟にシンバルを叩いて大きな音が響き、巨人の大斧がシンバルの大きな音に晒されて弾ける。
紙片が飛び散り、一瞬目を閉ざした愛歌に、紙で出来た無数の鳥が迫っていた。
「⁈」
鳥たちは巨人の身体を突き破りながら愛歌に迫ると、鋭い嘴で愛歌に襲い掛かった。愛歌が咄嗟に腕で自分を守ろうとした瞬間、シンバルの姿をしていたツゥインが元の姿に戻り、自分の翼と両腕を広げて愛歌を庇った。
「ツゥイン⁈」
鳥たちの嘴がツゥインに傷をつける。ツゥインはキッと鳥たちを睨むと、大きく息を吸い込んで、嘴から美しい歌声を発した。その歌声に晒された鳥たちが弾けていく。
飛び散る紙片の中から飛び出した愛歌は、真っすぐに結虹の元へと飛んでいった。
結虹が少し目を見張る。愛歌が結虹に手を伸ばし、その手が結虹に届くと思われたその時、結虹の身体がパッと紙片になって散った。
「な……⁈」
愛歌が思わず声を上げる。愛歌の前から姿を消した結虹は、いつの間にかに愛歌の真後ろに移動していた本の中から飛び出し、姿を現した。そして、結虹は地面に落ちた本を拾い上げ、とても冷静にゆっくりと本のページを開こうとした。
その後ろで、ツゥインが待ち構えていた。
「‼」
気が付いた結虹が振り返った時にはもう遅く、ツゥインは自分の肩腕を鍵盤のように変化させると、もう片方の腕で鍵盤を鳴らし、嘴から歌声を放った。その歌と音は耳を劈くほどの大きな音で、その音の衝撃に、結虹の身体が吹き飛んでいく。
「……‼」
吹き飛ばされた結虹の手から本が離れ、本から元の姿に戻ったミスティが結虹に向かって叫ぼうと口を開くが、ミスティの口から声が発せられることはない。結虹は吹き飛ばされた勢いのまま地面を転がっていき、しばらくして止まった時、結虹の目の前にたっていたのは愛歌だった。愛歌はじっと結虹を見下ろしていた。
「結局、あなたは何がしたいの」
愛歌の隣でサンダルフォンが羽ばたいている。結虹は諦めたような笑顔を浮かべ、ゆっくりと身体を起こした。
「教えて欲しいんだ。君たちはどうして首以外の存在意義を見つけられたのか。僕たちは、僕たち天使は、もう、誰のために生きればいいのかわからないんだ」
「そんなの、自分で決めなさいよ」
「そんなこと、許されないだろう」
愛歌が眉をひそめる。ミスティが慌てた様子で飛んできて、結虹のそばに寄り添う。
「自分が思うように生きればいいわ。天使はどうしてそんなに神に縛られるの?」
「元人間の君にはわからないかもしれないね。でも、僕たちにとって自分の命よりも大切なのは、首だ」
その時、愛歌は気が付いた。結虹の翼の端が、黒ずんでいることに。
「そのはずだった」
「……あなた」
「君は僕になにをしたいのか、そう、聞いたね」
結虹の翼がどんどん黒く染まっていく。結虹に寄り添っていたミスティの姿が徐々に薄れ始めていた。
「教えてあげようと思ったんだ。神の秘密を守護する僕が消えれば、神が隠していたことは露呈する」
「……なんなの……なんなのよ、神の秘密って……」
「首に救いを求めても、どうせ救いの手は差し伸べられない。でも、消えるのは怖い。もう、どうしたらいいかわからない」
結虹の翼が闇のように黒く染まる。それとともに、白い空間がズズズ……と音を立てて闇に呑み込まれていく。あたりの急激な変化に、愛歌がたじろいだ。
「堕天使は永遠に孤独感と焦燥感に苛まれる。そして、我を忘れ、絶望した堕天使はどうなると思う?」
結虹の顔色は青白く、冷や汗が伝っていた。身体がかすかに震えている。目の焦点は合っておらず、ボロボロと涙を流していた。愛歌は絶句したまま、なにも言えず、変わっていく結虹の姿を見ていた。
「悪魔になるんだ。それが、首が天使たちに隠していた秘密」
結虹の隣からミスティの姿が消えた。
「自分が作り出した汚点を、自分が作り出した天使に殺させる。首は傲慢だが、それもすべて許される。なぜなら、神だからだ」
結虹が愛歌を見た。その瞳は絶望に染まっていて、愛歌は目を逸らしてしまいたい衝動にかられた。
「殺してくれよ、サンダルフォン。導いてくれ、頼むから。自分を見失った、愚かな天使を」
世界が闇に閉ざされ、愛歌の視界が闇に支配されて結虹の姿が見えなくなる。愛歌は唖然としたまま闇の中に手を伸ばし、その手がそばにいたツゥインに触れた。
「サンダルフォン……」
ツゥインが愛歌の手を握りしめる。愛歌はなんとか冷静さを取り戻そうと細い息を繰り返すが、目の前の絶望的な事実がそれを許さない。愛歌の目の前には、結虹がいた。
悪魔と化した、結虹がいた。
目は爛々と赤く光り輝き、姿は少女の姿から、真っ黒な巨大な鹿のように変化している。下半身はドロドロに溶けて原形を留めず、赤く光る瞳から黒い涙を流すその悪魔は、羽化に失敗した虫のようにも見えた。
そのおぞましい姿に愛歌が青冷め、後退る。ツゥインを抱きしめ、声を発しようとするが声が出ない。その時、悪魔が泣き声のような甲高い声を上げ、崩れかけの腕を愛歌に伸ばして来た。
愛歌は咄嗟に動くことが出来ず、その場に立ったままだった。
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