第32話 無効試合

「ストップ‼ ストップ‼ ちょっと待ったー‼」


 その声は神の声だった。華と恵慈はすぐにそれに気が付いたが、羽衣だけは「だれ?」と首を傾げる。


「ちょっと、ちょっと~? なにしてんの君たち~?」


「だ、だれ……?」


「わーっ‼」


 レオが大慌てで羽衣の口を塞ぐ。響く声はあまりにもノリが軽く、気が抜けるような声だ。


「天使の決闘に乱入なんて前代未聞だよ~? アリエル~。君、なかなかすごいことしてくれるねぇ」


「申し訳ありません‼ 首よ‼」


 レオが大慌てで天に向かって頭を下げ、キョトンとしている羽衣の頭も無理やり下げさせた。


「あ、アリエルは覚醒してから日が浅く……‼」


「首よ‼」


 声を上げたのは華だった。


「この決闘はどうなるのですか⁈ ストップとは———」


「無効だよ、無効。無効試合! 当たり前でしょ? 乱入なんてイレギュラーだよ」


「で、ですが、ワタクシはジェレミエルに勝っておりましたわ‼」


「無効だってば。言ってる意味わかる?」


 華が黙り込んだ。とても不服そうな表情だが「仰せの通りに」と小さく呟く。


「いや~。にしてもほんとビックリ。乱入なんて出来るんだねぇ。そんなことした天使いなかったから、出来るなんて思わなかったよ。次から気をつけよ~。てか、アリエル」


「はい?」


 アリエルがキョトンとした様子で問いかける。羽衣の後ろで、余計なことを口走らないか


 レオが目を光らせていた。


「面白かったからいいけど、次はこんなことしちゃダメだからね?」


「ごめんなさい……」


「なんだろうなぁ。君、なんか危なっかしいよね。面白いから七大天使にしてもいいけどぉ」


 華が「え⁈」と驚愕の声を上げ、羽衣が首を傾げる。神はケタケタと笑いながら「冗談だよ」と言った。


「それじゃあね」


 次の瞬間、神の結界が消え、羽衣たちはいつもの帰り道に立っていた。華は呆然と立ち尽くし、恵慈はボロボロのマーシーを抱いてその場にへたり込んだ。


「……戻った」


「羽衣ー‼」


「なに⁈」


「お前、四大天使だけには飽き足らず、首にまで目をつけられたなー‼」


「それってダメなこと⁈」


「お前の方向性的にダメだろ‼」


「……ワタクシを無視するなんていい度胸してますわぁ……」


 羽衣がハッとして前を見ると、怒りに震えている華がいた。


「あなた、どうして乱入なんて、前代未聞なことしましたの……? ワタクシが知るアリエルでも、そこまで馬鹿じゃありませんでしたわよ……?」


 返答次第では、いまにも襲い掛かって来そうな様子の華に向かって、羽衣は平然と答えた。


「友達を助けたかったからだよ?」


 華が目を丸くする。


「それだけ? それだけのためにあんなことを?」


「ううん……羽衣、あれがそんなにダメなことだって思ってなかったから……」


「……本当になんなんですの……?」


 華はもはや呆れていた。


「あなた、人間にでもなったおつもり?」


「えっと……」


「誰かのためだの、くだらないですわ。ワタクシたちは首のためにあるのに」


「友達がいなくなっちゃうのは悲しいから、羽衣は嫌だよ」


「……それが、首への反逆だとみなされたらどうするんですの……」


「その時は、消えちゃうかなぁ」


 笑顔で答えた羽衣に、レオがギョッとする。華は呆然と羽衣を見つめていた。


「……首のためでなく、死ぬと? ……怖くないの?」


「みんなに会えなくなるのは怖いかも」


「羽衣ー‼ お前はー‼」


「わあ⁈」


 レオが羽衣の前に飛び出す。


「軽率なことを言うなと何度も……‼」


「ご、ごめん……」


「……わけがわからないですわ」


 華が吐き捨てるように言った。


「ワタクシたちは天使ですのよ。首のために存在するんですのよ。あなた、人間にでもなりたいの?」


 華はため息をつくと、羽衣に背を向けた。


「理解できませんわ。けれど、あなたには敵わない」


「えっと……」


「ビュティー。今日は帰りますわよ」


 華のもとにフラフラとビュティーが飛んでくる。ビュティーはキッとレオを睨むと、華と共に羽衣たちに背を向け、去っていった。


「……羽衣さぁん……」


 後ろから聞こえた情けない声に羽衣が振り返る。へたり込んだ恵慈はボロボロで、大粒の涙を流していた。


「恵慈ちゃん! 大丈夫?」


 羽衣が恵慈に駆け寄る。すると、恵慈は「うえええ……‼」と声を上げて泣きながら羽衣に抱き着いた。


「死ぬかと思いましたぁ……‼」


「無事でよかったぁ。恵慈ちゃんが見えて声かけようとしたら消えちゃうんだもん。なんとかなってよかったよ~」


「助けてくれてありがとうございますぅ……‼」


「友達だもん! 当り前だよ!」


 羽衣が笑顔を浮かべ、縋り付いて来る恵慈の頭を撫でる。


「……なんだか君も大変だねぇ。レオ」


「マーシーに言われたらもうどうしようもないじゃないか……」


 そんな二人を見ながら、少し離れた所でエンジェリックたちが苦笑いを浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る