第5話 離婚話②

 紅茶はオリヴァーが商人ギルドで仕入れの商談を成立させたもので、とても香りが良いと最近話題になっているものだ。


「うん。美味しいよ。ここに嫁いできた時とは大違いだ」


「そんなこと言わないでくださいよ。オリヴァー。紅茶はいつも入れるのが上手な先輩がいたから任せきりで。本格的に自分で入れたのはここにきてからが初めてなんですから」


 一見すれば穏やかに談笑しているようだが、リュウコはまだ警戒を解いていない。観賞用の美術品だと偽って持ち込んだ戦斧の場所はすでに思い出している。


 オリヴァーはそんなことは露知らず、リュウコが落ち着いたのだと判断して、再び鉱石の話を始めた。


 その直後だった。轟音がして、家の壁が何かに穴を開けられた。オリヴァーとリュウコは防御体制をとったのち、その何かを見ると、それは拳ほどの大きさの氷の塊だと分かった


(この攻撃は、氷竜!)


「オリヴァー! この辺りの巡回は?!」


「も、もう終わっているはずだ! でも誰かが通報しているだろう」


(ここからドラゴン迎撃ギルドまで約10分。さっきの時点で誰かが通報しててこれなら、派遣された竜狩りたちはもう……)


 死んでいるだろう。最悪な予測だが、十分あり得る話だ。


「あなたは避難して!」


「避難するなら君もだ。君はもう竜狩りではない。プロの現場に出て足を引っ張るつもりか!」


「誰も戦わないよりはマシでしょう! 今から通報しても一〇分は誰も来ない。その間に何人の命が失われると思っているの!」


 言い争いをしているうちに、先ほどの氷の塊での攻撃よりももっと派手に壁が壊された。破壊音の先を見るとそこには竜の腹の部分が見えた。


 ここは一階。つまり一階からは腹しか見えないくらい竜は大きということだ。そんなのがここだ大暴れでもしたら、リュウコもオリヴァーもなすすべなく死ぬことになるだろう。


「僕の護衛がいるだろう! ほら、出てきてくれ」


 一応隠れていた護衛がオリヴァーの背後から二人、申し訳なさそうに出てきた。


 リュウコはその顔に見覚えがあった。本部の竜狩りとの合同討伐で見習いとして数年前にいた者たちだ。もう流石に見習いではないとは思うが、それでも今襲ってきている竜を討伐するには力不足であると判断せざるを得ないだろう。


「あなた、中型の竜を支援なしに相手できる者がどれだけ少ないか分かっているの?! 二人とも、竜は私が何とかします。ここでオリヴァーを守りなさい」


「は、はい! リュウコさん。お気をつけて!」


 リュウコは何もせずに死ぬことをよしとしなかった。


 部屋に入ってこようとする竜の腹を殴って家の敷地内から追い出す。


 そして追い出した竜が別の家を襲撃しないよう止めるつもりで外に出た。


 そこは避難する人々の悲鳴と怒号、我先に逃げようとする混乱で満たされていた。氷竜もそれに刺激されてか、より氷塊での攻撃を強める。


 それなのに不思議なことに混乱の中転んで怪我をする人はいても、氷塊による怪我をする人は見当たらなかった。


 辺りを見渡すと、防御結界を張っている人物がいた。お隣の奥さんだ。


「奥さん!」


 リュウコは奥さんに駆け寄った。


「リュウコちゃんかい! アンタも早く逃げな。アタシはこう見えても若い頃は冒険者ギルドの魔法使いだったのさ。結界なんざ張り慣れてる。竜狩りが来るまでくらいならもたせてみせる」


 ミヤコやアヤメに任せっきりで魔法の習熟度がそこまで高くないリュウコは速攻で暴れている氷竜を討伐することでしか住民の命を守れないと思っていた。これしか方法がないとは思っていたが、全員無事に済む確率はかなり低いと予想していた。


 しかし、ここに来て予想外の戦力が登場した。しかも防御魔法が使える元冒険者だ。これで皆を無事に避難させて、氷竜を討伐できる可能性が一気に上がったのだ。


「それならあたしは二週間前くらいまでは現役の竜狩りでしたよ。氷竜の方は任せてください。その代わり、皆の避難をお願いします!」


 

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