第18話 赤髪の天使
巨大な手が羽衣に届く。そう思われたその時、巨大な悪魔の背後に一人の天使が現れた。
気が付いた羽衣が息を呑む。その天使は、赤い髪を高い位置で二つにくくった、鋭い赤色の瞳を持つ少女だった。黒いノースリーブのインナーに、赤いミニのフリルスカート。肘の上まである、黒いレースの手袋に、手袋と同じようなレースのハイソックスを身に着け、黒い指だし手袋と赤い編み上げブーツ、そして、首元に長い赤色の首巻を巻いていた。
その天使は羽衣に手を伸ばしている悪魔の背後に現れると、手元に大きな赤い針のようなものを出現させ、その矛先を悪魔の背中に向けた。
「
天使が悪魔に針を突き立てる。その針は悪魔の巨体に対して小さく、刺さったところで大した傷になりそうになかったが、その針を突き立てられた瞬間、悪魔は叫び声を上げ、羽衣に手を伸ばすのを止めて身をよじって苦しみ出した。
「アアアアアア‼」
天使が悪魔の背中を蹴り、突き立てた針を残したまま飛び上がる。悪魔はもがき苦しみ、手をがむしゃらに振り乱すが、徐々にその力が抜けていき、ついに、悪魔はその巨体を支えられず、後ろ向きに倒れた。
バリンと大きな音がして、光が差し込む。その光は倒れた悪魔の姿を照らし出し、悪魔の顔が見えると、悪魔は口から黒い血のようなものを吐き出して息絶えていた。天井から光が差し込み、その光に照らされた悪魔の身体が黒い靄になって消えていく。
「羽衣……」
なんとか立ち上がった綺心が、突っ立っている羽衣に声をかける。羽衣が振り返り、綺心の顔を見て笑ったかと思うと、そのまま崩れ落ちた。
「⁈」
綺心が慌てて羽衣を支えると、羽衣は「えへへ……」と力なく笑った。羽衣は身体中傷だらけで、その傷から黒い靄が噴き出している。羽衣を支える綺心も同様に、悪魔から負った傷から靄が溢れていた。
「羽衣たち……生きてるねぇ……」
「……そうだね」
綺心が苦笑する。悪魔の結界が崩れ落ち、あたりの景色が近所の公園へと戻った。綺心が羽衣の身体を支えきれず、そのまま二人で崩れ落ちそうになったところを、人型のグレイシスが抱き留め、二人を地面に寝かせる。
「羽衣さん‼ 綺心さん‼」
レオとマーシーを抱いた恵慈が二人に駆け寄って来た。恵慈も二人と同様に、負った傷から靄が溢れている。恵慈の腕に抱かれるレオとマーシーもボロボロだが、目を覚ましていた。レオが「羽衣~……‼」と心配そうに羽衣を見つめている。
「すぐに治癒を……‼」
恵慈が座り込み、二人の手を握ろうとする。ふと、羽衣はボロボロの三人を見つめている天使がすぐそこにいることに気が付いた。
「……上級悪魔ベリアル討伐の功績は、私がもらう」
赤髪の天使がそう言い、綺心も天使に気が付いた。よく見れば、赤髪の天使の後ろに黒いローブで姿を隠しているエンジェリックがいる。
「あなたは……?」
「答える義理はない」
羽衣の問いかけに冷たく答え、赤髪の天使は軽蔑するような目を羽衣たちに向けた。
「あなたたちこそどういう関係? 天使同士で協力しているの?」
「お前は誰だ‼ トドメだけ刺して手柄を横取りなんて卑怯だぞ‼」
レオが天使に牙を剥く。赤髪の天使はボロボロのレオを一瞥し「別に」と言った。
「卑怯でけっこう。あのままならあなた達、死んでいただろうし」
「な、なんだと‼」
「天使が協力なんてあり得ない。馬鹿げてる」
「助けてくれてありがとう!」
羽衣が放った一言に、赤髪の天使が目を見開いた。レオも戸惑い「う、羽衣……‼」と声を上げる。
「あなたがいなかったら本当に羽衣たち死んでた! ありがとう!」
「……まあ、その通りかな。ありがとう」
綺心も苦笑し、グレイシスが「ハニー……⁈」と驚愕の声を上げる。礼を言われた赤髪の天使はレオとグレイシスが以上に驚いている様子で「あ、ありえない」と呟いた。
「天使に感謝されるなんて……あなた達、変だよ」
そして、赤髪の天使は羽衣たちに背を向けた。
「今日は見逃してあげる。次会ったら、敵だから」
赤髪の天使が飛び去っていき、ローブを被ったエンジェリックもそれに続く。恵慈はただ茫然とやりとりを見ていたが、我に返り、羽衣たちの治癒を始めようとした。
「みんな満身創痍だネ?」
「ひゃああ⁈」
唐突に後ろから聞こえた声に恵慈が情けない声を上げる。恵慈の後ろに、ルックを抱いた輝星が立っていた。
「輝星ちゃん!」
「チャミエル……どこにいたんだい?」
「私は悪魔の結界の中に入ってないヨ? ずっとここにいたヨ」
「君がいれば、こんなにボロボロにはならなかったし、君は全部わかっていたはずだ」
「まあネ? 全部わかってたから、君たちが死なないことも知ってたヨ」
唐突に輝星の後ろから淡い緑色に光る数羽の鳩が現れ、恵慈が悲鳴を上げる。
「
その鳩はボロボロの羽衣たちの頭上で旋回すると、鳩から漏れる光が羽衣たちに降り注ぎ、羽衣たちの傷がみるみるうちに消えていった。
「知っているから、干渉しないこともあるんだヨ。変えない方がいい未来もあるのネ」
「すごい! 輝星ちゃん! ありがとう! あっという間に元気になったよ!」
羽衣が起き上がり、身軽になった身体で「ありがとー!」と輝星に抱き着く。輝星は羽衣に抱きしめられながら、いぶかし気に自分を見つめている綺心に不敵な笑みを浮かべた。
「出会いは必然。これからのために必要なものなのだヨ」
「……いまはその言葉を信じることにするよ」
綺心は小さくため息をつき、苦笑した。
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