第32話 クスリの助け
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残り時間――6時間02分
残りデストラップ――6個
残り生存者――7名
死亡者――3名
重体によるゲーム参加不能者――3名
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参加者にメールが一斉送信された。
『 ゲーム退場者――2名 ヒロト ヒロユキ
残り時間――6時間02分
残りデストラップ――6個
残り生存者――7名
死亡者――3名
重体によるゲーム参加不能者――3名 』
スオウは送られてきたメールの本文に素早く目を走らせた。
「やっぱりさっきの爆発はデストラップだったんだ。あの二人のヤンキーが犠牲になって、どっちかが死んで、どっちかが重体みたいだ」
「わたしたちも次のデストラップに巻き込まれる前に、急いで二階に戻った方がいいんじゃない?」
イツカはすでに車イスを押す体勢になっている。
「うん、きっと瓜生さんもこのメールを読んで、何か新しい考えが浮かんだかもしれないしな。おれたちはすぐに戻ることにしよう」
スオウはそう判断を下した。
――――――――――――――――
瑛斗は薫子の背中にメスを突き付けながら、四階にある産婦人科の診察室に向かった。メスを探していたときに、あらかじめこうなることを予想して、産婦人科の場所も確認しておいたのである。
本当ならば、今すぐにでもこの場で薫子を押し倒して、その大きく膨らんだお腹を見たかったが、せっかく設備の整っている病院にいるのだから、診察室に着くまでは我慢する。
四階の廊下の先に、産婦人科の案内板が見えてきた。
「さあ、そこの産婦人科の診察室に入ろうか」
瑛斗が言うと、薫子が後方に顔だけ振り向けてきた。問うような視線を瑛斗に向ける。
もちろん、瑛斗は無視した。返事の代わりに、薫子の腹部にメスを少しだけ強く押し当てた。薫子の顔が一瞬で恐怖に歪む。
「ほら、そこのドアを開けて、中に入るんだ」
瑛斗は繰り返した。
薫子は観念したのか、ドアに手を伸ばして開け放った。
室内には瑛斗が想像していたものが置いてあった。診察台である。普通の診察台と違って、足を固定して、左右に大きく広げられる機能がついた診察台だ。
飛びつきたくなる衝動を抑えつつ、薫子を診察台の方に押しやる。
薫子がまた振り返った。目の前の光景を見て、何やら頭の中で勝手に想像したみたいで、すっかり怯えてきってしまっている。
「やだ……やめて……やめて……。いや……い、い、いやだから……」
「キミは誤解しているよ。ボクはいかがわしいことなんて、これっぽっちも興味がないんだから。安心していいんだよ」
瑛斗がせっかく優しく言い聞かせたにもかかわらず、薫子はいっかな怖がった表情を変えない。
「いやだよ……いやだよ……」
ついには子供じみた泣き言まで言い出し始める薫子。
「うーん、困ったなあ。話しても分からないみたいだね。こうなったら、実践してみるしかないかな。そうすればキミも、ボクが猥褻なことなどしないと分かってくれるだろうからね」
薫子とは間逆に、弾む気持ちが抑えられない瑛斗は歌うように言った。
「さあ、そこに寝てみて」
「…………」
薫子が頭を左右に大きく振って、全力で否定の意思表示をする。
「ほら、そこに寝て」
「…………」
「そっか。寝てくれないのなら――この場でキミのことをブッ刺すよ」
薫子の顔が絶望色に染まった。今にもその場で昏倒しそうなくらい、顔が蒼ざめる。
「さあ、今度こそ寝てくれるよね」
瑛斗はメスをチラつかせて、薫子を強制的に診察台に寝かせた。
その姿は、まるで冥界に誘う死神のように見えた――。
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暗い視界に少しずつ明るさが戻ってきた。同時に、腹部に激痛が走る。
ゆっくりと右手を伸ばしてみた。指先に感じるべたつく液体。目で見るまでもなく、血であることは分かった。
円城はホール内を見回した。端っこで縮こまっている五十嵐の姿は確認できたが、瑛斗と薫子の姿がどこにも見当たらない。
あの男が連れ出したのか……。
すぐにそう理解した。瑛斗はずっと薫子に対して、興味の視線を向けていた。それをさっきの爆発のタイミングで、行動に移したのだろう。
瑛斗が何を企んでいるのか分からないが、薫子を早急に助けに行かなくてはいけない。それにはまず、この傷ついた体をどうにかするのが先決だった。
円城はズボンの後ろに手を回した。ポケットの中には、危急に陥った際に使おうと思い、用意してきたものが入っている。
氷の刃で貫かれるような猛烈な痛みに耐えながら、それをポケットから引っ張り出した。透明な筒と、尖った針で出来ている道具――注射器である。そしてもうひとつ、小瓶に入った薬剤。
両方とも、正式なルートで手に入れたものではない。いわゆる、闇ルートで入手したものである。
以前は合法的な薬剤を使っていたのだが、もうそれでは体の痛みがとれなくなってしまった。体中にガン細胞が転移してしまったせいだった。
その痛みを消す為に、違法で注射器と麻薬を手に入れた。ガンの痛みに耐え切れなくなって体が動かせなくなったときに使うつもりで、前もって準備しておいたのである。
気力で上半身を起こした。壁に背中を預けて、荒くなった呼吸を整える。
「えっ、えっ? な、な、なに……。生き、生きて……たのか……?」
遠くから見つめていた五十嵐が驚きの声をあげる。
五十嵐には悪いが、返事をする余裕はないので、自分のことを優先させる。
まず最初にゴム紐で腕をきつく縛る。血管が浮き上がってくるまでの間に、注射器で小瓶に入った薬剤を吸い上げる。しっかりと空気抜きをする。そして浮き上がった血管に注射針を刺して、麻薬を注入した。
「ふーっ……」
思わず息が漏れ出た。じょじょに薬剤が体の中を巡っていき、さっきまでの激痛がうそのように消えていく。
「――さあ、待ってろよ。今度はこちらから行くからな」
円城はおもむろに立ち上がった。
「五十嵐さん、あの男はどこに行ったんだ?」
「えっ、あの男って……ああ、瑛斗のこと? あっ、でも、あなたは、さっき刺されたはずじゃ……」
デッドラインの淵ギリギリのところから復活した男のことを、驚愕の表情で見つめる五十嵐。まだ、眼前で起きた奇跡が頭で理解出来ていないらしい。
「私のことはいいから。あの男は薫子さんを一緒に連れて行ったんだろう?」
「あの女の人……そうだ……そう、連れて行った……」
「どこに連れて行ったんだ?」
「えっ、どこって……そんなのぼくには分からないよ……」
「それじゃ、あの男は何か言ってなかったか?」
「そういえば、お医者さんゴッコがしたいとか、そんなこと言ってたような気が……」
「お医者さんゴッコ――なるほど、そういうことか」
円城は瑛斗がずっと薫子のお腹を凝視していたこと思い出して、すぐに瑛斗の行動を把握した。
妊婦のお腹が気になっているならば、連れて行くところは一ヶ所しかない。
だが、そこに行く前に止血だけはしておきたかった。このままでは、瑛斗のもとに行く前に、出血多量で今度こそデッドラインの向こう側に落ちてしまうことになる。
まずは傷口を塞ぐ包帯なりタオルなりを見つけてしっかりと止血する。それが済んだら薫子の救出に向かう。
「私はあの男を追うことにするが、あんたはどうする?」
「ぼ、ぼくは……あの、さっきの地震で、怪我してるし……。それにミネさんを診てないと……」
五十嵐は手で自分の頭を指し示しつつ、視線は横たわるミネに向けた。
「分かった。それじゃ、ここからは別行動だ」
「――円城さん、その体で、本気で行くつもりなんですか?」
「ああ、そのつもりだ」
「どうして?」
「どうして? そうだな、この傷のお返しをしなきゃならないし、それに――」
「それに?」
「自分の命をかけて誰かを救うなんて、人生でそう経験できないだろう?」
円城はそれだけ言うと、腹の傷口を手できつく押さえながらホールを出て行った。
「――命をかけて誰かを救うか……。でも、ぼくには……出来ないよ、そんなことは……」
ホールには重体のミネと、なぜか心にぽっかりと穴が空いてしまった五十嵐だけが取り残されることになった。
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