第2話 何も変わらない自室
リュウコは自室に戻って正直驚いた。置いていったものが支部を飛び出していったあの日から変わらず残っていたのだ。
読みかけで何冊も開いたままの竜に関する文献。
これから読もうと積んでおいた文献と小説。
服やタンスの位置、飾っておいた貰い物のお土産たち。
何もかもが変わらずそこに在った。
離婚した元旦那は働く女性があまり好きでないようだったから新居に持っていくことを諦めたうえ、結婚が決まった次の日には「パーティーがあるから早く来て」と言われて荷物をまとめる時間もなく、泣く泣く放置していったものがそのままの姿で今目の前にある。
しかも、二週間放置した割にはほこりがたまっていない。きっと部屋の中のものはそのままに、支部の誰かが掃除だけしててくれたのだろう。
商人ギルド本部ギルドマスターの息子に嫁いで、大陸の新居で妻としての役割を果たすからには一生目にすることはできないと思っていた本当の自分の物たちをみて、リュウコは目頭が熱くなった。
あの男と結婚すると決めたのは自分なのに。
住み慣れた離島と一緒に戦い抜いてきた仲間たちと離れると決めたのは自分なのに。
油断すれば涙がこぼれてきてしまいそうだ。
部屋の前で立ち尽くしてから、どれくらいだったかはわからないが、いい加減部屋に入らねばと気づく。きっと同じく支部に住むミヤコや支部長に見られれば不審に思われるだろう。
部屋の中に入り、唯一持ち出せた愛用の戦斧を定位置だった壁に立てかける。
空になった手でタンスを開けてみると、部屋と同じく何も変わっていなかった。雑ではない程度に畳んであるが、ところどころタンスを閉めると少し服がはみ出しそうなところを見ると、ここの部屋主がそれほど几帳面でないことがうかがえる。
その中から自分がいつも着ていた服を取り出して、シャワールームへ向かう。シャワールームに備え付けてある棚の中を見ると、タンスの中身と同じくタオルが残っていた。
シャワーを浴びて、髪の毛を風邪魔法で乾かして、ベッドにダイブしたところで気が抜けた。もうこれ以上リュウコは自分の用事では動けないだろう。
まだ就寝予定時刻まで時間があったから、ベッドに仰向けに寝転び、適当にゴロゴロしている。さて明日は何をしようか。考えようとしても眠気が勝る。
まだ早いがもうこのまま寝てしまおうかと思った時、部屋の扉がノックされた。
「だれー?」
「まだ寝てないだろ? 破局ん時の話、聞かせてくれよ」
扉の前にいるのはミヤコのようだ。
「もう眠いんだけどー」
扉を開けに行くのも面倒臭く、しかも相手はそこまで丁重に相手しなくてもいい奴だから、ベッドの上から気だるげに外に聞こえるくらいの声量で返事した。
「お前の好きな酒とつまみがあるが。どうする」
リュウコが好きな酒とつまみ。それは離島と大陸の離島近くの港でしか売っていないものだ。つまり、何週間ぶりかの好物にありつく機会である。
リュウコは3秒ほど迷ってから、酒とつまみの誘惑に負け「鍵開いてるから勝手に入って」と答えた。
「お前いくらなんでも無防備すぎだろ」
ミヤコが言われた通り扉を開けると、タンクトップと動きやすい素材でできたショートパンツでベッドの上でゴロゴロしてるリュウコがいた。
他人、しかも異性がきているのにそんなのお構いなしである。
「この支部にあたしのことどうこうしようなんて奴いないでしょ。いても素手で勝てる」
「いつか痛い目見るぞ」
「じゃあもっと強くなって痛い目見ないようにする」
「そういう意味じゃなくってなあ・・・・・・」
「それで? 酒とつまみは?」
「ここにあるよちくしょう」
ミヤコは自分が言いたいことがいまいち伝わっていないもどかしさに、思わず悪態をついた。
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