竜とリュウコと擬似終末
大和詩依
第1章 ある竜狩りの帰還
第1話 リュウコの帰還
この世には様々な種類のギルドが存在する。情報ギルド、冒険者ギルド、警備ギルド、輸送ギルド、商人ギルド。何かしら自分の得意分野のギルドに所属し、生計を立てるものがほとんどである。
そんな中、数あるギルドの中でもイカれた奴らが在籍すると言われているギルドがある。
それは、ドラゴン迎撃ギルド。通称「竜狩り」である。
○○○
—ドラゴン迎撃ギルド第一離島支部。受付奥の所属員待機場—
第一離島支部はとても小さい。大きな都市に出ているギルドの建物の4分の1ほどである。メンバーも同じく、都市部にあるギルドに所属する人数とは比べ物にならなくらい少ない。
それゆえに、通常ならば酒場のようになっている受付前のスペースもただの待合室のように椅子が並ぶのみで、ギルドメンバーが待機や仕事をする場も受付の後ろにひっそりと存在する。
受付から見えないような場所に無理やり作った待機場にあるのは、木でできたテーブルに、これまた木でできた椅子。テーブルはともかく椅子は硬く座りにくいが一人を除いて長い所属歴の中で見つけた適当な座りやすい格好で座っている。自作のクッションを持ち込むものもいるくらいだ。
今日は特に依頼もなく、みんなで雑談していた。メンバーはというと支部長に、事務をやっていたいが戦闘員不足で泣く泣く戦っている副支部長のアヤメ、事務員のヤシロ、戦闘員のミヤコ、新人戦闘員のトイの計5名。この支部の現時点での島在住組の全所属員である。
今日の話題は「リュウコ」という女性についてだった。リュウコはこの離島支部で戦闘員をやっていた女性である。
過去形なのは寿退社したからだ。どうやら相手の男は女を守ってあげたいタイプのようで、リュウコはそれに合わせて仕事を辞めたのだ。
「あーあ、僕リュウコさんに憧れてわざわざ大陸から離島支部に来たんですよ〜。それがもういなかっただなんて」
新人戦闘員のトイは机に突っ伏しながら不満を垂れた。
「あの子も結構勢いで辞めてったからね。あと2週間早かったら会えてたかもねぇ」
優雅に紅茶を飲みながら、副支部長のアヤメが言った。
それに続けて古株戦闘員のミヤコはまずい薬草でも噛んだように顔を歪める。
「あいつに憧れるのなんかやめた方がいいぞ。あんな命知らずな戦い方、いつか食い殺される。トイー。お前はそんなふうに育つなよ。自分が人間だってことは忘れるな」
ミヤコは向かいに座っているトイの頭を身を乗り出してわしゃわしゃと撫でた。
「はーい。あ、リュウコさんってめちゃくちゃ強いじゃないですか。まあ、僕もちょっとしか戦っている姿しか見たことがないんですけど・・・・・・よく寿退社止めませんでしたね」
「それはだね、ここにいるメンバーが長くても3ヶ月でここに戻ってくるって予想したからかな」
支部長はこの大陸よりも東にある国「龍国」でとれる珍しい緑色のお茶を、これまたその国の取手のない独特な形をした湯呑みという器からすする。
その時だった扉についている人が来たことを知らせるベルが大きくなった。扉を開けた人物は相当雑に扉を開けたようだ。
「お客さんですかね?」
ヤシロは対応に出ようと立ち上がったが、支部長が手で制した。
「違うよ、彼女が帰ってきたんだ」
そして入ってきた人物は慣れた様子でギルド内を歩き、迷うことなくそこから先はギルドメンバーしか入ることのできない場所の扉を開けた。
待機所に入ってきたのは冒険者の服を着て、夕焼けのような色をした腰まで伸びる髪が目立つ女性だった。
「こんにちはー! 突然ですけど結婚生活無理でした!」
「だろうな」
「でしょうね」
「だろうね」
言い方は様々だが、ほぼ一語一句変わらずタイミングもバッチリだった。
「なのでまたここで働かせてください!」
「大歓迎だよ。まあ3ヶ月以内に戻ってくるっていうのが我々の予想だったから書類とかは後はそっちで埋めてもらうものだけ。武器も置いてったものは手入れもしてある。君の居場所はちゃんと残しておいたよ」
「支部長・・・・・・それ賭けました?」
「もちろん二週間に5万賭けてたミヤコ君の一人勝ちだったよ」
ちなみに、他のメンバーたちは支部長は3か月に1万オーロ、副支部長は1ヶ月に5千オーロ、トイは不参加、ヤシロは三週間に1万オーロかけていた。
「今度の晩御飯はミヤコ君に他の参加者が奢るということで」
「あー! あと2か3で迷ってて長いほうにかけて負けたぁ」
「そもそも人の3歩後ろをついて歩くような従順な女性を望んでる奴と、人の3歩前を走って殴り込みに行く奴が合う道理がないんだよ」
「身に染みたわ。今度はもっと強い奴と結婚する。だって襲われてた人たちがいたから竜ぶった斬っただけなのにさ! 『君がこんなに野蛮な女だと思ってなかった』だって。市民を守るための暴力ですが?」
「結婚観も色々よ。相手に過度に合わせるのが良くないって分かっただけ今回の収穫ね。お帰りなさい。リュウコ」
「ただいま! アヤメさん」
両手を広げて待機しているアヤメの腕の中に、躊躇いなくリュウコは飛びつきに行った。そのままお互い抱きしめ合う。
「今ね、あなたに憧れて大陸からこんな離島まで来ちゃった子がいるのよ」
強く背中を掻き寄せていた右手を外し、こちらに来るように手を振ってトイを呼び寄せた。
リュウコは外されされてしまった手のあたりから人と人が接することで得ることができる温かみが無くなってしまったことを少し寂しく思っていた。
「ほらトイ。自己紹介なさい」
「あ、あのっ、正確には初めましてじゃないですけど、初めまして。新人戦闘員のトイです! あなたに憧れてここまできました! よろしくお願いします!」
リュウコはトイと名乗る少年をどこかで見たことがある気がした。
薬草の国での任務、魔力結晶という名の爆弾まみれの地域での戦闘、王都での竜狩り。その他にもこなしてきた任務は沢山あるが、この中のどれかのような気がする。
子犬みたいな純粋な目をじっと見る。
「……えと」
「……ああ! あの時の興味津々少年だ。本当にここまできたんだね」
いつだっただろうか。たまたま通りがかった大陸の西側一帯に領土を持つ王国の王都。そこのスラムのような場所で助けた少年だった。
そこで戦闘したときからやけにキラキラした目でこちらを見てくるのが面白くて、冗談交じりに勧誘していたのだ。
まさかこんな「ど」が何個ついても足りないような田舎、しかも小規模ギルドに竜狩りになってまで来てくれるとは思ってもいなかったが、リュウコがギルドを離れる前から念願だった新人戦闘員だ。
寂しさを感じていた瞬間とは一転。リュウコのテンションは一気に上がった。
「来てくれてうれしいよ。ここは知っての通り万年人手不足だからね。これからよろしくね。トイ君。それにしても、私に憧れててくれたんだ。なんだかうれしいな。みんな私が戦う姿を見るとどっちが竜だか分からないとか、敵には回したくないとか言ってくるんだもん」
「確かに敵には回したくないな」
馬鹿にするようにリュウコの同僚であるミヤコが口を挟んでくる。
「ミヤコうっさい。あんただって笑い方が胡散臭いって言われてんの知ってんだかんね」
「何だと。どこ情報だそれ!」
「はいはい。いつものことだけど喧嘩は止めなさい」
取っ組み合いになりそうな雰囲気を出していた離島第一支部が誇る主力戦闘員たちの間に、まるで子供のけんかの仲裁をするくらいの軽さで介入して支部長がその場を収める。
「もう終業時間だから、夜番のヤシロ君だけ残ってあとは家に帰ろうか。リュウコもここまで道中長かっただろう。疲れているようだし、今日は早めに休みなさいね」
「はーい」
リュウコは結婚して離島を離れて大陸の西側の王都で暮らしていた。しかし、とある事件があって荷物はおろか洋服の1枚も持ち出せず、持っていた愛用の戦斧だけ持って帰ってきていたのだ。
もちろん貯金も持ち出せなかったから大陸から離島に向けて出ている一日一本の船も使えず、宿をとることもできず、自力で戦斧と自身に魔法をかけて飛んできた。その距離はとても長く、並みの人ではリュウコのように短時間でたどり着くことすら困難なほどだ。
体力も魔力も人並み以上にあるリュウコでもさすがに疲れが見えていたようだ。
支部長の解散の号令にその場にいた皆が従い、離島内に住居を持つ者たちは帰路につき、支部内二階に部屋を持つ者たちは自分の部屋に戻っていった。
にぎやかだった一階はしんとして、夜依頼が来たときに受理して戦闘員と支部長に連絡する役割を持つ、夜番のヤシロが残るのみである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます