第五十三話 Next

 病院の1室、骨折した人や重症を患った人達がベッドに横たわる中、一段と重傷な2人が眠るベッドの間に置かれたイスに座り、黒いロングコートが地面に付くほど俯いた男が手を合わせていた。

 走は目を開けた。

 走の視界がはっきりとし、ここが病室であることを認識する。

――気を失ってたのか。

「起きたか」

「あと何日、入院?」

「1月寝て、最初の言葉がそれか、1週間位じゃないか、俺は医者を呼んでくる」

 関崎は立ち上がり、額の汗を拭き、病室を出る。

 それと入れ替わりで黒いロングコートを着た男が薄ら笑いをしながら、関崎が座っていた椅子に座り、足を組む。

「1週間も寝込み、話を先延ばししおって」

「日本の隊員は大体覚えたつもりなんだけど」

「私だ、影だ。今は黒武影鵺くろたけかげやと」

「黒武!?」

 つい大声が出てしまい、走は周りに頭を下げる。

「それよりも、走、約束通り居場所を貰おう」

「……ああ、そうだったね、あの雷黒刀は?」

 走は影鵺の腰周りを見るが、何もついていない。

「1人、正の中に私と同じレベルまで自我を持った者が居てな、そいつに渡した」

「そうか」

 ガラガラと音を立てながらドアが開き、看護師と関崎が入ってくる。

「走さん、検査をしますので来て下さい」

「俺は予定があっから」

「分かりました」

 看護師がベッドの下からスリッパを取り出し、並べる。

「どうぞ」

 走はゆっくりと体を動かし、足を冷たいスリッパに入れる。

「影鵺、今度書類を用意する。それまでに、マナーと敬語を覚えろ」

「了解した」

 走は病室を出た。


 操原家。

 刃金と寝代は和室にある、操原一勝の遺影が飾られた仏壇にお参りし、お茶を飲んでいた。

「お茶、ありがとうございます」

「良かったな、仇を討てて」

「一勝さんは、討たなくて良いって言うだろうが」

「『九頭龍』の時、マサが逃がしたから、失敗したんだっけか」

 寝代は5年前の密輸グループの作戦を思い返す。

「あれは事情があった」

「ああ……なんだっけ?」

「……確か……なんだったかな」

 ガチャッとドアが開く音、カタカタと靴が落ちる音が玄関から鳴る。

 そしてタッタッという若々しい足音が近づいてくる。

「ただいまー」

 第一ボタンを外し胸元を開けた穂高が入ってくる。

「どうも」

 刃金は振り向き頭を下げる。

「刃金支部長! それに寝代副支部長も、なんでここに」

「お父さんのお参りに来てくれたの」

 穂高の母がキッチンから顔を出し、穂高に言う。

「それなら、連絡してよー」

「あ、お茶おかわりください」

「はいはい」

 寝代からコップを受け取り、穂高の母はお茶を注いで、キッチンに戻っていく。

「もう、来るならもう少し準備したのに……」

 穂高は愚痴を言いながら、刃金の隣の椅子に腰掛ける。

「すいません、急に来て」

「いえいえ、連絡は来てたので、父の仇を討ったと。その……父はどんな人でした? 私、父が死んだ頃、反抗期でして、それに普段から家を空けていたので、父の事……何も知らなくて」

「……」

 寝代は刃金に目配せをし、お茶を啜る。

「一勝さんは……先代関東地方副支部長で私の剣の師匠でした。面倒見が良くて実力も充分、欠点といえば酒癖が悪いとこと娘自慢がうるさいぐらいでした」

 刃金の話を聞き、寝代はつい頬が上がり、ニヤけてしまう。

「なんて言ってました?」

「ああ……初めて立ったとか、二輪車になったとか、どうでもいいことを嬉しそうに」

「車乗った時にお前四輪車? 俺の子、二輪車って言われたときは流石に引いたけどな」

「そ、そんなことまで!?」

「あとは――」

 数時間後、刃金と寝代は操原家をあとにした。

 電線の上で烏がうるさく鳴いている。

「……刃金、お前がしたことは良い事だと思う」

 刃金は自分の気持ちを見透かされ、少し顔歪ませる。

「何年一緒だと思ってる」

「お前に言われると気持ち悪くてな」

「復讐は悪いことじゃない」

「!」

「駄目なのは復讐に命を賭けることだ、そういう奴は復讐が終わったら命を失くす」

「経験者の言葉は違うな」

「だから関崎さんは俺じゃなくお前を選んだ」

「なるほど」

 刃金は今一度、自分の立場を理解する。

「行こうぜ、面会時間が終わっちまう」

 春、灰色の道は桜色に染まる、麗日午後三時。

 2人が背負うは正義の二文字。

 足並揃えて一歩踏み出す。


 病室。

 走は検査が終わり、病室に戻ってきた。

――あと2日かぁ。

 走はベッドに腰かける。

「あ」

 走は正と目があった。

「ん」

「起きたんだ」

「俺は身体のリミッターが外れた」

――僕より重症とは思ったけど、そんなにか。

「火傷ですんで良かったな」

 正は包帯が巻かれた走の右腕を見る。

「まあ」

――『烏の血』があるからな。

「それより、話があるんだ」

「なんだ」

「それは――」

 ガララララっと音を立て、走の言葉を遮り、ドアが開いた。

「走発見ッ!」

「うるさい」

 聞き覚えのある声、走は振り向き、会釈する。

「お久しぶりです」

 返事をせず、2人は走の顔を見て、ギョッと目を見開いている。

「……久しぶり……なんか変わったな」

「はい?」

「垢抜けたっつうか、なぁ」

 寝代は刃金に目配せをする。

 刃金はそばにあったイスに座る。

「まあ、元気で良かったです、心配したんですよ」

「なるほど、だから白髪が多いんですね」

「!」

「フ」

 寝代は口元を抑え、肩を弾ませ、笑う。

「ダッハッハ、言うようになったなぁ、走!」

 膝は叩きながら、寝代は言う。

「走くん、総隊長がそんなことを言うとは」

「おい、続けろ」

「ああ」

 走は正の方に向きなおる。

「『鴉』に入らない?」

「! ……なぜだ」

「僕たちは似たもの同士だ、それに言っただろ? 君も助けるって」

「いいのか? 寝代、刃金」

 正の目は走の後ろに座る、寝代と刃金に焦点を当てる。

「私は総隊長の意思に従う」

「昔みたいに、楽しくやろうぜ、正」

「さあ」

 走はほほえみながら、優しい眼差しで正を見つめる。

「分かった」


 一か月後。

 退院した走は総隊長として本格的に仕事が始まるため、東京のマンションへ引っ越す運びとなった。

「これで全部だな」

 寝代は最後の荷物をトラックの荷台に載せ、ドアを閉める。

「ちゃんと食べるんだよ」

「分かってる」

「それとちゃんと挨拶ね」

「はいはい」

「行くぞ」

 寝代はドアを開け、エンジンをかける。

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

 走はトラックに乗り込み、シートベルトをつける。

「そんじゃ、行くか」

「うん」

 銀色のトラックは光を反射しながら、進んでいく。

「寝代」

「はい」

「ここからが始まりだ」

 これは継承。

 これは宿命。

 これは復讐。

 幾千幾万の戦を踏み越えて、進み続ける物語。

 それは罪。

 それは愛。

 それは夢。

 千差万別の道を変えて行き、抗い続ける物語。

 そして――世界を救う、英雄の物語。

 

 第五章 Decisive Battle Of Justice 完。

 AtoZ第一部Αphone 完。 

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Αphone 奇想しらす @ShirasuKISOU

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