第3話 酒とつまみと昔話
リュウコの部屋には、少人数で酒を飲んだりお茶を飲んだりする用の小さなテーブルが一つと椅子が何脚かある。
大体はアヤメとミヤコ、時々支部長が訪ねてきて一緒に時を過ごすのだ。
ミヤコはどこに何があるか把握していて勝手知ったるように、酒とつまみを適当なところに置いて準備を始めた。
テーブルは部屋の真ん中に、椅子はそれを挟むように向かい合わせで置かれた。これは、リュウコの大切な本棚と机の上の積読たちを汚さないような配置だ。
ミヤコは前に一度不注意でリュウコが大切にしていた本を汚して、思いっきり蹴飛ばされて弁償したことを忘れてはいないのだ。
「ほら、準備できたぞ」
「んー、いまいく」
リュウコは眠たい目を擦りながら戸棚の中きらグラスを二つ出してテーブルに置き、ミヤコが準備した椅子の右側に座った。ミヤコは机の上に置いておいた酒とつまみが入ったかごを持ってきて小さなテーブルの真ん中に置いてから左側の椅子に座る。
テーブルに置かれたグラスの一つを手に取り、それに手土産に持参した酒を注ぎ、ボトルをリュウコに手渡す。
リュウコも同じようにして自分のグラスに酒を注いだ。
「こうして飲むのも久しぶりだな」
「そりゃあんた、長期出張の時は別にして平均すれば週に3回くらいきてたからね」
二人はどちらが言い出すでもなく自然と互いのグラスを当てて乾杯をした。
「まさかそんな頻度でこの歳まで飲めるとは思ってなかったよ。小さい頃はお前は竜狩りになるだろうけど、俺はならないだろうって思ってた」
「何で? ミヤコだって十分強かったじゃない。路地裏に竜でも人攫いでも酔っ払いでもしばいてたのはそっちの方が多いし、あたしとタイマン張れるのだってミヤコだけだったでしょ」
「そりゃ髪色の珍しさが原因だろ。実際なりふり構ってられなくて竜と戦う時はいつも俺が後衛でお前が前衛だ」
リュウコとミヤコが二週間会わないことは珍しいことではない。お互い長期出張もあるし、入れ違いで依頼を片付けに行くこともあった。
だがもう基本的に二度と会えなくなるであろうことはなかった。
リュウコが結婚して移住した王都に行くに会いに行くにしても、旦那がいる女性と二人きりで会うこと自体あまり良いことではないし、そもそも職業も関連して旦那もいい顔をしないだろう。
そんなときにまた会えたのだ。いつものように近況報告みたいに軽く話すにはなんだか気恥ずかしくてつい昔話をしてしまった。
それでも酒が入れば口が軽くなる。
久しぶりに好物の酒とつまみにありつけたリュウコの飲むペースはそれはそれは早かった。ミヤコもそれにつられて、本人リュウコも気付けないくらいだが、いつもよりほんの少しだけペースが上がってのだ。
飲み始めて約15分。そこには見た目こそわからないが、テンションが異常に高い酔っ払いが二人出来上がっていた。
「あれ、もうなくなっちゃった」
リュウコはボトルをひっくり返す。しかし酒は出てこない。
「食器棚の下の段、秘蔵の酒」
「なんで知ってんのさ。ま、今日は気分がいい。飲めるだけ飲むぞー!」
さらに15分後。人が見ればわかるくらいの酔っ払いが出来上がっていた。顔は赤く、テンションはもっと高く。この飲み会に今からシラフで巻き込まれた者はそれこそついていけず地獄を見ることになるだろう。
「それでえ? ミヤコあたしに聞きたいことあったんじゃないのぉ?」
リュウコは楽しそうにきゃらきゃらと笑う。そして勝手にミヤコのグラスに酒を注ぐ。
「そりゃあさっき言っただろ。お前の破局ん時の話聞かせろって」
勝手に注がれた酒を飲み干しこれまたミヤコも楽しそうに返事をする。
「聞く聞く、聞いちゃう??」
「こんな面白そうな話、聞かない方がそんだろ。お前路地裏育ちで、メンタルもバカ強くて人並み以上の力があって大体の奴はボコボコにできる。そんな奴が旦那の意思に負けて帰ってきたとか、俺がギルド新聞の記者だったらでっかい記事作るぞ」
「そんなことしてみろ鳩尾に一発じゃ済まさないからな」
「まあまあそんなこと言わずに、記事は作らんから話してみろ。純粋に興味がある」
リュウコは急に酔いが覚めたのか、どすの利いた声で脅した。かと思いきや、すぐに破顔して機嫌良くグラスに入った酒を飲む。
「んー、じゃあ、どこから話そうかなー?」
前言撤回。酔いは覚めてなんかいなかった。ただのテンションの急降下と急上昇だった。
「甘々結婚生活の話は聞く気ないからな。離婚のとこだけにしろよー」
「じゃあ二日前の夜の話中心ね!」
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