第8話 神を見る者

 輝星が羽衣に抱き着いたまま振り返り、綺心を見て「ハニエル!」と笑う。


 綺心は嬉しそうな輝星に冷たい目を向け、ゆっくり歩いて来ると、輝星と羽衣を引き剥がした。キョトンとしている羽衣を抱き寄せ、綺心は輝星を睨みつける。


「わざわざ羽衣に近づいて、いったいどういうつもりだい?」


「綺心ちゃん……?」


「そんなに怖い顔しないでヨ! 私は羽衣と仲良しになりたいだけなのダ!」


「いまのいままで、ずっと僕たちの正体を知りながら、なにごとにも干渉せず、ただじっと見ているだけだった君が、いまさら動き出したことに疑問を抱くのは不思議なことじゃないだろう」


「き、綺心ちゃん、どうしたの……?」


 輝星に対して敵意を剥き出しにする綺心に抱かれながら、羽衣は困惑している。ルックに抱き着かれていたレオは、綺心とともに戻って来たグレイシスに救い出されていた。


「……彼女は大天使チャミエル。『神を見る者』の異名通り、すべての物事を見る天使。過去も、未来も、現在さえもすべてを見透かすチャミエルは、いままで七大天使争奪戦争にも加担せず、成り行きを見守るだけだった」


「私のことをそんなに怖く言わないでくれたまえヨ! 私は未先輝星! この学校の占い師であり、恋のキューピット、なのダ!」


 輝星がピースを作ってポーズをきめ、羽衣はポカンとその様子を見つめる。輝星の隣で、ルックも同じようなポーズをきめていた。


「けれど、それは仮の姿だからネ! 私は天使チャミエルとして、君たちの共闘関係の仲間に入れて欲しいんだヨ」


「七大天使争奪戦争に加担する気になったのかい? 不思議だな。その理由を教えて欲しいんだけど」


「羽衣~! ハニエルがいじめる~!」


 輝星が羽衣に飛びつき、羽衣が「おわわ」と言いながら輝星を受け止める。綺心は怪訝そうに眉をひそめて「離れてくれないか」と冷たく言った。


「私は羽衣とハニエルの友達になりたいだけなのダ~……」


「え、えっと……綺心ちゃん、ダメかなぁ? 羽衣は輝星ちゃんと仲良くなりたいよ?」


「……理由を話してもらわなければ、了承できない」


「友達になるのに、理由が必要なのカナ? ね、羽衣?」


「そうだねぇ。お友達になるのに理由は必要ないねぇ」


「羽衣……」


 綺心がため息をつく。レオはハラハラとその様子を眺めており、グレイシスは綺心と同じようにため息をついた。


「羽衣がいいのならかまわないけれど……いいかい? 七大天使の席は残り三席なんだよ」


「その点は問題ないのダヨ!」


 輝星がパッと羽衣から離れ、ニコッと笑う。


「私は七大天使の席を狙ってはいないからネ!」


「は? そ、それじゃ、なんで共闘なんて……」


 レオが思わず声を上げ、輝星がレオを見る。輝星の大きな瞳に見つめられ、レオがビクリと肩を震わせた。輝星が笑顔を浮かべる。


「私は君たちと一緒にいることで、この先起こる出来事を間近で見てみたいと思っているだけ」


「……じゃ、じゃあ、理由は……」


「面白そうだから!」


 満面の笑顔で言った輝星に、綺心と羽衣が目を瞬かせる。輝星は楽しそうに「ふふん」と笑うと、羽衣に近づいて来た。


「よろしくネ! 羽衣! 特別な天使!」


「う、うん! よろしくね、輝星ちゃん」


 羽衣も嬉しそうに笑う。その時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、輝星の勢いに押されて唖然としていた綺心が我に返った。


「二人とも、教室に戻ろう。先生に怒られる」


「あ、羽衣! 今日、一緒に帰ろ!」


「え? あ、うん! いいよ!」


「じゃあ、放課後に図書準備室に来てネ!」


 輝星は「バイバーイ!」と手を振って足早に去っていき、残された羽衣と綺心はお互いに目を見合わせた。


「えっと……綺心ちゃんも一緒に帰るよね?」


「……いや。僕はちょっと用事があるから、先に帰っていて」


「う、うん……綺心ちゃん、怒ってる?」


 羽衣が綺心の顔色を伺うように問いかけ、綺心が一瞬キョトンとした表情を浮かべ、ふっと笑った。


「僕が? どうして?」


「え、えっと……」


「怒ってないよ、羽衣。ただ、心配してるだけ」


 綺心が羽衣の頭をポンポンと撫でた。


「戻ろう。また先生に怒られるよ」


 綺心が歩き出す。綺心の後を追いかけて歩き出した羽衣は、輝星に対して敵意を剥き出しにした綺心の様子を疑問に思いながらも、何も言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る