第21話 四大天使ラファエル
「愛歌ちゃん‼」
愛歌を追いかけた羽衣は、しばらく走り、愛歌に向かって叫んだ。愛歌を追う羽衣に続いて、レオが飛んでくる。呼びかけられた愛歌は徐々に走るのを止め、立ち止まった。
「あ、愛歌ちゃん……‼」
追いついた羽衣が息を切らせながら愛歌に近寄る。愛歌の隣でツゥインが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「……私は……知りたいだけよ」
愛歌が振り返り、羽衣を見る。愛歌の頬には涙が伝っていた。
「なにも知らされないまま、ずっと避けられてきた。実の姉に。それに怒って何が悪いの」
「サンダルフォン……」
ツゥインが愛歌を見て悲しそうな顔をする。羽衣はなんて言ったらいいかわからず、ただ愛歌を見つめていた。すると、愛歌は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「実の妹は避け続けるくせに、他の天使とは仲良しなんて、酷い話ね」
「……め、芽児ちゃんは、愛歌ちゃんのことが嫌いなわけじゃないと思うよ……?」
「わかってるわ。そのくらい」
「え?」
「私は悲しいだけ。私だけ何も知らないから」
愛歌が涙を拭う。羽衣はなんだかいたたまれなくなって、唇をキュッと結ぶと、愛歌の手を取った。
「だ、大丈夫だよ!」
「え?」
「羽衣もなんにもわかんないから! 天使とか、なんかよくわからないけど、でも、みんなと一緒にいるのが楽しいだけ! だから、その、なんて言ったらいいかなぁ……む、難しく考えなくていいと思うの!」
「お、おい、羽衣……わけがわからないぞ……」
レオが呆れたように口を挟む。羽衣は「う~……」と唸ると、なにかを思いついたのか、パッと目を輝かせた。
「芽児ちゃんに、全部言っちゃえばいいよ! 寂しいんだって!」
「……そんなに簡単な話しかしら……」
「簡単にしちゃえばいいよ! だって、愛歌ちゃんは芽児ちゃんのことが大好きなだけでしょ?」
愛歌はしばらく唖然としていたが、羽衣に「ね?」と笑いかけられ、釣られて思わず笑ってしまった。
「そう。そうね。そうかも」
「でしょ?」
羽衣の嬉しそうな表情に、愛歌も笑う。
その時だった。羽衣と愛歌は一瞬にして、まったく知らない場所にいた。
「⁈」
二人が驚いて目を見開き、あたりを見回す。その場所は、美しい草原だった。草花が咲き乱れ、爽やかな風が吹いていて、頭上には晴れ晴れとした青空が広がっている。この世のものとは思えないほど、美しい場所だった。
「……ここ、どこ……?」
「あばばばばばば……⁈」
呆然としていた羽衣は、ようやく、自分の隣でレオがガタガタと震えていることに気が付いた。よく見れば、愛歌とツゥインも青冷めている。
「レオ? ここはどこ?」
「た、たたた、大変だー‼」
「え⁈ なに⁈ ここどこ?」
「こ、ここは、ここは……‼」
レオが羽衣の胸に飛び込んでくる。羽衣が「うわ⁈」とレオを受け止めると、レオは羽衣の胸にうずくまって震えていた。
「四大天使ラファエルの聖域だぁ‼」
「え?」
「ようこそ、私の聖域へ」
聞こえた声に羽衣が前を見ると、一人の天使が草原に立っていた。
薄緑色のウェーブした髪は、下に行くにつれて薄桃色にグラデーションになっており、優しげな瞳は髪と同じ薄緑色をしている。微笑みを称える表情は聖母のような優しさを放っているが、どこか威圧感があった。二対四枚の羽は、羽衣の羽よりもはるかに大きく、身体を包み込みそうだ。妖精を思わせる淡いグリーンのドレスは、色とりどりの花々で装飾されており、風に晒された裾がひらめき、光を反射してキラキラと輝いていた。
「初めまして。大天使アリエル、サンダルフォン。私は四大天使が一人、ラファエル」
「うぎゃあああ‼ 羽衣‼ 戦闘態勢だぁ‼」
「ええ⁈」
羽衣が状況を理解する暇もなく、レオの額の石が光り、羽衣が天使の姿に変わる。気が付けば愛歌も天使の姿へと変わっていた。
黄色と深い青を基調とした、ノースリーブのドレスは、腰に黄色い花とリボンの装飾が施されている。大きな黄色いリボンで髪を結び、手にレースの白い手袋をはめた愛歌は、警戒した様子でラファエルを見つめていた。
「……四大天使のラファエルが私たちになんの用?」
「思い当たる節はあるのでは?」
「なんの話?」
羽衣がキョトンとした様子で問いかける。
「最近、天使たちの内数名が手を組んでいるという噂を小耳に挟んだのだけれど、あなたたち、ご存じない?」
ラファエルの口調はどこまでも優しいが、どこか有無の言わせない威圧感があった。愛歌が羽衣の隣では生唾を飲む音がする。
「……えっと……」
「し、しし、知らないぞ‼ お、おおお、俺たちはなにも知らないよな⁈ 羽衣‼」
「え⁈」
「残念だけど、ご存じないわ」
愛歌とレオが嘘をつき、羽衣は「え? え?」と困惑している。だが、その嘘はラファエルには通用しない様子だった。
「嘘はつかなくていいわよ?」
「……‼」
「ごめんなさい。いじわるしたの。もう、わかってるのよ。そうでなければ、あなたたちをここに連れてこない。アリエル、ハニエル、チャミエルにジェレミエル。そして、サンダルフォン。あなたたちが手を組んで、なにかを企んでいることは知ってる」
「べつに、なにも企んでないよ?」
羽衣がキョトンとしながら首を傾げ、レオが小さく悲鳴を上げて「羽衣‼」と慌てて羽衣の口を塞ごうとした。
「羽衣たちは仲良しなだけだよ!」
「だから‼ それが問題なんだ‼ ちょっと黙ってろぉ‼」
大慌てのレオと状況を理解していない羽衣の表情を見て、愛歌が苦笑いを浮かべた。
「首は天使たちに殺し合いを命じた」
騒いでいたレオが、ラファエルの声にピタリと動きを止めた。
「天使たちに仲良くするように言ったのではない。それは、首への反逆とみなされる」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ただ仲良くしてるわけじゃないわ! それに、私たちは堕天していない!」
「……仲良くしたところで、いずれ殺し合いになる。七大天使の席は残り三席。よくわかっているでしょう。それとも、四大天使に勝てる算段がある?」
愛歌が身構える。羽衣は困惑しているだけだ。
「どうせ殺し合いになるのなら、いまここで、どちらかと決闘をしてあげましょうか」
「舐めてかからないで」
「人間上りのお気に入り? そんな天使が私に勝てる?」
「関係ないわ‼ ツゥイン‼」
ツゥインは愛歌のもとに飛んでくるとその姿を変え、美しい琥珀色のバイオリンに変わると、愛歌がバイオリンを握った。
「ヒール」
「はあい」
おっとりとした声が聞こえたかと思うと、ラファエルの近くで小さなつむじ風が巻き起こり、エンジェリックが現れた。三つに分かれた大きな耳を持ち、白い花の耳飾りを付けた、若葉色の毛皮を持つそのエンジェリックは、額の緑色の石を光らせながら、大きな二対の羽でラファエルのそばを飛んでいる。
「四大天使が何だって言うのよ‼」
「私が手を出さなくても、ヒールで十分だと思うよ」
愛歌がラファエルを睨みつける。そして、二人は声を揃え、困惑している羽衣を置き去りに、高らかに宣言した。
「「首の名のもとに、ラファエル、サンダルフォンの決闘をここに宣言する‼」」
その瞬間、愛歌とラファエルの間に、大きな緑色の火柱が上がり、行く手を阻んだ。
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