番外編

番外編① 出戻り準備

 リュウコはこれ以上話してもきっとこの男の気持ちは変わらないのだと思い、愛用の戦斧だけ手に取り昨晩戦った時の格好、つまりネグリジェのまま家を出た。


「リュウコちゃん、おはよう。昨晩は大変だったわね。あなたが竜を倒してくれたおかげでこの辺りの被害は最小限で済んだそうよ」


 重い足取りで外に出ると、早朝にも関わらずお隣の奥さんが小さな花壇の花に水をやっていた。


「あら、そんな格好で武器だけ持ってどうしたの?」


リュウコの様子を見て何か起きたのだと察した奥さんは、すぐにリュウコを家に招き入れ、キッチンのそばにあるテーブルに座らせた。


 奥さんは手際よく紅茶を準備し、茶菓子と一緒にリュウコの前差し出すと、向かい側の席に座ってリュウコに事情を聞く。


 リュウコはポツリと話し始めた。


「昨日の戦いを見たオリヴァーに離婚されたんです。竜を殺せるほどの力を持つ私が怖くなったみたいです。オリヴァーの好みに合わせて力を隠していた私が悪いんですけど、話し合いすらさせてくれなかった」


「まあひどい! あなた、それは怒っていいのよ! あなたがやったのは人命救助。誇るべき行為なのよ」


「怒っていい……?」


「確かに自分よりも強大な力を持つ人が怖いのもわかるわ。それは先に見せておくべきだったかもしれない。でもこんなほとんど身一つで仮にも一度妻になった人を追い出すのはあんまりだわ。あなた、行き先はあるの?」


「あります。飛び出してきてしまった場所だけど、きっと戻れば受け入れてもらえる。今頃私がいつ帰ってくるかとか賭けてるかも」


 そう考えると少し笑えてきた。拒絶される場所があれば、受け入れてくれる場所もある。


 拒絶されたのは悲しかったけれど、自分にも非があるわけで。だけど怒ってもよくて。ぐちゃぐちゃしていてよくわからないけど、自分だけを責めなくてもいいかもしれないと少しだけ思えた。


「仲がいいんだね。そこまでどれくらいかかるんだい?」


「戦斧で飛んで2日くらいです」


「服とお金は……ある訳ないわね。ねえ、そのネグリジェと私が昔使っていた冒険者服、それと食料と交換しない? あなた、一方的に何かもらうの遠慮するタイプでしょ」


 正確に言うと、長年一緒にいて家族のようなカテゴリーに入っている人以外には遠慮する、が正しくはある。奥さんとの付き合いはまだ二週間くらいで、遠慮してしまうくらいの距離感なのだ。


「え、まあ、はい。申し出ありがたいです。ぜひお願いしてもいいですか? 流石にネグリジェで飛んで帰るのは恥ずかしいので」


「よし。じゃあとりあえず一度寝なさい。朝のことも昨晩のことも疲れているでしょう。食料買える店が開くのにもまだ時間があるし。二階に上がって一番左の部屋、娘が独り立ちたばかりで空いてるしベッドもまだ綺麗だから。あなたが寝てる間に諸々準備しとくから好きなだけ寝てていいわよ」


「そこまでしてもらうのは流石に悪いです」


「そうねぇ。じゃあこれはこれから王都から故郷に帰るあなたへの餞別ってことでどうかしら?」


 この奥さんはリュウコの性格をとことん理解しているようだ。リュウコが好意を受け取りやすいように仕向けてくる。


「……それじゃあお言葉に甘えます」


 リュウコは指定された部屋に行き、ベッドに寝転んだ。疲れが溜まっていてすぐに眠りに落ちる。


 目を瞑って開けたら三時間も経っていた。


「え、は? 三時間? あたしこんなに寝てたの?! 一瞬だったのに」


 混乱する頭のまま一階へ降りるとちょうど奥さんが食料をショルダーバッグに詰めているところだった。


「おはようリュウコちゃん。よく眠れた?」


「はい」


「見ての通りこれが食料。で、こっちに出してあるのが服ね。さっきの部屋で着替えちゃいなさい」


 着替えて戻ってくると、奥さんからショルダーバッグを渡された。食料品はリュウコが思っていた倍もあり、もうここまでくるとネグリジェ一枚じゃ足りない気がしてきた。


「流石最近まで現役戦闘員だっただけあるわね。私じゃもうその服入らなくってさ。あっはっは」


 豪快に笑う奥さんに、リュウコはどう帰していいか迷って結局中途半端な笑みを浮かべるに終わった。


「あの、奥さん。やっぱりこのネグリジェ一枚にこんなにしてもらえる価値ないと思うんです。今度何かお返しにきますね」


「あら知らなかったの? このネグリジェは王都の東側に住むお貴族様たちに大人気のいい品なのよ。全然足りてるわ。そんなに気にしなくてもいいのよ。貰える好意は受け取っときなさい。この世の中ピッタリ計算でできてる訳じゃないんだから」


 奥さんがそう言うならと、用意してもらった全ての荷物を受け取り、戦斧に浮遊魔法を、自分の体には重さの軽減魔法をかける。浮いた戦斧のつかに、ドレスを着た貴婦人が馬に乗るように横を向いて座り。いよいよ出発の時だ。


 奥さんは家の外まで見送りに来てくれた。


「じゃあねリュウコちゃん。元気で!」


「いろいろありがとうございました! 落ち着いたら手紙出しますね!」


 リュウコは故郷であるドラゴン迎撃ギルド離島第一支部へ帰るためわずか二週間の結婚生活を送ったこの地を飛び立った。

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