さいごのひとしごと

Afraid

さいごのひとしごと

 夜。

 繁華街。

 有象無象が大通りを行き交う様を見ながら、私は思う。

 やはり文明は失敗したのだと。

 あからさまに悪質な客引き。

 周囲を威圧することに必死なチンピラ。

 人目も憚らずゲラゲラ笑う若者集団。

 酔っ払い。

 不良。

 こいつらはみんな人間の失敗作だ。

 時代とともに人類が進歩しているというなら、大衆の在り方もまた高尚なものへと変わっていくはずなのだ。

 だが現実はどうだ。

 百年前の人間よりも、今の人間が高潔であると言えるのか。

 千年前の人間よりも、今の人間が聡明であると言えるのか。

 否。

 言えるわけがない。

 今、目の前にあるのは、堕落だ。

 そしてそれはこれからもずっと続くのだろう。

 だから、私は思う。

 やはり文明はリセットするべきなのだと。

 そして私にはその手段がある。

 実行は、いつでもできる。

 だがそれは今ではない。


 閉じたシャッターの前に、幼い女の子が膝を抱えて座っているのが見えた。

 家出を考えるような歳には思えない。

 何か事情が、あるのだろう。

 誰もが彼女の前を素通りしていく。

 子供は常に被害者だ。

 失敗した文明に育てられた子供は歪みの中で育ち、やがては歪んだ大人へと変わり、新たな加害者となって次の子供を歪ませる。

 嘆かわしいことだ。

 堕落の連鎖を、止めねばなるまい。

 不意に、一人の青年が少女の前で足を止めた。

 家族だろうか。

 いや、青年は警察官を連れている。

 見かねて通報したのだろう。

 少女は怯えている。

 警察官は顔を近づけるようにしゃがみ込み、少女に何かを問いかけているようだった。

 少女は首を小さく振り続けている。

 そのうち青年が警察官の肩を叩いた。

 警察官の質問を遮って何をするのかと思えば、青年は馬鹿げた動きで手足を振り始めた。

 笑わせようとしているのだろうか。

 なんと不器用なことだろう。

 それでも少女は、微かな作り笑いを浮かべながら一緒に手を動かしていた。

 気を遣わせているようにしか見えなかった。


 そして私はその場を後にした。

 彼女がその後どうなったのかは知らない。

 どうせ文明は間もなく終わるのだ。

 大勢の人間が死ぬだろう。

 だが、生き残るべき人間もいる。

 私は日々それを確認している。

 この仕事が終わる、あるいは全ての人間に失望するその日まで、この文明は続くだろう。

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