第15話 上級悪魔の結界

 その日の夜、羽衣はレオを連れて、みんなとの待ち合わせ場所である近所の公園に立っていた。レオを腕に抱いた羽衣は、天使の姿に変わっている。レオはとても不服そうだった。


「羽衣……本当に天使同士で共闘なんて、上手くいくと思ってるのか?」


「どうして? みんないい子だよ?」


「だから、友達とは違うんだって何回……今日だって、みんなで悪魔退治~なんて、こんなこと他の天使が知ったら恰好の餌なんだぞ」


「羽衣、まだ他の天使に会ったことないなぁ」


「羽衣……」


「やあ。早いね」


 羽衣とレオの前に降り立ったのは、天使の姿をした綺心だった。微笑む綺心の後ろで、グレイシスが不満げな顔をして飛んでいる。


「えへへ。夜に内緒でお友達と集まるって、なんだかワクワクしちゃって!」


「本当に緊張感の無い子ね。これからやるのは悪魔退治なのよ」


「まぁ、いいじゃないか、グレイシス。僕だって少しワクワクしているよ」


 グレイシスが「フン」とそっぽを向く。レオが羽衣に抱かれたまま「嫌な奴ー」と嫌味を言った。


「お、おおお、お待たせしました‼」


 聞こえてきた声に羽衣と綺心が公園の入り口を見ると、天使の姿をした恵慈が立っていた。後ろで、翼を生やしたマーシーが大きなあくびをしている。羽衣が「恵慈ちゃーん!」と手を振ると、恵慈は慌てた様子で駆け寄って来た。


「す、すみません! わ、私が一番遅いなんて……‼」


 いまにも泣き出しそうにしている恵慈は、背中に翼を持ち、袖とスカート部分がふんわりと膨らんだ、薄紫色の長袖ワンピースを身に着けていた。白いフリルエプロンを上から身に着け、紫色のリボンを襟もとで結んでいる。


「気にしないよ。チャミエルもまだ来ていないし」


「おや? 私は一番最初についていたのダヨ?」


 聞こえた声に三人が振り返ると、いつの間にかに輝星が公園のベンチの上に座ってこちらを見ていた。膝の上に、翼を生やしたルックが座っている。


「輝星ちゃん! 最初からいたの?」


「羽衣はまったく気が付かなかったけれどネ」


 輝星がピョンッと立ち上がり、ルックが輝星の周りを飛び始める。輝星は羽衣たちの元へと駆けてくると、満面の笑顔を浮かべた。


「さて! 全員そろったわけだし、悪魔退治すル?」


「うん! でも、どこにいったら会えるのかな?」


「問題ないよ。夜になれば悪魔はどこにでも現れる。向こうから来てくれるさ。ほら」


 綺心が指さした方を見ると、公園の木の影に、小さな悪魔の姿が見えた。恵慈が小さな悲鳴を上げる。


「わ、わわわ、私……‼ 本当に戦えないのですけど……‼」


「大丈夫だよ! 羽衣たちがなんとかしてあげる!」


「あ、ありがとうございます……‼」


 その時、羽衣たちに気が付かれたことを悟ったのか、悪魔が走って逃げだした。


「あ! 逃げた!」


 羽衣が思わず悪魔を追いかける。


「⁈ 羽衣‼ 待つんだ‼」


 何かに気が付いた綺心が羽衣に向かって叫んだが、羽衣が悪魔を追って公園から一歩踏み出したその時、あたりの景色が唐突に変わった。


「あれ?」


 羽衣が立ち止まる。羽衣に抱かれているレオはただ茫然としていたが、我に返った。


「羽衣ー‼ またお前はー‼」


「え、ええ⁈ 羽衣、なにかした⁈」


「……まあ、羽衣が悪いとは一概には言えないかな」


 聞こえた声に羽衣が振り返ったが、さきほどまで公園だったはずのその場所は、真っ暗な場所へと変わっていて、綺心の声は聞こえるが、姿がまったく見えない。あまりにも暗すぎて、自分の姿すら認識できないほどだ。


「どうやら、僕たちの待ち合わせ場所は悪魔の結界の入り口だったらしい」


「結界?」


「そんな⁈」


 酷く怯えた恵慈の声だけが聞こえてくる。


「け、けけ、結界って‼ そ、それは上級悪魔じゃないですか⁈」


「その通り。まさか、こんなに近場に上級悪魔の結界があるなんて」


「ま、待って、待って‼ 羽衣、なんにもわからないよ⁈」


「ああ。そうだった。羽衣。上級悪魔はね、結界を作り出して、獲物をそこにおびき寄せるんだ」


「へぇ……」


「ヘぇ……じゃないです‼ 大変ですよ‼ わ、わわ、私たち、上級悪魔なんかに出会ってしまったら、一網打尽です‼」


「その通りだ‼ 羽衣‼」


 レオが羽衣の腕から飛び出すが、その姿は全く見えない。


「レオ~、暗すぎてどこにいるかわからないよ~」


「早く逃げないと、殺されるぞ‼」


「逃げるってどこに逃げるのかしら? 悪魔の結界に逃げ道なんてあると思っているの?」


「そ~だよ~。ないよ~」


「グレイシス‼ マーシー‼ なんでお前たち、そんなに落ち着いているんだよ‼」


「こうなってしまえば、どうしようもないからよ」


 グレイシスがそう言った瞬間、羽衣たちの目の前に、大きな赤い目が二つ、爛々と光り輝いた。恵慈が甲高い悲鳴を上げる。


「わあ‼ おっきい‼」


「わあ、じゃない‼ 羽衣‼」


「で、でも‼ なにも見えないんだもん‼」


「炎を使え‼ 炎を‼」


 レオの姿が獅子に変わり、桃色の炎のタテガミが少しだけあたりを照らす。羽衣も慌てて手から桃色の炎を出し、あたりを照らした。照らしても、レオの姿しか見えない。


「み、見えない……綺心ちゃーん! どこー!」


「こっちだ! 羽衣!」


「どこ⁈」


 羽衣があたりを見回すが、綺心たちの姿は見えない。すると、突然、あたりに赤く光る眼が大量に現れた。


「いっぱいいる⁈」


「な、なんだ、この悪魔! こ、攻撃してくるわけじゃないのか……?」


「レ、レオ~……! 離れないでぇ~! 暗い~!」


「わかってる!」


 レオは身構えながら羽衣に寄り添う。赤い目はじっと羽衣を見つめるだけで、動きを見せようとはしなかった。


「み、みんな……?」


「こちらです!」


「恵慈ちゃん⁈ どこ⁈」


「ここにいるヨ‼」


「輝星ちゃん⁈」


「……なんか、おかしいぞ……なんで至る所から声が聞こえる……?」


「綺心ちゃん‼」


 レオのタテガミのおかげでぼんやりと見える羽衣の視界に、綺心が現れた。綺心が羽衣の手を取る。


「こっちだ、アリエル。ここは危ない」


 綺心が羽衣の手を取り、走り出そうとする。だが、羽衣は動かなかった。


「どうしたんだい?」


「綺心ちゃんは、羽衣のことアリエルって呼ばない」


 そう言うと、羽衣は綺心の手を振り払い、綺心に向かって炎を放った。炎に襲われた綺心が甲高い悲鳴を上げ、その姿が徐々に膨らみ、大きくなっていく。


「羽衣‼」


 レオが羽衣の前に立ちふさがり、羽衣を守ろうとする。羽衣の前で山のように大きくなったそれは、赤く光る目で羽衣を睨みつけていた。羽衣が思わず後退り、レオが唸り声を上げる。


「……みんなを、どこにやったの」


 羽衣が赤い目を睨むと、赤い目がニィッと笑った。羽衣が拳を握りしめる。


「羽衣の友達をどこにやったの」

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