熊とオーガと
アイリスを娘と言った大男がハイドを見ながら名乗りを上げる
「俺の名はバジャー、アイリスの父親だ。娘の相手は強い男、それが最低条件だ」
「もしその気があるなら表に出ろ、無ければ金輪際娘に話しかけるな」と宣言する。
有無を言わさずバジャーと名乗った男が外に出て行く。
ハイドは知らないがアイリス目当てで来ている男性客で、今も店に出入りしている者はバジャーの試練に挑んだものである。
ちなみに試練を突破したものはまだいないが、挑戦することで一定の評価はしてくれるみたいであり、
失敗した際に「何度でも挑んで来い」と言われたものは高評価らしい。
店にいた客たちもそれほど騒がず、いい見ものだとばかりにぞろぞろと店から外に出てくる。
どうやらこの店ではちょくちょくあるイベントなのであろう、常連の一部では賭けまで始まっている。
そのオッズは圧倒的にバジャー有利。
それはそうだろう、見たことも無いC級の若造と元A級冒険者、それも引退理由が子供が生まれたからというもので、いつでも復帰可能な能力を維持している。
それを店中、いやバジャーを知るものすべてが理解している。
バジャーがハイドを見て「勝てとまでは言わない、いいところを見せてみろ!」と言い放った。
ハイドは少し考えて「一番穏便な方法がそれなら仕方ない…」と席を立った。
アイリスはおろおろしながら事の成り行きを見守ることしか出来ない。
確かに今までこの件で父と相対して大怪我させられたものはいない。
そのことをアイリスは知っているし、大怪我に至らない理由も知っている。
治癒魔法や治癒のポーションも完備されている。
しかし初めて心ときめいた相手がひどい目にあうかも、しかもその相手が自分の父親だなんてと心配は尽きない。
かといってこうなった父が止まらないのもアイリスは知っている。
結局見ているしか出来ないもどかしさにアイリスは唇をかむのだった。
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店の表には様々な武器の入ったケースが運び出され蓋が開かれている。
しかしそれらは本物ではなく、本物の重さと大きさを再現した練習用である。
ダメージ軽減魔法が付与された物で、聖王国軍も訓練に使用する下手な本物より値の張る高級品だ。
これならば大怪我をさせる心配もないだろうとの考えなのだろう。
バジャーはその中から使い込まれた大剣とラウンドシールドを手に取る。
『熊』などという通り名の割にはオーソドックスな武器を使い安定した戦果をあげ生き残ってきた。
取り揃えられた練習用武器を前にし少しほっとした顔をするハイド。
少し考えた後、ハイドは右手に細身の長剣、左手に短剣を逆手に握る。
店の横の広場で2人は相対する。
「ほお、珍しいスタイルだな、さあ、お前からかかって来い!」とバジャーが叫ぶ。
バジャーは左手に持ったラウンドシールドを体の中ほどに構え右手に持った大剣を引いてハイドに対して斜め構える。
お互い利き手は同じようだ。だが身長差と体格のハンデは大きい。
ラウンドシールドに阻まれ胴体はほぼ見えない。
先手を取ったのはハイドだ、長剣による刺突でラウンドシールドの下から見える足を狙う。
バジャーはその一撃を回避するためシールドを下げるた、「ガインッ!」とシールドと長剣が激しい音を立てる。
ハイドの先制攻撃を防いだバジャーは右手の大剣を振り下ろす。
その一撃は短剣で防ぐのは無理であろう。
その瞬間ハイドはバジャーが下げたラウンドシールドの上部に足を掛け、軽やかにバジャーの左肩の上を抜け背後に着地しくるりと向き直る。
「ははっ!なかなかの速さと身軽さだ、しかしそれだけでは!」と声を上げバジャーが振り向いた。
しかしその時、けたたましい笛の音と鐘を打ち鳴らす音そして監視のこえが響く。
「警戒!!!モンスターだ!!!数…多数!!!」
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隣国との紛争が落ち着いた現在、監視塔の主な任務は盗賊団、そして徒党を組んで来るモンスター及び大型モンスターの監視、警戒だ。
小規模の場合は街の守備隊が撃退するのだが、大規模な場合街にいる冒険者にも声がかかる。
ちなみに『熊』ことバジャーと『女豹』ことリリーも守備隊の準隊員である。
「ちっ…腕試しは後回しだ、リリー!出るぞ!」とバジャーが相棒であり妻でもある『女豹リリー』を呼ぶ。
守備隊の誰よりも戦闘力の高い2人である、当然信頼されているしあてにもされている。
だから今回も率先して出動しようとしているのだったが…
それを制してハイドが「今回は自分たちに任せてほしい、その結果でさっきの件を判断してくれないか?」と申し出る。
バジャーは少し考えた後監視にたずねる「モンスターの種類と数は?」
「ゴブリン約30、弓、近接装備およそ半々、オーガ1おそらくアックス装備、現在丘の上まで来ています」と監視が答える。
バジャーがハイドたちをチラリと見て
「よし、無理はするな、追い返すだけでいい。」と言うと
「まあ見ていてくれ」とハイドが街の外へ出る扉の方向へ向かうとその後を3人の少女がついていく。
その少女たちが恐怖心をいだくどころか緊張さえしていない様子にとまどいを感じつつもバジャーは見送る。
「お手並み拝見と言ったところか…守備隊の準備も整えておかなければな」
「ジェイク!出られる冒険者の選抜も頼む報酬は規定どおりに!」
となじみの冒険者に話すバジャーを見て妻のリリーがあることに気づき声を掛ける。
「あんた、その首のアザいつついたんだい?」
バジャーの首の左側ちょうど頚動脈位置に切り傷のようなアザが浮き出ていた。
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「ハイド様、どんな作戦でいく?なんならあたし一人でも余裕だよ?」
とサチがピクニックにでも行くかのような気楽な感じでつぶやく。
「あたしなら一撃で…」と張り合うような口調で言いかけたアイを「丘ごと吹き飛ぶからダメです」とマリーがたしなめる。
「今回はモンスター退治が目的ではないからね、僕に華を持たせてくれよ」とハイド。
「そうだよね~アイリスを惚れさせるのが目的だもんね~」と3人。
「違う、アイリスと話す許可を得るために父親に実力を認めさせるためだ」とハイドが否定する。
「だよねもう惚れてたしね」「顔真っ赤だった」「初々しかったわ」と3人。
「…もういい」と話を切り上げ、「作戦は…」
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警報が出たために閉められている分厚い巨大な門扉、その脇にある鉄製の通用口の扉を守備隊員が開ける。
居並ぶ守備隊員の前を通り4人が待ちの外に出る。
バジャーとリリーは弓隊、魔法隊とともに城壁の上からその様子を見つめる。
アイリスもその後ろからおどおどとしかし興味深げに顔をのぞかせている。
通常は入れない場所だが今回は無理言って入れてもらったのだ。
いまやモンスターたちは弓が届くか届かないかの距離まで接近してきている。
この距離では撃ってもまず当たらない。
打つ意味と言えばけん制だが彼らの作戦が分からない今回はやめておいたほうが無難であろう。
なにより、見ていてくれと言われたのだ、ある程度の自信はあるのだろう。
モンスターはオーガ1体の周囲に弓隊およそ15、剣や槍を持った前衛15。
それに対しこちらは男の左右に剣を抜かずに背中に背負ったままの黒髪少女と栗色の髪の前衛3、後衛が金髪の少女だ。
黒髪の少年はいつの間にかバジャーの時と同じように左手に短剣、右手に長剣を手にしている。
ゴブリンが弓を構えた瞬間前衛の3人が走り出し距離をつめる。
それと同時に後方で金髪の少女が手を上げ何か呪文を唱える。
すると少女の前方に光の幕のようなものが街を覆うような範囲に広がった。
前方に走る3人のうち栗色の髪の少女と黒髪の少女が敵と後衛との中間距離で止まり呪文の詠唱を開始したようだ。
ゴブリンから放たれた矢は光の幕に阻まれる。
その間も黒髪の少年はオーガとの距離をつめる。
前衛の二人の少女から光の矢と氷の矢が多数打ち出され、道を切り開くかのようにオーガの周りのゴブリンが撃ち減らされていく。
男は撃ちもらしの数体のゴブリンをすりぬけるように切り伏せながら進み、オーガの前まで到達する。
魔法でゴブリンがほぼ全滅した事と迫り来る男の速度に狼狽するオーガ。
右手に持つ巨大なアックスを振り下ろすオーガ、
それがあたる間際男の姿が掻き消え、次の瞬間オーガの背後に着地し、くるりと振り向く男の姿が見えた。
オーガは追撃のために男に向き直ろうとするが、首筋から血を噴出し倒れこんでしまう。
倒れたオーガの目に映っていたのは切り落とされた自分の足首から下の部分とすでに目の前にまで来ている長剣の切っ先であった。
バジャーはそれを見ながら己の首筋のアザに手を当て寒気を覚える。
今のオーガとの戦闘と先程の模擬戦、一致する部分としない部分。
武器が本物か否か、さらには段違いに上がった黒髪の少年のスピード。
今のオーガと先程の自分を重ね合わせ相手が本気ではなかったことを知り敗北を痛感するのであった。
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