第20話 双子の姉妹

 その日の放課後、羽衣は愛歌とともに綺心に連れられ、芽児が通っているという私立の女子中学校の校門前までやって来ていた。羽衣が付いていきたいと言ったら、愛歌も綺心も快く了承してくれたからだ。


「すごーい! 女子校なんだね! 制服可愛い!」


 校門から出てくる生徒を見ながら羽衣が目を輝かせる。生徒たちは少し長めの紺色のスカートに、黒いブレザー、グレーのチェックのリボンを身に着けていた。スカートには金色のボタンが六つ、装飾されている。


「聖サンタマリア女子中学校。高等部までエレベーター式の名門私立よ。完全寮制」


「へぇ……! みんな頭良さそう……」


「実際いいわよ」


 愛歌がなぜか誇らしげに応え、羽衣が「すごーい!」と目を輝かせる。


「でも、ここで待っていて本当に芽児はやって来るの? 校門で待つなんて、私だって何度もやったわ」


「メタトロンはいつも学校の中から寮の裏口に回ってサンダルフォンに会わないようにしていたんだろう。今回は僕が校門の方に来るように言ったから大丈夫だよ」


「……そこまでして私に会いたくないのね」


「あら? ハニエル?」


 聞こえた声に愛歌がバッと素早く振り返る。そこには、愛歌と瓜二つの顔をした少女と、その傍らにもう一人の少女が立っていた。


「芽児!」


 芽児と呼ばれた、愛歌と瓜二つの少女は、愛歌に似たフワフワの癖毛の深緑色の髪を持ち、瞳も同じ色で、髪を下ろし、白いカチューシャを付けている。その傍らにいる少女は芽児よりも少し身長が高く、白い髪に色素の薄い白の瞳、肌も青白く、伏し目がちなため、どこか浮世離れした雰囲気を持つ、不思議な少女だった。


「愛歌?」


 駆け寄って来た愛歌に困惑する芽児の手を取り、愛歌はまっすぐに芽児を見つめた。


「どうして愛歌がハニエルと一緒にいるの?」


「そんなことより! 芽児! どうして……」


「久しぶり、愛歌。会えて嬉しいわ。寮に入ったらやっぱり寂しくて、ちょっとホームシックだったの」


 芽児が愛歌を抱き寄せる。その様子を見て、羽衣は首を傾げた。羽衣の肩に乗っているレオも同じように首を傾げる。


「避けられてるって言う割には……」


「歓迎されてるね?」


「メタトロンはサンダルフォンが嫌いなわけじゃないさ」


「そうなの?」


 綺心が頷く。芽児に抱き寄せられた愛歌はしばらく呆然としていたが「違う!」と言って芽児を引き剥がした。


「違うわ! そんな言葉が聞きたいんじゃない!」


「あら、そうなの? せっかく会いに来てくれたから、楽しいお話をたくさんしたいのだけど……」


「私のことを避け続けてるくせによく言うわ!」


 羽衣がハラハラしながら二人のやり取りを見ていると、芽児のそばにいた少女が羽衣と綺心の元にやって来た。


「……用とは、あれのことですか?」


 シンと張りつめるような響きを持つ声で、少女は綺心に問いかける。綺心は苦笑し「ごめんなさい」と謝った。


「メタトロンのことを一番わかっているあなたが、なぜ?」


「僕にも僕の考えがあるので……」


「えっと……なんの話し?」


 話しに付いていけない羽衣が口を挟むと、少女の白い瞳が羽衣を捉えた。


「初めまして、アリエル。私は御書ごしょ美魂みたま。大天使アズラーイールです」


 よく見ると、美魂の後ろにエンジェリックが隠れていた。ヤギを思わせる長い耳に灰色の毛皮と小さな二本の角を持ち、不安げな灰色の瞳をしたそのエンジェリックは、首元のモコモコした毛の中心に黒い石があり、額に三つ目の目を持っていた。その姿は他のエンジェリックとは少し異なっている。


「これは私のエンジェリック、リリーフ。人見知りなので、悪しからず」


「は、初めまして! 獅子野羽衣です!」


「……あなたは天使の名を語らないのですね」


「羽衣って呼んでください!」


「わかりました」


「そう焦らないでサンダルフォン。まだ時が来ていないだけ。いずれわかる」


 聞き慣れない声に羽衣が愛歌の方を見る。芽児の隣で、エンジェリックが羽ばたいていた。深緑色の羽毛と瞳を持つ、鳥に似たエンジェリックは、愛歌の肩にとまっているツゥインによく似ているが、ツゥインとは違って耳はピンと立ち、つり目がちな強気な目をしていた。


「エジェン……」


「ツゥイン。あなたからも言ってやって。大天使メタトロンの行動にはすべてに意味があるのよ。わかっているでしょう」


「説明してほしいの‼ 私は‼」


 愛歌は泣きそうな表情を浮かべていて、芽児は狼狽えていた。


「私が覚醒してからもずっと私を避け続ける理由が知りたいの‼ 実の妹なのにどうして⁈」


「愛歌……」


「私とは一緒にいてくれないくせに、他の天使とは仲良くするんでしょう? 私はどうしたらいいの?」


「違うの、愛歌……私は……」


「大天使メタトロン。私はもう、あなたがなにを考えているのかわからない」


 そう言うと、愛歌は芽児に背を向け、走り出してしまった。


「愛歌‼」


 芽児が愛歌を引き留めようとするが、愛歌は振り返らず、一目散に走り去っていく。ツゥインが慌てて愛歌の後を追い、気が付いた羽衣が「愛歌ちゃん⁈」と、芽児の横を通り抜けて愛歌の後を追って行った。


「……」


 芽児は愛歌に届かなかった、行き場のない手を降ろし、悲しそうに見えなくなっていく背中を見つめる。そして、ばつの悪そうな顔をしている綺心の方を見た。


「どうして愛歌を連れて来たのかしら」


「……怒っているかい?」


「怒っていないわ。あなたにも考えがあることはわかってる」


「メタトロン。始まってしまえば、巻き込まないなんて無理だよ。サンダルフォンは、メタトロンの妹なんだ」


 芽児が少し目を伏せる。そして、美魂の方を一瞬チラリと見て「わかっているわ」と悲しそうに呟いた。

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