第6話 お友達
「アリエルはともかく、エンジェリックである君はとっくに気が付いているものだと思っていたよ。まあ、連日学校の周りをフラフラしながらアリエルと接触しないのはなぜだろうとは思っていたけれど、アリエルの存在にも気が付いてなかったのかい?」
「あれ? 綺心ちゃんは私が天使だってわかってたの?」
「随分前からね。いつ覚醒するんだろうって思ってたよ」
「そういうことよ、レオ。この小娘が天使だってことに気が付いていないのは、あなたぐらいなのよ、ば~か‼」
「な、なんだとぉ⁈」
レオとグレイシスがにらみ合いを始めた。
「なあに? 昔からポンコツで仕事の出来ないあなたが、優秀で美しい大天使ハニエルのエンジェリックであり、ハニーに似て優秀なこの私に口答えするわけぇ?」
「う、ううう、うるさいぞ‼」
「事実でしょう? その証拠に、大天使の中で一番覚醒が遅かったのはアリエルなのよ‼」
「う、うぐぐ……‼」
「言い返したいのなら、仕事がちゃんとできるようになってからにしなさい‼」
「うがー‼」
「こら、二人ともやめないか!」
取っ組み合いを始めようとした二人を綺心が止め、グレイシスは「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向くと、綺心の後ろに隠れた。
「それで? なんでお前たちは俺たちに接触して来たんだ?」
「口の利き方に気を付けなさい‼」
「グレイシス。いいから」
声を上げたグレイシスを綺心がたしなめる。グレイシスは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「……まさか‼ お前たち決闘を仕掛けようとしてるんじゃないだろうな⁉」
「決闘?」
「羽衣‼ そいつから離れろ‼ いまは不利だ‼」
「え、ええ? なんの話?」
「落ち着いてくれ。そんなつもりは毛頭ないよ。……というか、アリエル。君は決闘について知らないなんて言わないよね?」
「えっと……それって知っていないとおかしいの……?」
綺心が信じられないというように目を見開き、レオを見る。レオはお手上げというように両手を上げ、首を横に振った。
「羽衣は天使だった頃の記憶がないんだ」
「へぇ……覚醒が遅く、人間として生きた時間が長かったからかな? ということは、七大天使争奪戦争のことも知らないのかい?」
「あ! それは知ってるよ! レオに教えてもらった!」
「ああ、そう……君は無邪気だな」
綺心が苦笑し、羽衣の頭を撫でた。羽衣が嬉しそうに笑う。
「七大天使争奪戦争は、七大天使の称号をかけた天使たちの戦い。その戦いは数世紀にも亘っているけれど、七大天使はまだ決まっていない」
「え⁈ そんなに長く続いてるの⁈ 私、まだ生まれてもない……」
「いや。アリエルはずっとこの世界に存在していたよ。エンジェリックに出会うまで、転生を繰り返し、何度も生まれ変わっている。僕はだいぶ早くにグレイシスが見つけてくれたから、生まれ変わりながら数世紀に亘って一緒にいることになるね」
「あなたとは違うのよ、レオ!」
口を挟んだグレイシスをレオが睨みつける。綺心は一度咳払いしてから話を続けた。
「とまあ、数世紀にも及び、七大天使が決まらない要因は、四大天使という圧倒的な力を持つ天使が君臨していることで、神が七大天使の残りの三席をなかなか決めようとしないということにある」
「神様が、決めてくれないの?」
「そうだね。四大天使以外に目立った功績を上げる天使がいないんだ。そして、いま生き残っている多くの天使は、決闘を恐れて功績を上げようとしない」
「その……決闘ってなに?」
「天使の決闘。神の名のもとに行われる、天使同士の生死をかけた、一対一の神聖な戦いさ。勝てば強い天使として神にその実力を認められるが、負ければ神に見放され、天使は消滅する」
「え……?」
綺心の言葉に羽衣が目を見開く。綺心は険しい表情を浮かべていた。
「七大天使争奪戦争とはそういうものさ。そして、神の元に行けない天使もまた、必要がないと、神に見放される」
「見放されたら?」
「……天使の存在意義は神だ。神に見放されれば、消えるしかない。七大天使が決まってしまえば、七大天使になれなかった天使は消えてしまうだろうね」
「その大切な説明を‼ しようとしたのに羽衣が寝たんだ‼ 生死にかかわる重要なことなんだぞ‼」
「ご、ごめん……‼」
レオの泣き出しそうな形相に、羽衣が慌てて謝る。レオは「もう‼」と頬を膨らませ、羽衣をポカポカと殴った。
「さて、アリエル。僕の本題はここからだよ」
「え?」
「僕が君に接触した理由。それは、七大天使争奪戦争に関わることだ」
羽衣が頭上の綺心の美しい顔を見る。綺心の瞳はまっすぐ羽衣を捉えていた。
「七大天使の席が三席となっている今、七大天使になる方法はいろいろあるけれど、もっともリスクが少なく、確実なのは、悪魔を倒して四大天使に認められること」
「四大天使? 神様じゃなくて?」
「神に存在を認知してもらうために、四大天使に力を認めてもらう必要があるんだ。もちろん、神にもっとも早く認知してもらうなら、四大天使に決闘をしかけて、倒すのが一番手っ取り早いけれど、そんなこと出来るわけがない」
「四大天使って強いんだね……」
「僕たちが出来ることは、悪魔を倒して功績を上げることぐらい。でも、残念なことに、僕は元々戦闘向きの天使じゃない」
「え? そうなの?」
羽衣が信じられないというように言う。先ほど、綺心は悪魔たちを一掃してくれた。弱いとは思えない。
「僕の力は敵の弱点を見抜くことが出来るほか、グレイシスや僕と繋がった者との五感共有ができる。サポートに適した能力なんだよ」
「……そう……なの……?」
「下級悪魔ぐらいならどうにかなるけれど、上級悪魔ともなれば手も足も出ないのが僕の能力だよ。君が持つ獅子の炎にはまったく及ばない。だからね、君に提案があるんだ」
「提案?」
「七大天使の席はあと三席。上級悪魔を一人で討伐するのは危険が伴う」
綺心が不敵な笑みを浮かべた。
「僕と共闘しないかい? 大天使アリエル」
羽衣がキョトンとして綺心を見つめる。綺心の後ろに隠れているグレイシスは、どこか不機嫌そうだった。
「ダメだ‼」
そう叫んだのはレオだった。
「絶対にダメだ‼ 羽衣‼ 天使同士で共闘なんて馬鹿げてる‼ 首は天使に戦うことを命じたんだぞ‼ それに、七大天使の席が残り一つになったら⁈ そいつは裏切るに決まってる‼」
「なんてこというの⁈ このポンコツ‼ ハニーを侮辱するなんて許さなくってよ‼」
綺心の後ろから飛び出し、レオに向かって行こうとしたグレイシスを、綺心が両手で掴んで止めた。レオは羽衣のもとに飛んでくると、羽衣の手を引っ張って「帰るぞ‼ 羽衣‼」と羽衣を立ち上がらせようとする。
「大天使ハニエルが協力しようって申し出てくれているのよ⁈ そんなに光栄なことはないんだから‼ それを無下にしようなんて、とんだ侮辱よ‼ ハニー‼ やっぱり、こんな奴らと手を組む必要なんてないわ‼」
「黙らないか、グレイシス」
そう言い放った綺心の声は氷のように冷たく、あたりは凍り付いたように一瞬でシンと静まり返った。レオはポカンとして綺心を見つめており、グレイシスは何か言い返そうとしてなにも言えず、綺心から目を逸らすと、綺心の手を逃れて後ろに戻った。
「アリエル。君が決めてくれ。僕の提案は君にとっても悪い話ではないだろう?」
「……」
羽衣はしばらく黙って考え込んだ。そして、起き上がって綺心の目をじっと見つめ、ニコッと笑った。
「いいよ!」
羽衣の返答に、今度は綺心がキョトンとした表情を浮かべた。羽衣は困惑している綺心をよそに、綺心の手を握って笑う。
「じゃあ、綺心ちゃんと私はお友達だね!」
「……え、ええっと……そう……かな……?」
「そうだよ!」
「羽衣‼」
レオが悲鳴に近い声を上げ、綺心と羽衣の間に割って入る。
「羽衣‼ そんな簡単な話じゃないんだぞ‼」
「どうして? お友達の頼みは叶えてあげるものだよ?」
「お友達じゃない‼ 相手は天使だ‼ 敵になるかもしれないんだぞ‼」
「ならないよ。だって、もう、お友達だもん」
困惑している綺心に向かって、羽衣は「ね?」と笑いかける。綺心はしばらくポカンとしていたが、満面の笑みを浮かべる羽衣を見て苦笑した。
「そうだね。裏切らないよ、アリエル。約束する」
「アリエルじゃなくて羽衣!」
「あ、ああ……羽衣」
「これからよろしくね!」
羽衣に押されながら綺心が「よろしく……?」と手を握り返す。レオは諦めた様子で大きなため息をつき、グレイシスは綺心の後ろでずっと不機嫌そうだった。
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