第3話 女王の怒り
「婚約破棄!?どういうことです!?」
王宮に戻ってきて早々、女王は王太子ロランからの報告を聞いて耳を疑った。
「エステルは王太子である私に対して常に不遜な態度を取っていましたし、嫉妬からセシルに酷い嫌がらせを繰り返していたのです」
「証拠は?」
「それは・・・あの女は巧妙なので物的証拠は残しませんでしたが、男爵令嬢であるセシルが被害を証言しています。他にも証言してくれる生徒はいるでしょう」
「そう・・・」
女王は凍てつくような冷たい視線を王太子に向けた。
(このバカ息子・・・。何のためにわざわざエステルを婚約者にしたと思っているのかしら?)
女王は頭を抱えたくなったが
(でも、状況を正確に把握するまでは動かない方がいい)
と判断した。
「分かったわ。今度その男爵令嬢を連れていらっしゃい。お母さまもお会いになりたいと思うでしょうから」
「お、おばあさままで・・・?し、しかし、セシルは非常に内気で気が弱く・・・繊細な女性なのです!いきなり女王や王太后と面会なんて無理です!」
「繊細な女性は婚約者のいる男性を奪ったりしないわよ」
「いや、それは全て僕が悪いのです。彼女を惹きつけてしまった僕のせいです。彼女は悪くありません!責めるなら僕の魅力を責めて下さい!」
(・・・どこまでバカなの!?はぁっ、我が息子ながら情けない)
「とりあえず、エステルの身柄は私が預かります。彼女はどこにいるの?」
「それが・・・・」
公爵家からも勘当されたエステルの消息は、隣国に行った後分からないということだった。
「なんですって?!」
そもそも国外追放は王太子が勝手に言ったことで正式に宣告された訳ではない。書類上の手続きもなく勝手に勘当して公爵令嬢を国外に捨てたリオンヌ公爵家にも腹が立った。
(なんでこんなバカばっかり・・・・)
せっかく温泉で癒されたのに、女王は新たな頭痛に悩まされることになったのだった。
***
数日後、男爵令嬢セシルとのお茶会が行われた。
セシルはひたすらエステルを非難し、自分がいかに可哀想かを主張する。
腑抜けた顔でそれに同調するロランを見ながら女王と王太后は
((バカがバカを選んだ))
と虚無感にとらわれていた。
「それで学業成績の方はどうなのかしら?」
冷徹な表情を崩さない女王の質問に、セシルは愛らしくパチパチと長い睫毛を瞬かせながら答えた。
「・・・え、えと。勉強ができる女性は可愛げがないってロランが言ってくれたんです~。だからあまり勉強はしませんでした。えへ?」
「そうだな。俺より勉強ができる女などムカつくだけだ。偉そうに指図しやがって。頭のいい女は幸せにはなれない」
「「へぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ?」」
女王と王太后の眉間に深い皺ができたことに若い二人は気がつかない。
「もちろん、母上は特別ですよ。『俺を産む』というたぐいまれな幸運を背負った母上は幸せに決まっています。頭が良いのに幸せになれるという珍しい事例ですよ」
はっはっはと笑う自分の息子を見ながら、女王は顔が絶望に歪むのを我慢できなかった。
(・・・夫は穏やかで控えめでとても賢い人だった。どうしてこんな息子になってしまったのか?・・・私?私のせい!?)
内心パニックになった女王は早々にお茶会を切り上げた。
エステルを探して贖罪すると同時に、勝手なことをしたロランやセシルへの処罰を考えなくてはならない。
ロランは辺境の地で十年くらい兵役をさせよう。軍の一番下の一兵卒として手加減なしで鍛え直してもらえば多少ましにはなるだろう。
セシルは戒律の厳しい修道院に入れよう。家庭教師をつけて徹底的に甘えた根性を叩き直す必要がある。そこで反省して努力することを覚えれば、更正の道があるかもしれない。
問題は廃太子にしたくても代わりに後継ぎとなる息子がいないということなのだ。ロランはそれを見越して増長しているようにも思えた。
エステルはもうこんなバカ息子と結婚したいとは思わないだろう。
もし、このバカップルが未来の国王と王妃になるのなら、それにふさわしい人間になるように教育しなくてはならない。
それは女王にとってどんな難題よりも不可能なことに思えた。
*****
お茶会の後、女王と王太后は密かに話し合っていた。
「セシルはまったくお話にならないわね」
女王が溜息をついた。
「知識も教養も根性もない。貧乏男爵家の娘で後ろ盾にもなりゃしない。顔は可愛いかもしれないけど、悲劇のヒロインぶって滑稽としか思えないわ」
「それにどれだけロランのことを真剣に想っているのか不安になるねぇ。地位と名誉と権力が欲しいというところじゃないかね?特権には義務がついてくるということも理解していないお粗末さだよ」
王太后も暗い表情だ。
「エステルはいい子だったわよねぇ。頭も良かったし」
二人ともエステルを懐かしんでいる。彼女は未来の王妃に相応しい器だった。
「努力家で人間関係もそつなくこなすし、性格も良かったわ。芯のある娘だったから国を任せてもいいと思っていたんだけど」
「本当にどこに行ったのかねぇ?密偵を使って探しても消息不明なんて・・・。もちろん、ロランの婚約者に戻ってほしいなんて言えないけど、せめてロランには土下座くらいさせないと・・・」
「そして後継問題があるわ。今のままの二人が国王と王妃になったら国が滅亡する。どうしたら更生させられるかしら・・・?」
女王と王太后はお互いの顔を見合わせて深く溜息をついた。
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