欠片
残り数体のゴブリンが逃げ去り街から十分に離れたのを見届け、4人が平然とした顔で戻ってくる。
モンスターを撃退したことを聞いた住民が4人を取り囲み歓喜して迎える。
その一方で一部始終を目撃した者は驚きを隠せない表情をしている。
オーガを1人で倒せる者はこの街にもいる、バジャーもその一人だ。
あの少年はまるで瞬間移動するかのようにオーガの後ろに移動した。
しかし瞬間移動ではないのはオーガの首筋が切られていたことから明らかだ。
バジャーとの模擬戦と同じ動きなのだろうか?それにしても…疑問は尽きない。
その仲間たちの力も驚異的だ。
金髪の少女の使った街の全面を覆うように張られた防御魔法。
残り2人の少女のゴブリンを一掃した攻撃魔法。
C級冒険者ではありえない、いやあれだけの冒険者がいたら即S級にスカウトが来るだろう。
感謝と疑念が渦巻く中、4人が『麗しのアイリス亭』に戻ってくる。
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ここからがハイド達の本当の目的であり、ある意味難関でもある。
キラキラと目を輝かせ完全に白馬の王子様でも見る目になっているアイリス。
おそらく条件は整っている。
そのアイリスには残酷だが自分の本当の目的を伝えなければならない。
なるべくなら傷つけたくない、無駄な犠牲など望まない。
しかしその目的のために必要とあらばすべてを犠牲にする。
そのすべてとはハイドに付き従う少女たち、究極的には自分自身も含む。
事実、数々の犠牲を積み重ねた、非道と言われる行いもやった、その上で今があるのだ。
それゆえに、アイリスに向け一歩を踏み出す。
彼ら4人がこの街に、いやアイリスに会いにきた理由、それはハイドがアイリスの手をとった瞬間に顕れる。
手を握られ頬を染めるアイリスの胸の辺りが白く輝きだす。
そのアイリスの目の奥を見つめ「ここだよ」とハイドがささやく。
すると一拍の間をおいてゆっくりと光が浮かびあがって来る。
娘の異常事態にバジャーがあわてて駆け寄ろうとする。
その前にサチがすっとその体を割り込ませる。
邪魔だとばかりにその体を押しのけようとするバジャー、しかしその小さな体はびくともしない。
大木か城壁を押しているかのような感覚にバジャーが戦慄していると、
冷たさすら感じさせる落ち着いた声で「だめだよ、あれを邪魔しちゃ」とサチが言う。
「なんだあれは…」とバジャーが絞り出すようになんとか声を出すと
サチは「大丈夫、娘さんに害はないよ…邪魔が入らない限りはね」
「だから…邪魔しないであげてね」となぜかさびしそうに見える表情でつぶやいた。
アイリスから出た光をハイドが両手で優しく包み込む。
すると徐々に光はおさまり、手を開くとそこには乳白色の淡く光を放つ何かの欠片が浮いていた。
黒髪の少女と金髪少女が男の後ろに立つ。
ハイドが振り返り2人の少女の間に欠片を持つ両手を伸ばす。
すると欠片が浮き上がり黒髪の少女の胸に吸い込まれる。
「ああ…○○○だったんだね」聞き取れないような小さな声でハイドはつぶやくと、黒髪の少女の顔を見つめ「よろしく頼む。」と微笑んだ。
黒髪の少女がうなずき、店を出て行くとハイドはアイリスに向き直る。
先程までの表情とは打って変わり惚けたような表情をしたアイリスがハイドに尋ねる。「今のはなに?」
「僕が探している大事なものの欠片…」と答えると
「カケラ?なんでそれが私の中に?なんで…なんの…」
アイリスはうつむき「私に会いにきたのはそれが目的だったの?」と消え入るような声で聞き返す。
「ごめんね…君の中にあった欠片が大きかったから君の心にも影響を与えてしまったみたいだ…」 とハイドが謝罪する。
その後ろからサチが「アイリス、あなた心の中に誰かがいるような気持ちになったことない?心の声が聞こえるとか」と話しかける。
思い当たるふしがあるのかアイリスが顔を上げる。
そのアイリスにむけハイドが言う「ありがとう、僕の大事なものを大切にしてくれて…魂の形や色が合わない人に欠片は宿らないし目覚めない」
「その恩人を傷つけてしまうのは本当にすまないと思っている、償いに自分が出来ることなら」と頭を下げる。
アイリスが叫ぶ「それなら…私も一緒に連れてって!」
「…だめだ」
ハイドは優しい声色ながらもはっきりと断る。
「アイリス、君は僕のきれいな部分しか見ていない。でも僕には汚い部分も、いや汚い部分の方が多いかもしれない…だから、君はきれいな思い出を残してほしい」
「そして出来ることなら、記憶の片隅に追いやって忘れてほしい。」
アイリスは泣いた。
初めて芽生えた恋心、それが1日を待たずに終わりを迎える。
それどころか自分の気持ちですらないのかもと言われてとまどいしかない。
しかしモンスターを一撃で倒す彼女たちと比べて自分が役に立つとも思えない。
「…分かりましたついていくのはあきらめます、でも…忘れるのはいやです、覚えていたい…」とハイドを見つめて言う。
その目には今日あったばかりとは思えない、長年思い続けた人を見るような熱さがあった。
それを見たハイドはその思いを受け止めるように目を閉じ、どこからか小箱を取り出した。
「それならば、これを持っていてほしい」とハイドが淡く紫色に光る石のついたネックレスを手渡す。
「危険が迫ったらその石を握り締めて念じてほしい」
「どこからでも必ず駆けつけるから」
そう最後に言葉をかけ店を出ていった。
アイリスはもらったネックレスを両手で握り締めながらハイドの後姿を見送っていた。
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