第5話 音魂


 「・・・よくも、私達の国を・・・、皆を、父さんと母さんをっ!!」


 オリ=ファは叫びながらオオムラサキに脇差カタナを構えて突っ込んで行く!


「駄目だ!オリ=ファッ!!!待って!!!」


 僕は彼女に叫んだが、同時にオオムラサキがその巨大な羽根を一度背に閉じ、まるで一本の棒のようなシルエットに一瞬なったと思うと、再びその羽根を物凄い勢いで振るわせた。


 バッサッバッサッバッサッバッサッバッサッ!


 と大きな布が舞うような音と共に黄色いキラキラとした粉雑じりの爆風が向かってくる!これは・・・!?


「ーーいけない!!ハヤテ!!急いでそこから離れて!!」


 オリ=ファは咄嗟に敵前から大きく迂回しジャンプして僕の方へ叫んだ!


 それはまるで動画で見た砂漠の黄砂のようだと思った。

 黄色い風の来ない方向に逃げ遅れた僕を、彼女が着地するなりスライディングのように滑り込み、地面に丸まった僕の身体を包むように抱え込んだ!

 するとその直後、無数の金属が弾ける音と衝撃が二人を飲み込んだ!


 キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキン!!


「うぐぅっ!!!」


「ぐっ・・・!!う・・・これは・・・!?」


 衝撃が止んで、僕は顔を上げると、すぐ側にあるオリ=ファの顔が苦痛に歪んでいる。そして、僕の手に生温かい感触がする。

 ーーそれは、彼女の髪よりも紅い血だった。


「お・・・オリ=ファッ!!!」


 身体を起こすと、僕を覆い被さるようにしていたオリ=ファの頭のベールから、ザラザラと大量の極小サイズの矢尻のような金属片が落ちてきた。

 花びらのような形ーーーーオオムラサキの鱗粉だ!!しかも、彼等のそれは全て金属で出来ている!!

 なんてこった、彼女はそれらを全てまともに受けてしまったのだ!!

 ーーーー僕を護る為に・・・・・・。


「オリ=ファ!しっかりして!!オリ=ファッ!!」


 頭のベールは薄いのに防弾機能でもあるのか、この金属片の嵐でも傷一つ無く耐え抜いて、僕と彼女の上半身は守ってくれたが、ベールが覆いきらなかった彼女の剥き出しの脚や腕の部分にはまるで棘のように無数の鱗粉が刺さり、出血が酷かった。


「酷い・・・!くっそ・・・!!あいつめ・・・!!」


 オリ=ファの顔が青白く、呼吸が浅く、口元には泡も吹き始めている。

 まずい!もしかしたらこの鱗粉には毒性もあるんじゃないだろうか・・・!

 だが、考える間も無くオオムラサキは再びその大きな羽根を動かして第二波を仕掛けてきた!駄目だ、またあの金属片の黄砂に飲まれたら今度こそお終いだ!!


 バッサッバッサッバッサッバッサッバッサッ!


 あの羽根の音と共に風圧が襲ってくる。もう黄砂はすぐそこに迫って来てしまった!

 ーーーーどうすればいい!!


 その時、僕の頭の中に直接言葉が響いてきた。



『“・・・ハヤテ、恐れずに音魂オトダマを呼びなさい・・・”』



「・・・なんだ!?声が・・・! お、音魂オトダマ・・・・・・??」



『“・・・あなたは知っている筈です、音や言葉には力がある事を・・・護りなさい、あなたを護ってくれた者を・・・”』



 声が聞こえている間は不思議な事に時間が止まったような感じだった。

 音魂オトダマとは、もしかしてスマホの魔法の事か?

 しかし、何でもいい!ーーーオリ=ファが助かるなら。


 僕はスマホを親指でスワイプして、迷わずこの曲を選択した。

 図らずも大好きな曲の一つだ!


『~No  Enemies, Alive !~(敵はいない、生きろ)』


「・・・僕達を、いや・・・オリ=ファを、彼女を救ってくれ!!」


 右手のスマホを思いっきり天に翳して祈りを叫んだ!!


 カッ!!


 スマホから白く強い輝きが発光した!


 やがて七色の輝きと共に、空気と光の波紋が周囲に広がった。

 周囲に散らばった無数の金属片の鱗粉が蒸発するように消えて行き、光の波紋がオオムラサキの所にまで到達すると、その巨大な蝶は足元から飲み込まれるように消えて行った。


 パキン。


 ーーーーそして、乾いた音と共に、僕のスマホも手の中で砕け散ってしまった。


 光の波が収束し、辺りは静寂に包まれた。


「・・・オリ=ファ!・・・大丈夫?・・・僕が分かる?」


 僕はオリ=ファの頭を膝の上に置いて呼びかけた。

 無数の傷は塞がり、身体に刺さっていた鱗粉も無くなっている。

 青白かった彼女の頬に赤みが戻り、呼吸が落ち着いてくる。

 紅い瞳が薄く開いた。


「・・・ハヤ・・・テ・・・、ハヤテ!・・・ありがとう・・・!」


 彼女の瞳から涙が零れた。

 だが、両頬から流れる二筋の涙跡とは別に、彼女のおでこには既にもう二つの涙跡があった。


 僕の涙だった。


「・・・良かった・・・!君が無事で・・・本当に良かった・・・!!」

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