第33話 動き出す
「今日も綺心ちゃん来てないの?」
放課後、綺心のクラスの前で、羽衣は綺心のクラスメイトに問いかけていた。問われた女子生徒が「うん……」と答える。
「最近、学校来てなよ。綺心様。体調崩しちゃったのかなぁ」
「そうなんだ……ありがとう」
女子生徒に別れを告げ、羽衣は綺心のクラスを離れる。鞄の中に入っていたレオが羽衣の近くに飛んで来た。
「ハニエルの奴、姿を現さなくなったな」
「うん……どうしたんだろう……恵慈ちゃんのこともあったし、心配だなぁ……」
「なんか、嫌な予感がするんだよなぁ……」
「……とりあえず、お家帰ろう。恵慈ちゃんとか愛歌ちゃんとか、下駄箱のとこにいないかなぁ」
羽衣が階段を下り、学校の玄関に向かっていたその時だった。
「大天使アリエル」
聞こえて来た声に羽衣が振り返ると、一つ上の階の踊り場に、一人の女子生徒が立っていた。短い白色の髪に、切れ長で美しい水色の瞳を持つ目。上靴の色で羽衣と同じ学年だとわかるその生徒は、凛とした雰囲気を漂わせ、羽衣のことを見つめていた。
「……誰?」
「私は
「初めまして! 私は獅子野羽衣だよ!」
羽衣は笑顔で答えたが、友音の表情は険しい。レオが羽衣に近寄ってきて、耳打ちした。
「大天使ラギュエルは四大天使に仕える天使だ、羽衣」
「どういうこと?」
「四大天使の味方ってこと」
「ハニエルの居場所を知っているか?」
友音の問いに羽衣がキョトンとした表情を浮かべた。
「綺心ちゃん? どうして? お友達なの?」
「質問に質問で答えるな。私はハニエルの居場所を問うている」
「理由ぐらい教えてくれたっていいじゃん!」
羽衣がムッとして頬を膨らませる。友音は怪訝そうに顔をしかめた。
「どうして綺心ちゃんを探してるの? 私もどこにいるか知らないのに」
「……大天使ハニエルはメタトロンとともに何か良からぬことを企んでいる」
「良からぬこと?」
「それは、首への反逆。首の御心に背くもの。つまり、正義とは反する悪だ」
「綺心ちゃんが悪い子だって言うの?」
「その通り。そして、君に問おう」
友音が人差し指を羽衣に向けた。
「君はハニエルに加担しているか?」
レオが慌てて羽衣に耳打ちする。
「してないって———」
「羽衣は綺心ちゃんのお友達だよ」
レオの阻止も虚しく、羽衣は口を開いてしまった。
「羽衣は綺心ちゃんの味方」
レオが青冷め、諦めたようにため息をつく。友音は冷たい目を羽衣に向けた。
「それは、加担と捉えてかまわないのだろうな」
「羽衣のお友達の悪口言わないで!」
「天使に友などいない。天使は首のために存在するのだから」
友音の後ろからエンジェリックが現れる。そのエンジェリックは、白い毛皮を持つ犬のような見た目をした、青い瞳を持つエンジェリックだった。片目が毛で隠れている。
「私は四大天使のための天使。天使たちの調和を求む、神の同盟の名を持つ者。天使たちのために、君が悪であるか見定めよう」
羽衣とレオが身構える。友音は声高らかに宣言した。
「首の名のもとに、大天使ラギュエル、アリエルの決闘をここに宣言する」
次の瞬間、羽衣は天使の姿をして、真っ白な空間に立っていた。隣にいたレオが獅子の姿に変わり、桃色の炎のタテガミが揺れる。そして、羽衣の前には天使の姿をした友音が立っている。
白い軍服に似た服に、青いショートパンツ。白いマントをひらめかせ、白い編み上げブーツを履いた友音の背中からは、羽衣と同じ翼が飛び出している。
「ハニエルの居場所を教えてくれ。アリエル」
「羽衣も知らないんだってば!」
羽衣が苛立ちを露にする。友音は今から戦うにも関わらず、どこか悲しげだった。
「アライ」
アライと呼ばれたエンジェリックが「はい」と返事をして友音のもとに飛んでいく。アライは友音のもとにたどり着くと、金色の天秤に姿を変えた。鎖の両端に上皿が付いた天秤の中央にある持ち手を握り、友音は羽衣を見る。
「大天使アリエル。天秤は傾いた」
「……羽衣、あんまり戦いたくないんだけどなぁ……」
「そんなこと言ってる場合か‼ 決闘はどちらかが負けるまで終わらないぞ‼」
「でも、この前は終わったよ?」
「あれはイレギュラーだ‼」
「よそ見をしている場合か?」
友音が手にした天秤を振る。鎖が振られ、レオと話していた羽衣に向かって天秤の上皿が向かって来て、羽衣が慌ててそれを避け、髪先が切れた。上皿の淵は刃物のようになっている。
「天秤ってそんな使い方出来るんだっけ⁈」
「神の同盟、大天使ラギュエルは公正さを司る天使だ‼ ラギュエルが悪とみなした者はもれなくあの天秤で裁かれる‼」
「羽衣、悪いことしてないもん‼」
「ハニエルが悪とみなされてんだよ‼」
「綺心ちゃんは悪い子じゃないよ‼」
「それを決めるのは君じゃない。アリエル」
友音が鎖を振り、二つの上皿が羽衣に迫って来る。皿が顔を掠めていくたびに、ビュンッと風を切る鋭い音が聞こえた。
「首の御心だ」
「知ったこっちゃないもん‼」
羽衣が桃色の炎を友音に向かって放つ。友音は顔色一つ動かさず、向かって来る炎に向かって天秤を振り、天秤は炎を真っ二つに斬り裂いた。
斬り裂かれた炎から、獅子の姿をしたレオが飛び出す。レオは友音の目の前に迫り、牙を剥いたが、友音は天秤の鎖を自分に向かって引き寄せると、目の前に迫ったレオの足に天秤の鎖を巻き付けた。レオがギョッとする。
友音が鎖を振り、レオの身体を地面に叩きつける。レオが「ギャッ」と小さく声を上げ、羽衣が「レオ‼」と叫んだ。
「大丈夫だ‼」
レオが叫び、レオの炎のタテガミが燃え上がって炎がレオの身体を包み込む。友音が怪訝そうな表情を浮かべたが、炎の塊に姿を変えたレオの熱が天秤の鎖を伝って行き、鎖が赤く染まった。
「⁈」
鎖の熱さに友音が思わず天秤から手を離す。その隙に炎の塊に姿を変えたレオは、羽衣の元へと飛んでいった。友音がハッとして羽衣を見る。
「
羽衣から放たれた炎は大きな獅子に姿を変え、天秤から手を離してしまった友音に向かって襲い掛かる。友音は咄嗟に翼で飛び上がり、炎の獅子を避けた。
「アライ‼」
友音が叫び、アライが天秤からエンジェリックの姿に変わって、飛び上がった友音の元に素早く飛んでいく。友音の元にたどり着いたアライは素早く天秤に姿を変え、天秤の鎖を掴み取った友音は、自分に向かって来る炎の獅子に向かって天秤を振り、天秤の上皿が炎を薙ぎ払った。
「……なるほど」
薙ぎ払われた炎は羽衣の元に戻り、レオの姿に変わる。羽衣は不機嫌そうに頬を膨らませ、上空に浮かんでいる友音を見つめていた。
「大天使アリエル……その戦闘力を舐めてはいけないようだ」
「降りてきて~‼ ちょっと羽衣とお話しよう‼」
「……この期に及んでまだそのようなことを?」
「綺心ちゃんはどうして悪い子なの?」
羽衣の問いかけに、友音がピタリと動きを止める。そして、静かに降りてきて着地した。
「大天使ハニエルとメタトロンが何を企てているか知りたいか?」
「うん! だって、知らないのに友達を悪く言われるの嫌だもん」
「首への反逆」
「それがなにかわからないんだってば」
羽衣が不機嫌そうに頬を膨らませる。その横で、レオは心配そうにしていた。
「神殺し」
唐突に友音の口から放たれた物騒な言葉に、羽衣が思わず「え?」と聞き返した。友音の表情は険しい。そして「確証はない」と友音は続けた。
「だが、確実に、なにかが動き出そうとしている」
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