第7話 大天使チャミエル

 昼休み、羽衣と綺心は中庭の木の下のベンチに座り、綺心が持ち寄った弁当を食べていた。美味しそうに弁当のおかずを食べる羽衣を、綺心は隣で微笑ましく眺めている。


 昨日、あれほど嫌がっていたレオも、弁当を少し分けてもらい、その美味しさにがっついていた。それが気に入らないのか、グレイシスは綺心の後ろでそっぽを向き、お茶をすすっている。


「さて。この中学校には僕以外にもたくさんの天使がいる」


「ええええ⁈」


 綺心の言葉に驚きの声を上げたのは、またしてもレオだった。


「う、嘘だ‼ 僕は全然……」


「気が付いてないのかい?」


「これだからポンコツと呼ばれるのよ。ハニーを困らせないで頂戴。ばーか」


「なんだと⁈」


 口を挟んだグレイシスにレオが牙を剥く。グレイシスはレオと目を合わせようとせず、そっぽを向いたままだ。綺心が「まあ、まあ」とレオをなだめる。


「この中学に天使が多くいるのは確かだよ、レオ。どういう因果か、この街は天使が集まっているらしい」


「そ、そんなにいっぱい天使が……⁈」


「レオ~……気が付かなかったの?」


 羽衣にジトッとした目線を送られ、レオが「うぐ……」と唸り声を上げる。


「ちなみに、この学校の生徒会メンバー四人は、四大天使だよ」


「ええええ⁈」


 今度もまた、レオが声を上げた。羽衣は「そうなの?」とキョトンとした表情を浮かべる。


「よ、よよよ、四大天使⁈」


「逆にどうやったら気が付かないでいられるのかしら。一目見たらわかるでしょうに」


「レオ……君は鈍感というか、抜けているというか……そういうところは羽衣にそっくりだな」


「全然、嬉しくない‼」


 レオが頭を抱えて唸り声を上げる。羽衣はたいして気にしていない様子で「すごいねぇ」と言いながら卵焼きを口に運んだ。


 その時、綺心は中庭の出入り口に、数人の女子生徒が集まってきていることに気が付いた。女子生徒たちはチラチラとこちらを見ており、綺心に気が付いてもらうのを待っているようだった。


「ん? どうしたんだろう」


 羽衣も気が付いて不思議そうに首を傾げる。集まってきている女子生徒は、上履きの色から一つ下の学年だとわかる。


「……僕のお客さんかな。ちょっと待っていて」


 綺心が立ち上がり、女子生徒たちの方へと向かう。女子生徒たちが黄色い声を上げ、グレイシスも綺心についていった。羽衣はしばらく綺心たちの様子を見ていたが、綺心は女子生徒たちの元にいくと、女子生徒を連れてどこかへと去っていった。


「……綺心ちゃん、人気者だねぇ」


「たしかに大天使ハニエルは天使の中でも美しい天使だけど……なんで女子ばっかりなんだ?」


「綺心ちゃん、可愛いけど王子様みたいだから」


「よくわからん……」


 羽衣は綺心が残していった弁当を食べ終えると「お腹いっぱい!」と嬉しそうな声を上げた。そして、ふと、綺心たちが去っていった中庭の出入り口に、女子生徒が一人だけ立っていることに気が付いた。


「あれ? 一人残ってる」


 その女子生徒は、身長の低い、一つ下の学年の生徒だった。若葉色の髪を二つくくりにして編み込み、その髪を輪っか状にして結んでいるその女子生徒は、髪と同じ色をした大きな瞳で羽衣のことをじっと見つめている。


 羽衣は不思議そうに首を傾げ、女子生徒を見ていた。すると、女子生徒は唐突に走り出し、こちらに向かって来た。羽衣が驚き、身構える。


 走って来た女子生徒は羽衣の目の前で止まると、羽衣の両手をガシッと掴んだ。


「この出会いは運命なのダ!」


 女子生徒は大きな目をキラキラと輝かせながら、羽衣のことを真っすぐ見つめてそう言い放ち、羽衣はその言葉に目を見開いて「え?」と呟いた。


「ええっと……あなたはいったい……」


未先みさき輝星きらん! 一年生! あなたとの出会いが運命だと確信した、預言者なのダ!」


 輝星と名乗った少女は嬉しそうに笑い、羽衣の手を引いて立ち上がらせると、困惑する羽衣の手を握ったまま、中庭でクルクルと回り始めた。


「獅子野羽衣! この出会いは必然! この先に起こる出来事は、キラキラと光り輝いているのでアル! これは首の導き! 天使として喜ばしいことなのデス!」


「ん? 天使?」


「おまえ、いま天使って言ったか⁈」


 レオが慌てて二人の元に飛んできて、輝星は飛んで来たレオを見ると、ニコッと笑った。


「うん! 私は大天使チャミエルだヨ!」


「な、なな、なんだってぇ⁈」


 レオが信じられないというように声を上げる。その時、輝星のもとに何かが飛んで来た。


「チャミュ~!」


 飛んで来たのは、レオとおなじようなぬいぐるみだった。黄緑色の毛皮と丸い形の耳、長い尻尾を持つ、小さな豹のような姿をしたそれは、つぶらな瞳で輝星を見つめ「チャミュ~」と輝星に抱き着く。頭の上にピョンと飛び出した毛を緑色のリボンでとめた姿が可愛らしい。


「どうしたのカナ? ルック」


「ルック⁉」


「あれれ? レオだ~」


 ルックがレオに気が付き、レオに抱き着いてきた。レオが小さく悲鳴を上げる。


「レオ~。久しぶり~! ようやくアリエルを見つけたんだね~!」


「わー‼ やめろ‼ 離せ‼ ていうか、いつから気が付いていたんだー⁈」


「最初から、なのダ!」


 そう言うと、輝星は羽衣に抱き着いた。羽衣が「わあ!」と声を上げる。


「おめでとう! アリエル! ようやく覚醒したんだネ!」


「え、えっと……輝星ちゃんは羽衣が天使だってこと、わかってたんだね?」


「もちろん! いつになったら覚醒するのかと、待ちわびていたのダヨ!」


「ど、どうして? 羽衣のことを待ってたの?」


「私の瞳は未来を見る瞳! これから先、起こることは全部面白いの! だからね、アリエル! 私のことも仲間にいれて?」


「え、えっと、羽衣は別にいいんだけど……とりあえず、アリエルじゃなく、羽衣って呼んで?」


「うん! 羽衣! これからよろしくネ!」


「いったいどういう魂胆だい? チャミエル」


 その時、いつの間に戻って来ていたのか、輝星の後ろに綺心が現れた。

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