第35話 力を貸して
友音から放たれた言葉に、羽衣は首を傾げ、レオは青冷めていた。いつの間にか天秤から元の姿に戻っていたアライが、じっと羽衣を見つめている。
「綺心ちゃんが神様を殺すの?」
「そんなこと出来るわけないだろ‼」
声を荒げたのはレオだ。
「天使は首に作られた首のための存在だぞ‼ 天使の存在意義は首以外にないはずなんだ‼ 首を殺すなんて無理だ‼」
「言っているだろう。確証はないと」
友音は冷静に言った。羽衣はレオの様子にオロオロしている。
「全員思っているんだ。出来るわけがないと」
「そもそも、首への反逆心を持った時点で堕天するはず……ハニエルは堕天してなかったぞ‼」
「そうだ。だが、ハニエルがなにかを企てているのは確か。だから、私は君に矛先を向ける」
羽衣が「どうして?」と友音に問う。
「疑わしきは罰する。それが首のお考えだ」
「……でも……」
羽衣がなにかを言い終える前に、友音は天秤に姿を変えたアライを手にして羽衣に向かって来た。天秤の鎖を振り、羽衣を斬りつけようと上皿が迫る。羽衣は友音を見て、呟いた。
「あなたはなんだか苦しそう」
羽衣に迫る友音の前に、獅子の姿をしたレオが飛び出した。レオはその鋭い爪で友音を傷つけようとし、友音がその爪を天秤の鎖で防ぐ。レオをはじき返した友音は、天秤の鎖を回し、レオに向かって振って、レオの頬を上皿が掠めて切り傷を作った。
レオの後ろから羽衣が炎を放つ。友音は天秤を振って炎を掻き消すと、ぐっと羽衣との距離を縮めた。羽衣が翼を羽ばたかせ、友音と距離を取ろうとしたが、友音が天秤を振り、鎖が羽衣の右腕に巻き付く。
「‼」
友音が鎖を引き寄せ、羽衣が引っ張られて地面に叩きつけられた。レオが「羽衣‼」と声を上げ、羽衣のもとに向かう。羽衣はキッと友音を睨みつけると、右手から炎を出した。
羽衣の炎が鎖を猛スピードで伝っていく。それに気が付いた友音が咄嗟に天秤から手を離そうとしたが、炎は友音の腕に到達し、燃え移った。
「ぐっ……‼」
友音が天秤を離し、炎が燃え移った腕を抑える。そして、ハッとして手を離してしまった天秤を見た。
「アライ‼」
天秤から元の姿に戻ったアライが桃色の炎に焼かれている。だが、アライは燃え盛る自身の身体ではなく、友音の後ろから迫るレオの姿を見ていた。
「ラギュエル‼」
アライの声に友音が振り返る。腕を振り上げたレオが、擦るロイ爪で友音を傷つけようとし、友音は咄嗟に腕で自分の身を守ったが、友音の腕に大きな切り傷が出来た。
「エンジェリックに興味はない‼」
友音が叫び、翼で大きく飛び上がってレオから距離を取る。
「アリエル‼ 貴様を討つだけだ‼」
飛び上がった友音の目線の先には羽衣がいる。友音が手を伸ばすと、燃えていたアライが素早く飛んできて、天秤の姿に変わった。天秤の鎖は今もなお、桃色の炎で燃えている。羽衣が身構えた。
天秤を掴み取った友音は、羽衣に避ける隙を与えず、羽衣を天秤の鎖で打った。身構えていた羽衣は腕でそれを受け止めたが、衝撃に耐えられずに吹き飛ばされていく。
吹き飛ばされた羽衣は空中で一回転すると、地面に着地した。衝撃で少し後ろに引きずられながら、羽衣は前を見る。そこには、炎に焼かれ、ついに天秤の姿を保てなくなったアライを抱き留める友音がいた。
「……羽衣は誰とも戦いたくないけど……」
羽衣の元にレオが飛んでくる。
「でも、ここから出て綺心ちゃんに話を聞かないと、なにもわからない」
レオが炎の塊に姿を変え、羽衣の腕が炎を纏う。気が付いた友音がハッとして羽衣を見た。
「だから、ごめんね」
そう言った羽衣の表情は苦しげで、羽衣は身構える友音に向かって拳をかまえた。
「
羽衣が素早く友音に近づき、拳を振り下ろす。その瞬間、羽衣の目の前には光がいた。
「⁈」
羽衣が大きく目を見開く。目の前の光も驚いている。放たれた炎の獅子は羽衣の目の前にいた光に直撃し、光の身を焼いた。
「きゃああああ⁈」
耳を劈くような光の悲鳴。光の身体が燃えながら後ろに吹き飛ばされて行き、地面に打ちつけられて転がっていく。羽衣は、その光景を呆然と見ていた。
「……な……なんで……」
「羽衣」
聞こえた声に羽衣が振り返る。そこにはボロボロの綺心がいた。
「き、綺心ちゃ……」
「羽衣。ありがとう」
「ふざけないで‼」
聞こえてきたのは光の声だ。地面を転がっていった光は桃色の炎に身を焼かれながら身体を起こし、立ち上がろうとしていた。
「ハニエル……ハニエル‼ その力はなに? 君はいったい何を考えてるの⁈」
「き、綺心ちゃん……羽衣は……」
「ごめん、羽衣。あとで説明する」
そう言うと、綺心はポンと羽衣の頭を軽く撫でた。
「だから、もう少しだけ力を貸して」
そして、綺心は羽衣の身体を突き飛ばした。羽衣がよろめき、尻もちをつく。その瞬間、綺心と羽衣の間に雷が落ちた。羽衣が大きく目を見開く。
「羽衣‼」
レオの声が聞こえ、羽衣が振り返る。そこには、両腕を振りかぶったシャインがいた。尻もちをついた羽衣は、呆然とそれを眺めている。レオが羽衣の元に飛んできているが、間に合いそうにない。
次の瞬間、羽衣の目の前に現れたのは、グレイシスだった。
グレイシスの瞳が光り、グレイシスがかざした片手がシャインを弾く。そして、羽衣の前にいたはずの綺心は、グレイシスと入れ替わり、光に近づいていた。
「ハニエル‼」
光が叫び、綺心に向かって雷が落ちる。綺心は素早く雷を避け、光との距離を詰めていく。それを追って雷が落ち、光は綺心を睨みつけると、一瞬で綺心との距離を詰め、拳をかまえた。
目の前に現れた光に、綺心は笑った。
光が一瞬怪訝そうな表情を浮かべる。すでにボロボロの綺心が、光の渾身の一撃を受け止めることも、避けることも出来るわけがない。そう、確信して、最後のとどめを刺すはずだった。
光は気が付いていなかった。綺心が腕に纏った青い炎に。
「
気が付いたときにはすでに遅く、綺心は目の前に現れた光に向かって拳を振り、綺心の手から炎の獅子が放たれた。
「うそ」
光が口に出せたのはその二文字だけで、炎の獅子は光に襲い掛かり、光の身を焼いた。光の口から悲鳴が漏れ、綺心の拳は光に直撃して、光が吹き飛ばされていく。炎を放った綺心は少し息を切らせながら、ゆっくりと地面に着地した。吹き飛ばされた光は少し離れた所で地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなかった。
しばらく、沈黙が流れた。
「ウリエル‼」
響いたのはシャインの悲鳴に近い声。気が付けばシャインの身体は小さくなっていて、シャインは慌てて倒れた光の元に飛んでいく。
「ウリエル‼ ウリエルゥ‼」
シャインが光の身体を揺しながら悲痛な声を上げている。羽衣はもはや立ち上がることも出来ず、呆然としていた。着地した綺心の背中を見つめ、グレイシスが心配そうに綺心の元に飛んでいくのを見る。自分の元に、レオが飛んで来る姿も。
その時、緊張したこの場にまったく相応しくない、気の抜けるようなファンファーレの音が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます