第6話 離婚話③
避難所はリュウコとオリヴァーの家の玄関から見て、左手側にしかない。避難が進めば自然と右手側は無人となった。
今がチャンスだ。
リュウコは未だ氷塊を撒き散らして攻撃をしてくる氷竜に近づき、思いっきりぶん殴った。竜は家から見て右手側の道にすっ飛ぶ。
先ほど家から追い出した時は向かいの家が壊れることや、人がいることを考慮して控えめに殴り飛ばしていたのだ。だかもう人がいない上に、広い道に向かって殴り飛ばすのだから容赦なんていらない。
だいぶダメージが入ったのか氷竜はなかなか起き上がれずにいる。
氷竜が動けずにいるうちに、自分たちの家の中に飛び込み階段を駆け上った。目指すは自室に置いてある戦斧だ。
部屋の扉を蹴り壊すくらいの勢いで開け、戦斧を見ることもなく掴み、窓を開け放って飛び降りた。
その間わずか10秒ほどだが、氷竜はもう動けるようになっていた。
「さっすが中型の竜。回復が早いこと」
まあこれ以上は回復させないけどね、とリュウコは戦斧を振りかぶり何撃も攻撃を叩き込む。首、腹、翼、背中。
竜の鱗は硬い。また、身につけるものだったり、錬金術や薬の材料など様々な使い道がある。だから基本的に鱗を壊さないようにするためと、攻撃でよりダメージを与えるために鱗と鱗との間を狙うのがセオリーである。
だからと言ってそれをやり遂げる竜狩りは多くない。リュウコは氷竜からの攻撃を避けながら、どこを切りつけるにしても鮮やかにそれをやってのけた。それだけの技量があるのだ。
氷竜は鱗の下が切り付けられ体から血が吹き出す。苦しみ悶えながら、自分の体をこんなことにしたリュウコに殺意を向けていた。
氷竜が怒りの咆哮を上げ天を向いた瞬間、首に隙ができた。
後ろに飛び退き距離を作ってから、地面を思い切り蹴って勢いをつけ、遠心力と腕力で竜の首攻撃する。その動きは龍国の剣士が使う「居合い」の動きと似ていた。
氷竜はギャッと声を上げたがまだ首は繋がっている。リュウコ自分に攻撃力増加の援護魔法がかかっていることを計算に入れてしまっていたのだ。
(ちっ、後衛がいないの忘れてた! 攻撃は入る。けど決定打が足りない。このまま耐久戦をするか?)
ここがだだっ広い草原で、大暴れしても人々の生活を壊さずに済む場所であればと何度も思った。それに、ミヤコがいれば強化魔法をかけてもらって一撃なのにとも。後者に関しては絶対に伝えるつもりはないが。
「支援魔法! 攻撃力、身体能力増加! リュウコちゃん、やっちまいな!」
いつもよりは弱いが、魔法が体にかかった感覚がある。
「ありがとうございます! 奥さん!」
さっき入れた一撃もある。これならば耐久戦をしなくても討伐できるだろう。
氷竜はリュウコに向かって氷塊を飛ばす。それを戦斧で捌いて近づく。そして、強化された身体能力で地を蹴り竜の頭上まで跳ぶ。
氷竜はリュウコを目で追って上を向いたがすぐに下を向くことになる。リュウコがかかと落としをしたのだ。
それはモロに直撃し、氷竜は地面に倒れ伏した。あたりはその衝撃で揺れる。
それだけでは終わらせず、リュウコは空中で回転して攻撃の威力を上げ、地面に倒れ伏している氷竜の首に思い切り戦斧を振り下ろした。
その一撃は、すでに入れられていた攻撃の跡とピッタリ重なり、ついに竜の首が落ちた。
周囲の建物を見回してみても、特に目立った外傷はない。あれだけ暴れ回っていた氷竜も、もう生命活動を停止している。竜のような強大な生き物であっても首と胴体がなき別れては、生きてはいられない。鱗を見ると、鱗の傷は少ない。倒れている人も死人も見当たらない。
(これは、割と最善なんじゃない?)
戦斧を担いで自宅へと戻ると、玄関を少し出たところでオリヴァーが腰を抜かしていた。
流石に商人ギルドの所属ではそんなに竜との戦闘を見ることもないから、しょうがないかと思いつつ、リュウコはその情けなさに少し失望していた。
ため息をひとつついて思考を切り替え、オリヴァーに戦斧を持っていない方の手を差し出す。
「ほらオリヴァー。立てないなら手伝います。家は壊されてしまったから、今日は避難所に行くか宿をとりましょう」
リュウコは当社比でかなり優しげな声でオリヴァーに話しかけた。しかし、オリヴァーは怯えながらリュウコの手を振り払った。
「こ、殺さないでくれ!」
「え……」
震える声で、だがはっきりした口調でオリヴァーは言った。
「君がそこまで暴力的な女性だとは思わなかった。……離婚してくれ」
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