動き回る肉体たち

三鹿ショート

動き回る肉体たち

 窓掛を開けることなく閉じこもっていたためか、世界が終焉を迎えていたことを知らなかったらしい。

 外の世界では、腕や脚を失い、脳を露出させながらも緩慢とした動きで歩き回る存在を目にすることができる。

 至るところで煙が立ち上り、自動車の警笛が響き続けていた。

 一目で異常事態だと理解することができ、同時に、出歩くべきはないと、阿呆でも分かることを改めて認識する。

 一方で、飲食物が底を突いた今、危険ながらも探しに向かわなければならない。

 音を立てず、物陰から物陰へと移動を続け、近所の飲食店へと到着する。

 だが、冷蔵庫などがその機能を停止していたためか、無事である飲食物は少なかった。

 それでも、無いよりはましである。

 帰り道も気を抜かず、自宅へと向かう。

 その道中、私は変わり果てた彼女を発見した。

 美しかった顔面は青白く、片腕は骨が露出し、腹部からは臓物が顔を出している。

 彼女に同情していたところで、私は彼女を連れて帰ろうと決めた。

 かつては私を受け入れなかった彼女だが、今の彼女ならば、私を否定することもないからだ。

 周囲に他の存在が不在であることを確認すると、私は上着で彼女の頭部を包み、袖を縛ると、足首を持って引きずりながら自宅へと戻った。

 顔を隠した状態で手足を縛り、行動を制限したところで、上着を取り外す。

 彼女は私の姿を目にしても、口を開閉させるだけで、それ以上の行動をすることはなかった。

 私は彼女に襲われないように距離を取ると、以前のような閉じこもった生活を再開させた。


***


 夢を見た。

 それは、悪夢といって良いだろう。

 勇気を振り絞って彼女に愛の告白をしたが、彼女はそれを断ったばかりか、友人たちとの笑いの種としたのだ。

 人々は私を身の程知らずと揶揄し、中には暴力を振るってくる人間もまた存在した。

 自分でも、まるで怪物のような外見であることは理解している。

 しかし、彼女だけは私に優しくしてくれたため、私のことを外見で判断するような人間では無いのだと信じてしまったのだ。

 結局のところ、彼女もまた、他の人間と同じだった。

 だからこそ、私は逃げ出したのである。

 自宅の中で布団を被っても聞こえてくる嘲笑に、私は怯え続けた。

 我慢が出来なくなり、思わず叫んだところで、目を覚ました。

 荒い呼吸を繰り返しながら、私は彼女を見る。

 かつて私を怪物だと馬鹿にした人間たちが、今では本物の怪物と化している。

 このような滑稽な話があるだろうか。

 私は笑いを堪えることができなくなった。

 だが、ひとしきり笑った後、自分が彼女たちと同じように変化しなかったのは、元々が怪物だったからではないかと考えてしまった。

 気の迷いだったとはいえ、愛した彼女によって仲間に加えてもらった方が、幸福なのかもしれない。

 しかし、仲間に加わったところで、再び排除されてしまうのではないかと恐れた。

 彼女たちのように変わり果てれば、おそらくは人間だった頃の思考能力を失うことになるだろうが、それは通常の思考を持つ私だからそう考えるのであって、変化すれば変化した先での世界が待っているのではないか。

 私は、再び彼女を見る。

 なんだか、笑われているような気がしてならなかった。

「何が可笑しいのだ」

 私がそう問うが、彼女は答えない。

 私は外に出、落ちていた角材を拾って再び自宅に戻ると、それを彼女の頭部に叩きつけた。

 彼女は声をあげることもなく、ただ肉片が飛び散るだけだった。

 顔を出した脳に角材を突っ込み、内部をかき回したところで、彼女は動かなくなった。

 激しく呼吸しながら、私はその場に座り込んだ。

 想像以上の疲労感に襲われるが、罪悪感は無かった。

 何故なら、彼女は既に死んでいるからだ。

 床に大の字となり、天井を見つめる。

 これまでに覚えていた閉塞感は、いつの間にか消えていた。

 そのためか、常よりもよく眠ることができた。


***


 私以外の生者を捜す旅に出ようとは、全く考えなかった。

 合流してしまえば、これまでのような自由な生き方をすることはできなくなり、余計な作業を任される可能性も高いからだ。

 ゆえに、私はこれまでとは変わらぬ生活を続けることに決めた。

 元々、死んでいるような生き方をしていたのだ、世界そのものが死んでしまった今、何も気にする必要はない。

 同時に、今さら生き方を変えたところで、慣れないことをしたために、余計な精神的不調を患うに決まっている。

 だが、それでも楽しみというものは必要だろう。

 時折、外の世界に出ては、私を排斥した人間たちを捜し回ることにした。

 そして、発見すると、彼女と同じように、私の恨みをぶつけるのだ。

 そのような生活を送っていく中で、私は六人の知り合いの動きを停止させた。

 生活に減り張りが出来たためか、これまでよりも有意義な時間の使い方だと感ずるようになった。

 もしも世界が終焉を迎えていなければ、私はこのように生き生きとした日々を送ることはなかっただろう。

 私以外の数え切れないほどの被害者たちには申し訳なく思うが、犠牲者となってくれて感謝していると、どこかで大声で叫びたくなった。

 しかし、叫べば外の世界を徘徊する存在に気付かれてしまうため、行動に移すことはなかった。

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