第22話 大天使メタトロン

「⁈」


「その決闘、私が引き受けましょう。ラファエル」


 火柱の中から出てきたのは、天使の姿をした芽児だった。三対六枚の大きな羽を持ち、胸元に豪華なフリルの装飾を施された、濃い緑のロングドレスを身に着ける芽児の姿は、ラファエルをしのぐ神々しさを放っている。身体に纏う緑の炎は、まるでラファエルを威嚇するように風に揺れていた。


「メタトロン……‼」


 ラファエルが芽児を見て顔をしかめる。その瞬間、ラファエルの髪をかすめ、緑色の大きな炎の鳥が飛んでいった。


「お久しぶりね。四大天使ラファエル」


 炎の鳥は旋回し、芽児の元へと戻って来ると、ツゥインの姿に変わった。愛歌は信じられないと言うように芽児を見つめている。


「メタトロン……首のお気に入りであるくせに、七大天使争奪戦争後からめっきり天界に姿を現さなくなったあなたが、どうしていまさら四大天使の前に現れるの?」


「可愛い妹と妹の友達が殺されかけていた。それ以外の理由が必要?」


 芽児は微笑んでいるが、その目は笑っていなかった。ラファエルが引きつった笑みを浮かべる。


「妹に手を出すのなら、私が相手をするわ」


「……神の代理人メタトロンに勝てるわけがないでしょう」


 ラファエルが諦めたように呟く。


「め、芽児……」


「大丈夫よ。愛歌」


 芽児が振り返り、愛歌に笑いかける。


「お姉ちゃんが、助けてあげるからね」


 芽児の優しげな表情に、愛歌が目を見張る。羽衣とレオはもう、一切状況に付いていけずただ茫然としていた。


「いいよ。メタトロンを見つけ出せただけで十分。でも、覚えていて。首はいつだって天使を見ている」


 ラファエルが少し悔しそうにそう言った瞬間、羽衣たちは美しい草原ではなく、もといた道に戻って来ていた。手を取り合った状態で、羽衣と愛歌が目を瞬かせる。


「……あ、あれ……?」


「愛歌‼」


 聞こえた声に羽衣と愛歌が振り返ると、芽児が走って来ていた。その後ろから綺心と美魂が走ってきているのが見える。


「める———」


 愛歌が言い終わる前に、芽児が愛歌に抱き着いた。


「大丈夫⁈ 怪我はない⁈ 消えてない⁈」


「だ、大丈夫よ……」


「羽衣。大丈夫だったかい?」


 追いついてきた綺心が羽衣に声をかけた。呆然としていた羽衣がハッと我に帰り、綺心を見る。


「だ、だい……じょうぶ……?」


「なわけないだろ‼」


 声を荒げたのは、羽衣のそばで飛んでいるレオだった。レオは顔面蒼白で、ガタガタと震えている。


「よ、よよよ、四大天使に目を付けられたんだぞ⁉ どうするんだ‼ 羽衣‼」


「え、えええ? ど、どうしよう……?」


「どうしようね……?」


 綺心も苦笑いを浮かべている。綺心のそばで飛んでいるグレイシスがため息をついた。追いついてきた美魂が羽衣の元にやって来る。


「あなた方は四大天使に目を付けられました。目立った行動は危険を伴うでしょう。お気を付けください」


「そ、そんなに大変なことなの? 美魂ちゃん」


「四大天使に認知されたのは喜ばしいことでは? けれど、それに敵対の意思が混ざっていた場合、消されかねないというだけの話」


「それが大問題なんだ‼」


 レオが声を荒げ、グレイシスに「落ち着きなさい」とたしなめられる。だが、レオの興奮は収まらなかった。


「お前たちはなんでそんなに冷静なんだ⁈ まるでいずれこうなるとわかっていたみたいじゃないか‼」


「……仲間が増えればこうもなるって、私は元から言っていたわよ」


「首への反逆を疑われているんだぞ⁉」


「反逆したいわけじゃないさ。勝手にそう思われただけ」


「……あなたたちがなにを企んでるのかは知らないけれど」


 口を開いたのは、芽児に抱き着かれている愛歌だ。愛歌は芽児をそっと離し、じっと目を見つめた。


「……いまはなにも聞かないわ。聞いても無駄だと思うし」


「愛歌……」


「だから、いつか話して、芽児。私はあなたの妹だけど、なにも言われないですべてがわかるほどあなたのことをわかっているわけじゃない。話してくれないとわからないこともある。わからないまま、避けられるのは……寂しい」


「……ごめんなさい、愛歌。ありがとう」


 芽児が嬉しそうに笑う。愛歌はその表情を見て苦笑し「信じてるわ」と息をついた。


「さあ! そこで狼狽えてるレオ‼ それと、羽衣‼」


「はい⁈」


 レオと羽衣が声を揃えて愛歌に答える。愛歌はなぜか誇らしげな表情を浮かべていた。


「四大天使がなによ。ビクビクしない! なぜなら、あなたたちにはこの私、神の兄弟、サンダルフォンがついているんだから!」


「わあ! これからよろしくね! 愛歌ちゃん!」


「もちろん!」


「そんな悠長なこと言ってる場合かー‼」


 レオが声を荒げ、愛歌は「大丈夫よ」と自慢げに笑い、羽衣は「そんなに大変?」と不思議そうに首を傾げてみせた。

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