第31話 本性をあらわす者

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 残り時間――6時間07分  


 残りデストラップ――6個


 残り生存者――9名     

  

 死亡者――2名   


 重体によるゲーム参加不能者――2名



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 三階のリハビリルームにたどりついたスオウたちは、さっそく車イスを探し始めた。


「あった! ほら、言った通りここにあったでしょ!」


 イツカが壁際にきれいに並べられていた車イスを見つけた。


「よし、すぐに二階に戻ろう。瓜生さんが首を長くして待っているだろうから」


 スオウは車イスに手を伸ばした。まさにそのとき、激烈な爆発音が階下でした。


 部屋全体が一度大きく揺れた。そのあとで、床に飛び散っているガラスの破片が小刻みに震える。


「地震……? いや、揺れが続かないってことは――デストラップか……?」


 言ったところで答えが分かるはずもなく、ただ立ち尽くすしかないスオウだった。



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 ガス爆発があったのと同じ二階にいた瓜生は、衝撃で体ごと激しく飛ばされて診察室の壁にぶつかった。


 愛莉はベッドごと壁にぶつかったが、布団がクッションになったおかげか、ベッドから落ちることはなかった。


「また、デストラップだな……」


 用事を頼んだ三人のことが気になったが、今の足の状態で追いかけたら、かえって足手まといになるだろう。


 今はあの三人を信じて、ここで待つしかなかった。


 きっと無事に戻ってきてくれるはずだから。



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 円城が五十嵐に指示を出そうとしたとき、階下から尋常ではない爆音がした。ほぼ同時に、五階のフロアが下から突き上げられるようにして、激しく揺れた。


「な、な、なんだ! また、じ、じ、地震か!」


 五十嵐が悲鳴染みた声で張り上げる。


「いや、これは地震じゃない! 爆発だ!」


 円城はとっさに壁に手を付いて体を支えた。


 幸い揺れは数秒もせずにおさまった。爆発がどの階で起こったのか分からないが、一時間ほど前に起きた地震の揺れに続いて、さらに今の爆発の衝撃が加わったならば、この病棟の強度が心配になってくる。


「五十嵐さん、ここを出る準備を早くしてくれ!」


 円城は五十嵐に指示を出し、次に瑛斗に指示を出そうとして瑛斗の方に目を向けると、瑛斗はすぐそばまで来ていた。


「おっと、びっくりさせるなよ。君にも頼みたいことがある。君は――」


 突然、体に冷たい衝撃が入り込んできた。初めて味わう感覚に、脳の処理能力が追い付かない。


 円城は自分の腹部に目をやった。そこに銀色の見慣れぬ物体が突き刺さっていた。



 わ、わ、私は……さ、さ、刺された……のか……?



 ようやく目の前の状況に、脳の理解が追い付いた。だが、そこで急速に意識が朦朧とし始めた。


 円城の視界がブラックアウトする。


 すぐ近くで誰かの悲鳴が聞こえたが、円城の意識は完全に落ちてしまった。



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 今の今まで隠してきたが、ようやく使うチャンスが巡ってきた。


 一階の診察室で調達した医療用のメス。それをずっとパンツの後ろに隠し持っていたのである。


 本当ならばもっと早くに仕掛けるつもりだったが、勘の鋭い参加者が何人もいて、気付かれる恐れがあったので、絶好のタイミングがくるのをじっと待ち続けていた。


 そのタイミングがまさに今だった。爆発の衝撃で浮き足立っているところを狙ってやった。


 人を刺すのに躊躇いは一切ない。歩くときに足を前に出すのが当たり前のように、メスを当たり前のように円城の腹部に突き刺してやった。


 瑛斗は円城の腹部を突き刺した医療用のメスをゆっくりと引き戻した。自分に寄りかかってくる円城の体を乱暴に押しやり、床の上に転がす。もう瑛斗の興味は円城から次のターゲットに移っていた。


 壁際で目を見開いて瑛斗を凝視している五十嵐。


「おお、お、おい……や、やめ、やめ、やめろよ……」


 腰が抜けたのかその場で座り込んでしまう五十嵐。


「ま、待て……待って、くれよ……。ぼ、ぼ、ぼくは、なにも……してない、だろう……? なあ、よしてくれよ……。お願いだから……」


 瑛斗が近付いていくと、五十嵐は座り込んだままの姿勢で、腰の動きだけを使って必死に後ずさりしていく。


「目撃者はしっかり始末しないと後で困るんだ。『前回』はそこが甘くて、ドジをしてしまったからね」


 瑛斗は過去の失敗を思い返して、今回は完璧に行動するつもりでいた。


「な、なに言ってんだよ……。前回とか、なんのことだか……よく分からないよ……。頼むよ……頼むよ……。ほら、見てくれよ。ぼくは……怪我をしてるんだ……。だから、見逃して……」


 五十嵐が自分の頭を指差す。さきほどの地震の揺れの際に、落下してきたテレビで負傷した箇所である。

 

 むろん、瑛斗にとって五十嵐の怪我など関係なかった。目撃者を消すことが一番大事なのだから。


「なあ……なあ……助けてくれ……助けて……」


「やだあああああああああーーーーーっ!」


 必死に命乞いをする五十嵐の声を掻き消す悲鳴がホールにこだました。窓際で固まっていた薫子が、こらえきれずに声を張り上げたらしい。右手で窓枠を掴んで立ち上がっている。左手はお腹を守るようにしている。


 瑛斗は薫子のお腹に視線を向けた。その瞬間、瑛斗の興味は五十嵐から薫子に移った。正しく言うならば、薫子のお腹に興味が向けられたのである。


「ここから逃げるつもりなのかな? 逃げないでボクと『お医者さんゴッコ』をしようよ。ボクはどうしても『キミ』に聞きたいことがあるんだ」


 瑛斗の頭から五十嵐のことはすっかり消えていた。


「さあ、ボクと一緒に遊びに行こう」


 瑛斗は薫子に近付いていく。身重の薫子が逃げることは、はじめから土台無理だった。


「ほら、捕まえた」


 瑛斗はいとも容易く薫子の手をがっちりと掴んだ。


「や、や、やめて……やめてよ……。い、い、いや……いや……」


「嫌がっても無駄だよ。ボクと一緒に来てもらうから。もしも、逃げようとしたら――」


 右手に握ったメスを薫子の腹部に当てる。


「──このメスでキミのお腹を切り裂くからね」


 瑛斗は深く暗い声で囁くように言った。そして、薫子が逃げ出さないようにメスを腹部に押し当てたまま、ゆっくりとホールを出て行く。

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