第24話 宣戦布告

「そんなことがあったのですか……」


 愛歌と出会った翌日の昼休み。羽衣はいつもと同じように綺心とともに中庭のベンチに向かい、そこで待っていた輝星と恵慈に昨日のことを話していた。恵慈は信じられないと言うように目を見張っているが、輝星は平然と綺心が作って来た弁当を食べている。


「よ、四大天使ラファエルの聖域……そ、そんなところからよく生きて戻れましたね……?」


「選ばれた者しか踏み入れない天界の聖域か~。僕も行ってみたかったよ~」


「なんでお前たちはそんなに呑気なんだ⁈」


 のんびりと話すマーシーに堪忍袋の緒が切れたのか、声を荒げたレオに恵慈がビクリと肩を震わせた。輝星とともに弁当を頬張っていた羽衣が首を傾げる。


「四大天使に目を付けられたんだぞ⁈ いまもどこから狙われているか……‼」


「ま、まあまあ、そう焦らないでくれよ、レオ」


「そうよ。こんなことでバタバタするなんてエンジェリック失格よ」


「なんだと⁈」


 口を挟んできたグレイシスにレオが声を荒げる。グレイシスは澄ました顔でそっぽを向いた。


「その通り! ここでバタバタしても仕方がないわよ!」


「うわああああ⁈」


 唐突に後ろから聞こえた声に恵慈が飛び跳ねんばかりの驚きようで声を上げ、ベンチから落下する。羽衣が後ろを見ると、そこには得意げな表情を浮かべる愛歌と、その横で不安そうな表情をしているツゥインがいた。


「あら。驚かせてごめんなさい。あなたがジェレミエルね?」


「う、え、あ、そ、そうです……」


 ベンチから落ちた恵慈がなんとか立ち上がり、恐る恐るベンチに座り直す。愛歌は楽しそうに笑うと、ベンチの後ろから恵慈に手を差し伸べた。


「よろしく! 私は大天使サンダルフォン!」


「よ、よろしくお願いします……」


 恵慈と愛歌が握手を交わし、愛歌が輝星の方を見た。


「それと、あなたがチャミエルね」


「そうだヨ! よろしく!」


「よろしくね。ていうか、私だけ除け者なんて酷いじゃない?」


「除け者にしたわけじゃないよ。誘っていいのかわからなかっただけさ」


「だったら一声かけてくれたって良かったじゃない? ねえ、羽衣」


「ごめんね、愛歌ちゃん……」


「うふふ。いいわよ」


「おまえー‼ おまえがすべての元凶なんだぞ‼」


 レオがベンチの上から愛歌に向かって指を指し、愛歌が「私?」と首を傾げた。


「お前が強引にメタトロンに会わせろなんて言わなかったら、四大天使に目を付けられることなんてなかったんだ‼」


「なに? まだそんなこと気にしてるの? レオ以外、誰も気にしてないわよ」


「それがおかしいんだ‼」


「さ、サンダルフォン……私も心配だよ……」


「だいじょーぶよ、ツゥイン。四大天使なんて、ただの首のお気に入りでしかないんだから」


「おまえー‼ 四大天使は強いんだぞー‼」


「戦ったわけでもないでしょうに」


 その時、ピーンポーンパーンポーンと校内放送の音が聞こえ、全員、思わず目を見合わせた。輝星だけはすべてがわかっていたかのように「ふふん」と笑った。


「三年、粼恵慈。二年、獅子野羽衣、伝田綺心、音都愛歌。一年、未先輝星。校内にいましたら、生徒会室まで来てください」


 綺心が苦笑いを浮かべ、恵慈は青冷める。羽衣が「あれ?」と首を傾げ、愛歌が「あらまあ…」と呟いた。


「ほれ見たことかー‼」


 レオの大声だけが静かな中庭に響き渡った。


    ◇

 

 生徒会室の中で、呼び出しをくらった羽衣たちは生徒会メンバーを前に緊張の面持ちで立っていた。生徒会長の席に座る真孔雀天理の鋭い眼光が、羽衣たちを捉えている。


「全員揃いましたし、自己紹介でもいたしましょうか」


 流れる沈黙を破り、口を開いたのは副会長。淡い水色の真っすぐな長い髪に、青い瞳は息を呑むほどに美しい。


「はいはーい! じゃあ、私がいちばーん‼」


 手を上げながら元気にそう宣言したのは、金髪のショートヘアーの元気な生徒だ。


「二年、生徒会書記、日輪ひのわこうだよ! よろしく~!」


「それじゃあ、光に続いて。三年、生徒会書記、御旅屋おたや菜癒なゆです」


 光に続いて口を開いたのは、淡い緑のウェーブした髪に緑色の瞳を持つ生徒。菜癒は愛歌と羽衣を見ると「この間ぶりだね?」と微笑んだ。


「三年、副会長の受望うけもち百合亜ゆりあ。そして……」


 百合亜が生徒会長席を見た。


「三年、生徒会長の真孔雀天理だ。言わずともわかっているとは思うが、ここにいるのは四大天使、ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルの四人」


 羽衣の隣で綺心が生唾を飲み込んだ。四大天使たちは確かな存在感と威圧感を放っているが、中でも天理だけは別格だった。それは、羽衣にもヒシヒシと感じ取れる。羽衣の後ろでレオがガタガタと震えていた。


「おまえたちを呼び出したのは……そこの二人ならわかっていると思うが」


 天理が羽衣と愛歌を見る。愛歌は一瞬ビクリと肩を震わせ、苦笑した。


「共闘関係とやらを、詳しく教えてもらおうか」


 恵慈にいたっては恐怖で顔面蒼白になっている。しばらくの沈黙が流れるが、天理の鋭い眼光は羽衣たちを逃がさなかった。


「……七大天使になるための、共闘です」


 口を開いたのは綺心だ。


「首に認知してもらうため、上級悪魔を倒すため、手を組んだだけです」


「それを力の証明だと?」


「証明になりませんか?」


「首は天使たちに殺し合いを命じた」


「力を示せば天に戻すと、そうおっしゃいました」


 羽衣たちは綺心と天理のやり取りを、ハラハラしながら見ていた。


「……いいだろう。だが、一つ疑問がある」


「なんでしょう?」


「おまえたちは七大天使の席が残り三席しかないことを理解しているのだろうな?」


 天理の言葉に綺心が黙り込んだ。


「大天使サンダルフォンは……まだわかる。だが、他の天使は? まさか、七大天使になる気がないなど、のたまうのではあるまいな」


 綺心の頬に冷や汗が伝う。羽衣は綺心の表情を見て不安そうにしていた。


「それは首への反逆。天に戻ることが我らの指名。天使同士で殺し合い、七大天使を決めねばならない。首への反逆を示すのならば、いまここで堕天使とみなし殺す」


 天理の表情は険しい。いますぐにでも羽衣たちを切り殺しそうな剣幕だ。


「殺し合うヨ?」


 口を開いたのは輝星だった。


「天に戻るために、七大天使になるために殺し合うヨ。首の御心のままにネ」


 羽衣が驚いて輝星を見る。恵慈も顔面蒼白で、信じられないというように輝星を凝視していた。輝星の瞳はまっすぐ天理を見つめていた。


「迷いなく殺すヨ? でも、まずは首に認知してもらわなきゃ、意味がないよネ?」


「……共闘を誓った天使同士でも?」


「当り前だよネ。みんな、七大天使になれなくて消えちゃうのは嫌だモン」


 「でも……」と言葉を続けた輝星は不敵な笑みを浮かべ、天理を見つめていた。


「君たちはいつまでそこにいるのカナ?」


「……」


 天理はなにも言わず、じっと輝星を見つめていた。そして、ふっと笑った。


「大天使チャミエル……おまえが言うならそうなのだろう。もういい。呼びつけて悪かったな。戻っていいぞ」


「え? え……?」


 羽衣が思わず困惑の声を上げる。


「だが、覚えておけ。四大天使は……首は、いつでも天使を見ている」


 五人は生徒会室を後にした。ニコニコの笑顔を浮かべて外に出た輝星とは裏腹に、綺心と愛歌は険しい表情を浮かべている。恵慈と羽衣は困惑しきってしまって、言葉が出てこなかった。


 すると、いままでずっと羽衣の後ろに隠れていたレオが輝星の前に飛び出した。


「おまえー‼」


「わあ」


「や、やや、やっぱり裏切るつもりなんだー‼ 羽衣‼ いますぐこいつをやれー‼」


「わわわ……⁈ れ、レオ落ち着いて……‼」


「落ち着いていられるかー‼ あんなの宣戦布告だぞ⁉」


「まあまあ、レオ~。落ち着いてよ~」


 チャミエルの後ろから現れたルックがレオをなだめる。レオは羽衣に止められながら、ルックに噛みつきそうな剣幕を浮かべていた。


「あなたたち、協力してるんじゃなかったの……?」


「ど、どど、どういうことですか……⁈」


 愛歌と恵慈が困惑の声を上げる。すると、輝星は「ふふん」と不敵な笑みを浮かべた。


「君たちを殺すとは言ってないヨ?」


「い、いいい、言ってましたよ⁈」


「安心してよネ。いまのところ、君たちを殺す未来はないのダヨ」


「わけがわからないわ……」


「輝星ちゃん……羽衣たち仲良しだよね?」


「もちろんダヨ!」


「じゃあ、いっか」


「羽衣……良くないと思うよ?」


 綺心が小さくため息をつく。恵慈はいつのまにか眠っていたマーシーを抱きしめながら、怯えた様子で全員の顔を見て、口を開いた。


「わ、私……みなさんが信じられなくなりそうです……」


 恵慈の言葉に綺心と愛歌が苦笑し、羽衣が「そう?」と首を傾げた。

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