第31話 炎と鋳薔薇

 羽衣は恵慈に迫る鋳薔薇を見ると、拳をかまえた。羽衣と共に入って来たレオが桃色の炎に姿を変える。


淡紅たんこう獅子しし


 羽衣の拳から放たれた炎の獅子が鋳薔薇を焼き尽くす。恵慈は目の前で巻き起こる光景を、ただ茫然と見つめていた。


「恵慈ちゃん‼ 大丈夫⁈」


 恵慈の目の前に降り立った羽衣が恵慈に駆け寄り、自分の手に傷がつくのもかまわず恵慈を縛る鋳薔薇を千切り始めた。炎に姿を変えていたレオがため息交じりに戻って来る。


「羽衣……炎で燃やした方が早いぞ」


「え⁈ で、でも、恵慈ちゃんまで火傷しない?」


「大丈夫だ。天使の炎は燃やしたいものしか燃やさない」


 羽衣が「ほんと⁈ 便利!」と目を輝かせ、指先の炎で鋳薔薇を焼く。鋳薔薇から解放された恵慈がようやく我に返り、羽衣を見た。


「……羽衣……さん……?」


「そうだよ! 無事でよかった!」


「……え」


「な、なんなんですの……あなた……」


 聞こえた声に羽衣が振り返る。そこには、顔面蒼白の華がいた。


「て、天使の決闘に……乱入……? そ、そんな、そんなこと、ありえませんわ……」


「えっと……初めまして?」


「天使の決闘は首の名のもとに行われる神聖な儀式であり、天使の一対一戦い……乱入なんて……乱入なんて……」


「そうだぞ……羽衣……決闘に乱入なんて前代未聞だ……」


「え? そうなの? とりあえず叩いたらなんとかなったよ?」


「どこを叩いたんですの……⁈」


 青冷めていた華の顔が徐々に赤く染まり、怒りでワナワナと震え始めた。


「なんなんですの……なんなんですの⁈ あなたという天使は‼ アリエル‼」


「え、ええ⁈ 羽衣、なにかした……?」


「昔からそうですわ‼ あなたはいつも何食わぬ顔でなにかとんでもないことをしでかして、注目をかっさらっていく‼ どうしていままで一切顔を出さなかったんですのよ⁈」


「あ、あの……羽衣、天使の時の記憶ないの……」


「はあ⁈」


 華が信じられないと声を荒げる。


「ワタクシを覚えておりませんの⁈」


「う、うん……」


「大天使ジョイフェルを⁈」


「ご、ごめんね……?」


「共に悪魔の軍勢を迎え撃った戦友を忘れたんですの⁈」


 華はもう、顔から火が出るのではないかというほどに顔を真っ赤にしていて、華の後ろでビュティーがオロオロしていた。レオがため息をつく。


「可哀想に……」


「許しませんわ‼」


 華が声を荒げて羽衣を睨みつける。まったく心当たりのない羽衣が「うええ……?」と情けない声を上げた。


「マイペース鈍感天然天使め‼ ワタクシはあなたを倒して七大天使になりますわ‼」


 地面から次々と鋳薔薇が飛び出し、鋭い棘が羽衣に牙を剥く。もはや恵慈は置いてけぼりにされて、我に返った恵慈が慌てて吹き飛ばされたマーシーの元へと走って行った。


「わわわ」


 羽衣が飛び出した鋳薔薇に驚きつつ身構える。レオが獅子の姿になり、低い唸り声を上げた。


「ワタクシの前から消えてくださいまし‼」


 鋳薔薇が羽衣に襲い掛かる。羽衣はその場から逃げようとせず、鋳薔薇に向かって桃色の炎を放った。炎は襲い来る鋳薔薇を燃やし尽くし、華が舌打ちをした。


「相性が悪いんですのよ‼」


「う、羽衣はあんまり戦いたくないよ……?」


「お黙りなさい‼」


 華がようやくその場から動き、羽衣に向かって走り出した。レオが向かって来る華の前に立ちふさがろうとするが、目の前にビュティーが現れる。


「ジョイフェルの邪魔しないで‼」


 ビュティーの目が淡い光を放ち、レオの動きが一瞬止まる。その隙に華はレオの横を通り抜け、両腕を振り上げて羽衣の目の前に飛び出した。羽衣が身構える。


誘惑ゆうわく薔薇ばら‼」


 振り下ろした華の両腕に巻き付いた鋳薔薇に大輪の薔薇が咲く。羽衣の目の前で薔薇が強烈な香りを放ち、羽衣の視界が一瞬グラリと歪んだ。


「羽衣‼」


 羽衣の元に走ろうとしたレオに向かって、ビュティーは小さな身体をよじらせ、大きな尻尾でレオの身体を打つ。ビュティーの尻尾はそれほどの威力は持たないが、毛皮から香る薔薇の香りがレオを惑わせ、レオの身体が揺れた。


「鋳薔薇に貫かれて消えなさい‼」


 華の両腕の鋳薔薇が羽衣の身体を貫こうと迫る。マーシーを拾い上げた恵慈が、少し離れたところから「羽衣さん‼」と叫んだ。


 次の瞬間、華に向かって炎が放たれた。


「きゃあ⁈」


 炎は鋳薔薇を燃やし、華の腕に燃え移る。炎を放った羽衣は険しい表情で華を見つめ、華は悔しそうに表情を歪めながら羽衣から離れた。


「恵慈ちゃんをいじめた分だよ」


 炎が華の腕を燃やし、華がうめき声を上げる。


「ジョイフェル‼」


 ビュティーが大慌てで華のもとに飛んでいこうとするが、レオがそれを見逃さず、鋭い爪でビュティーを薙ぎ払った。ビュティーが「キャンッ‼」と声を上げて吹き飛んでいく。


「だから嫌いですのよ……‼」


 両腕の熱さに絶えながら、華が悔しそうに羽衣を睨みつけた。すると、燃え盛っていた炎が唐突に勢いをなくし、消えた。


「なんのつもりですの」


「羽衣はあなたと戦いたくないよ。それだけ。でも、友達をいじめるのはやめてね」


「友達? ふざけないでくださいまし。天使の決闘は生きるか死ぬかですのよ。戦わなければ終わりませんのよ‼」


 地面から鋳薔薇が飛び出し、その矛先を羽衣に向ける。羽衣が少し悲しそうな顔をした。


「ワタクシはとっくの昔に覚悟を決めていますのよ‼」


 レオが炎に変わり、羽衣の元に飛んでくる。桃色の炎を纏い、羽衣は鋳薔薇に向かって拳をかまえた。


淡紅たんこう獅子しし


 放たれた炎の獅子は、次々と飛び出した鋳薔薇をすべて燃やし尽くし、その光景に、華が青冷めた。羽衣の桃色の瞳が華を捉える。


「ストーップ‼」


 響いた声に、その場の全員が動きを止めた。

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