第19話 大天使サンダルフォン
上級悪魔との戦いから数日後。輝星と恵慈の力で羽衣はすぐに回復し、いつもと変わらない学校生活を送っていた。
昼休み。羽衣はいつものように中庭のベンチで一緒に昼食を取ろうと、綺心の教室に向かっていた。羽衣の肩の上にレオが腰掛けているが、羽衣の横を歩いていく生徒たちは気が付いていない様子だ。
「やっぱり……もっと警戒を……他の天使に見つかれば……リスクが……」
「レオ? さっきからずっとなにをブツブツ言ってるの?」
「……」
ここ数日、レオは考えこんだ様子でブツブツと何かを呟いている。レオは羽衣をじっと見つめると、大きなため息をついた。
「俺の天使は警戒心が欠片もないから、俺がしっかりしなくちゃいけないって、改めて気づかされたんだよ」
「失礼な! 羽衣はしっかりしてるもん!」
そんなことを話していると綺心の教室の前にたどり着いた。いつものように綺心を呼ぼうと、羽衣が教室の扉から顔を覗かせる。
「だから‼
聞こえて来た大きな声に羽衣がビクリと肩を震わせ、周囲の生徒たちも声の主に注目した。
「な、なに?」
羽衣が綺心の席の方を見ると、席に座っている綺心の前に見慣れない女子生徒が立っている。フワフワとした癖毛の金髪を高い位置で一つにくくり、大きな黄色のリボンを付けている後ろ姿を見て、羽衣は恐る恐る教室に入り、綺心の元へと向かった。周囲の生徒たちがヒソヒソと騒めいている。
「一度だけでもいいから、会わせてくれればいいだけよ!」
「だから、それが出来ないと言っているんだ」
「どうして⁈ わかっているのよ、あなたと芽児の仲がいいことは!」
「ど、どうしたの……?」
綺心の席にたどり着いた羽衣が恐る恐る問いかける。振り返った女子生徒の金色の瞳が羽衣を捉えた。うっすらそばかすが浮かぶ、可愛らしい顔立ちの少女だ。
「あなたも天使? 本当にこの学校は天使が多いわね」
「え?」
「いいえ、そんなことより! たった一度、会わせてくれればいいだけなのよ! ハニエル!」
一瞬振り返った女子生徒がすぐに綺心の方を見る。綺心は静かに首を横に振った。綺心の肩に乗ったグレイシスが、警戒するように女子生徒を見つめている。
「どうして⁈」
「どうしてもだ」
「ね、ねぇ、羽衣に説明してよ、綺心ちゃん……」
「そうだな……どこから話そうか……」
「あなたが首を縦に振らないなら、今ここで決闘を宣言してもいいのよ‼ 天使の決闘を‼」
「わー‼」
女子生徒の言葉を聞いて、羽衣の肩に乗っていたレオが女子生徒に飛びつき、口を塞いだ。女子生徒が目を見開く。
「ダメだー‼ それはやめてくれー‼ ていうか、こんなところで天使、天使って大声でいうなー‼ 四大天使に目を付けられたらどうするんだー‼」
「んー⁈」
「……そうだね。とりあえず、場所を変えようか。話はそこから」
綺心が席を立ち、羽衣と女子生徒の手を引いて教室を出て行く。綺心が向かった先はいつもの中庭だった。
中庭にたどり着くまで、レオはずっと女子生徒の口を塞いでいたが、中庭に着いた途端、なにかが猛スピードで飛んできて、レオに体当たりをした。
「フギャァッ⁈」
レオが情けない声を上げながら突き飛ばされる。レオがようやく離れた女子生徒は、大きく息を吸って吐き「なんなのよ……もう……」と呟いた。
「サンダルフォンに酷いことしないで……‼」
レオを突き飛ばしたのは、黄色い羽毛を持つ、鳥に似たエンジェリックだった。金色の瞳に金色のくちばしを持ち、額に石がはめ込まれている。姿は鳥に似ているが、下向きの耳が生えていて、垂れた目は気弱そうな印象があった。
「さて、話しの続きをしようか。大天使サンダルフォン」
平然とした様子の綺心を、サンダルフォンと呼ばれた少女が睨みつける。すると、綺心の後ろから羽衣が顔を出した。
「初めまして! 私、獅子野羽衣! あなたも天使? その子、インコみたいで可愛いね!」
輝かんばかりの笑顔を浮かべる羽衣に、少女はあっけに取られた様子でしばらくポカンとしていたが、我に返って口を開いた。
「は、初めまして……? 私は
「は、初めまして……」
ツゥインがペコリと頭を下げる。吹き飛ばされたレオが戻って来て、羽衣の足元に隠れた。
「愛歌? えっと……待って、聞いたことある……そうだ! 合唱部の部長さんだ!」
「え、ええ……まぁ……」
「よろしくね! 羽衣って呼んで!」
「羽衣は大天使アリエルの生まれ変わりだぞ」
羽衣の足元でレオが口を挟む。愛歌は羽衣の勢いに押され、「よろしく……?」と苦笑いを浮かべた。
「それで、綺心ちゃんと愛歌ちゃんはなんのお話をしてたの?」
「そうよ! ハニエル! 芽児に会わせて!」
「芽児って誰?」
「大天使サンダルフォンの双子の姉、大天使メタトロンの人間としての名前だよ」
これまでずっと黙って二人のやり取りを見ていた綺心が、ようやく口を開いた。
「綺心ちゃんはその芽児ちゃんって人と仲がいいの?」
「……そうだね」
「だったら‼ どうして会わせてくれないの⁈」
愛歌は酷く憤っている様子だ。羽衣は首を傾げた。
「芽児ちゃんって愛歌ちゃんのお姉ちゃんなんだよね? どうして会えないの?」
「……芽児が私を避けるからよ」
そう言った愛歌は悲しそうだった。
「思えば、小さい頃からそうだった。芽児はずっと私を避け続けてきたのよ。中学だって、同じ公立に通うのかと思ったら、知らない間に受験して私立に行って、寮に入って別居だし、私には連絡手段も与えてくれない」
「え? ど、どうして? お姉ちゃんなのに……」
「知らないわ。知らないけれど、芽児はどうしても私に近づいてほしくないみたい。それなのに、他の天使とは仲良しこよしなんて、許せる?」
愛歌が綺心を睨む。綺心は小さく息をついた。
「家には帰らない。学校の前で待ち伏せしても、絶対に姿を現さない。理由があるとしか思えないのに、それも教えてくれない。途方に暮れていたら、ハニエルがメタトロンと親しいらしいと噂で聞いた」
「綺心ちゃん! 会わせてあげようよ! 仲良しなんでしょ?」
「……僕は良くても、メタトロンが許してくれないよ」
「ただ一度だけ会わせてくれればそれでいいのよ!」
愛歌は必死の形相で懇願している。綺心は少し困ったように考え込み「お願い……」と悲しそうに祈る愛歌を見た。羽衣もなんとかしてあげて欲しいというような目で綺心を見ている。綺心が小さく息をついた。
「わかったよ。ただ、一つだけ条件がある」
「条件?」
「僕たちの仲間になること」
「なんだって⁈」
声を上げたのはレオだった。綺心の隣でグレイシスも信じられないというような表情を浮かべている。
「は、ハニエル⁈ 何を言ってるんだ⁈ これ以上仲間を増やしてどうするんだ‼ 七大天使の席はあと三席しかないんだぞ‼」
「えっと……仲良しになるのは別にかまわないんだけど、確かにレオの言うとおりだね……?」
羽衣も不思議そうに首を傾げている。愛歌は「仲間?」といぶかしげな表情を浮かべた。
「そう。七大天使争奪戦争において、共闘し、功績を上げるための仲間。ここにいる羽衣のほかに、チャミエル、ジェレミエルが仲間だよ」
「その共闘の手助けをしろと?」
「その通り。問題ないだろう? 君は七大天使の席に興味がないはず」
「え? そうなの? 輝星ちゃんと一緒?」
「……そうね。だって私たちは私七大天使にならなくても首の元に帰れるもの」
愛歌が平然と答える。羽衣はキョトンとして「どうして?」と問いかけた。
「レオ。君もなんとなく思い出してきたんじゃないかい? 大天使サンダルフォンとメタトロン。この二人の天使が特別である理由を」
「……!」
レオが何かに気が付いたように目を見開いた。
「人間上りの天使……」
「人間上り?」
「そうよ。私と芽児は元人間の天使。首に気に入られ、生きたまま天界に上げられた人間。つまるところ、首のお気に入りなのよ」
「聖人エリヤとエノクを神が自分の元に置くために天界に上げ、作り出した天使。七大天使争奪戦争が終わり、七大天使になれなかったとしても、この二人が死なないことは定められている」
「首の御心のままに。いいわ。芽児に会わせてくれるのなら、手助けでもなんでもしてあげる」
「そ、そんなあっさり……」
レオが驚愕の声を上げた。ずっと黙っていたグレイシスが口を開く。
「ハニー……仲間を増やしすぎるのは危険だと……」
「神の代理人、大天使メタトロンの妹、神の兄弟、大天使サンダルフォンが味方になって、これほど心強いことはないだろう?」
「愛歌ちゃんってそんなに強いんだ!」
「羽衣はメタトロンのことを知らないとでも言うの?」
「羽衣、天使の頃の記憶がないの!」
「ちょ⁉ 羽衣‼ そんなに軽々しく口にするもんじゃ———」
「羽衣って面白い天使ね」
愛歌が楽しそうに笑う。羽衣は「そう?」と首を傾げたが、楽しそうな愛歌を見て笑顔を浮かべた。
「今日の放課後、メタトロンに会わせてあげるよ。僕が呼べば、メタトロンは絶対に現れるよ」
「あなたはどうして芽児とそんなに近い場所にいるの?」
愛歌が綺心に問うと、綺心は不敵な笑みを浮かべて言った。
「僕は大天使ハニエル。聖人エノクを天界に上げた天使の一人だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます