第二話 私を壊したのは誰だ

[一週間前]


「ありがとう。でも、こんな重いもの持って大丈夫?私は腕が折れちゃうかと思ったわ。」

冗談っぽく笑う私たちの担任、中田なかた祐希奈ゆきな先生。この前提出があった社会のワークを教室に運ぶ仕事。頼まれた私、佐田苺花は文句も言わずに手伝った。早く教室から出ていけと睨んでくるクラスメートから逃げたかったから。あと好感度を上げるため。(…成績が落ちてお義母さんに殴られるから。)こんなことで成績があがり、痣が減るのならばなんだってする。

「全然大丈夫ですよぉ。私、一応現役中学生ですからね?」

ふざけて返すと、甲高い声で先生が笑った。ああ、早くこんな中学校やめてやりたい。優奈に…優奈に早く会いたい。


私が転校する前の学校でクラスメートになった優奈。私とは違って優しい性格をしている優奈は、学校に来て緊張していた私に話しかけてくれた。その時から、学校が変わっても毎日会うくらい仲良しだ。


「今日もいつもの公園集合ね~?来なかったら許さないわよ~?」

私がおどけた声で笑いながら言うと、優奈は小さく返事をした。電話と耳の距離が遠いのか、声が聞こえづらい。

「じゃ、持ち物はいつも通りお金だけでいいわ。あ、そうだ。この前優奈が着てたワンピース、着てみたいんだ!持ってきてよ。」

『え…。あのワンピース、お母さんが買ってくれた誕生日プレゼントなんだけど…。』

「えーっ、ダメー?」

電話越しで優奈が唾を飲んだのが分かった。

『い、いいよ。』

さすが優奈!大好き。っていうか、優奈が大親友の私に断れるわけないよね。

「まじーっ?!やった!…あ、そうだ。優奈にまだプレゼント渡してなかったよね。後で持っていくね!うふふ、楽しみーっ!」

『あ、ありがとう。じ、じゃあ、お母さん来たから電話切るね。』

小さな小さな自室のベッドに寝そべりながら、ひとりでにやける。プレゼント、まだ買ってないんだよね。何にしよっかなぁ。あ、そういえば最近プレゼントに偽物の虫入れるドッキリ流行ってるよね。ガチでやってみよっかな…。うふふ、優奈の反応楽しみ!



熱いアスファルト。体を火照らせる纏わりつくような熱さ。せっかくお気に入りのスカートを穿いてきたのに、カイロをつけている時みたいにジメジメしている。手を広げてパタパタと扇いでみたけれど、なんにも変わらなかった。焼き肉店でコンロの近くに手をかざした時みたいに、熱気が押し寄せてきただけだ。自販機で買った冷たい水をゴクリと飲んだ。すると…。

「優奈っ!」

公園に、優奈がやって来た。この世の終わり、みたいな暗~い顔をして。熱い季節にこんな顔されると空気がどよーんとする。やめてほしい。

「ちょっと優奈ー。なんでそんな顔してんの?優奈いつも私の可愛い子ちゃんなのに、今日ブスだよーw?」

「いや別になんでも…。てか元々この顔だし…。」

優奈、私がいないと何にも出来ないんだから。この子がこんなにも楽しくなさそうな顔をする理由。多分私は知っている。

「元気出せって!ほら、真夏を楽しもうぜーっ?」

あははと声を上げて笑った。優奈の口がピクリと動いた。私がペットボトルの水をかけたからだ。

「冷たっ…。」

夏に水をかけあうこと。それ、青春みたいだなーっていつも思っていた。涼しいし、気持ちいいでしょ?優奈の髪の毛から汗だか水だか分からない液体が雫となって地面に吸い込まれていく。優奈は寂しそうに微笑んだ。少しは気が楽になったのだろうか。

「あ、そうだ!プレゼント!」

私は手に持っていたビニール袋からプレゼントを取り出した。

「ハッピーバースデー!優奈!」

優奈はわぁっと声をあげてそれを受け取った。


中身はね…内緒ーっ!私と優奈だけの秘密だよ♪


ああ、優奈といるのは本当に楽しい。



次の日、それからだった。

優奈といつも通り遊んだ翌日から、中田先生の態度は明らかに冷たくなった。優しい微笑みを浮かべながらも、目は笑っていなかったし、鋭い目付きをして私を見る中田先生。なんだか学校で飼っているメダカにでもなった気分だ。観察されているみたいで気持ちが悪い。いつもの生徒の心に寄り添ってくれる優しい先生とは違う人みたいで、怖かった。


「中田先生、ワークは社会資料室に運んだ方がいいですか?」

「ああ…そうね。」

いつもだったら冗談交じりの楽しい会話をしているはずなのに。中田先生は一言だけそう言うと逃げるようにどこかへ行ってしまった。

「…っ!」

クラスメートの女子と目が合った。声にならない悲鳴をあげて近くにいた友達の方へ走っていった。彼女の悲鳴で数人がこっちをチラッと見た。すぐに反らされた。いじめかもしれない。少し、寂しいなって思った。


「中田先生、明日の社会って持ち物なんですか?」

私は教科担任に次の授業の持ち物を聞く係だ。

「いつも通りで大丈夫。…あなた、いじめをするってどうしてなんだと思う…ー、やっぱりいいわ。ごめんね。」

中田先生、やっぱりおかしい。私がいじめられているから、心配してくれているんだろうか。中田先生は責任感の強い先生だからな。自分のクラスで起こるいじめにきちんと向き合おうとしてくれているみたいだ。

だとしても、学校でただひとり優しかった中田先生と話せなくなると随分居心地が悪くなってくる。思いきって声をかけてみた。

「中田先生っ!何で私を避けるんですか!?」

私の単刀直入な物言いに、中田先生は。

「いじめは良くないことだと思うの。そんなことをして命を絶ってしまう人だっているんだから。」

以前よりも隈がひどくなった目元を隠すように手のひらで顔を押さえる中田先生。ずっと気付いていて心配してくれたのだろうか。そして、これから私を救ってくれるのだろうか。


「いじめられるって、つらいもの。」


泣きそうな顔で中田先生はそう呟き、足早に教室を出ていった。



中田先生とクラスメートの態度には、心配なことしかないけれど、今はもう放課後。学校にいるわけでも家にいるわけでもない。唯一の大好きな時間。優奈と一緒に笑い合える時間。

「この前インスタに優奈の写真投稿しといたよー。」

いつもの公園でいつものように笑って言うと、優奈は諦めたように微笑んだ。

「勝手なことしないでよ…。」

「いーじゃんいーじゃん!そのおかげで私、可愛いって褒められたんだよ!?」

優奈は何をするわけでもなくボーッと空を見上げている。

「私、半目になってなかった…?」

「多分!あ、でも優奈チェックしてないわ。私だけ加工しといたw。」

貧乏ゆすりをしながら小さな口をきゅっと閉じた優奈。いつも無表情だけれど、優奈は行動でいろんな気持ちを伝えてくれる。嬉しい。


その夜ー…


『えっと、その。苺花ちゃんが嫌だったらいいんだけど…、明日も公園で遊ばない?…やっぱり嫌だよねごめん、何でもないです。』

「えっ、全然いい!遊ぼうよっ!遊ぼっ?」

珍しく優奈が私を誘ってくれた!いつもは私からだけど、今日ははじめて優奈が遊ぼうって言ってくれた。嬉しい、嬉しすぎるっ!

『ホント?良かった。』

「うんっ、じゃあ明日も楽しみにしてるね!大好き!」

『…うん、私も大好き。じゃあ切るね。おやすみ。』

「おやすみーっ。」


あーっ、楽しかったぁ。本当に楽しかった。優奈と話している時は、お義母さんに殴られることもないし、お父さんに傷つけられることもないんだ。ただただ幸せ。生きてて良かった!

明日、優奈は何をしてくれるんだろう。なんで誘ってくれたんだろう。なんであれ、楽しいことにはかわりないだろう。


この時の私は…次の日大事件が起きるだなんて思いもしていなかった。





あとがき

皆さんこんにちは!作者の夢色ガラスです!

このお話を読んでくれて、ありがとうございます!フォローして、いいねつけてくれた人なんか、もう嬉しすぎて頭がおかしくなりそうですw。

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これからも夢色ガラスをよろしくお願い致します!



                       <次につづく>







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