第30話 タバコは寿命を縮めます 第五、第六の犠牲者
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残り時間――6時間16分
残りデストラップ――7個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名
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銃を手にしたヒロユキは、下半身がガレキの下敷きになって動けなくなっているヒロトの姿を見つけだした。
「おいおい、ざまーねえ格好だな。起きてねえのか? じゃあ、オレがとっておきのモーニングコールで起こしてやるよ」
ヒロトの下半身が埋まっているであろうガレキに、わざと足で全体重をかける。
「うぐ、ぐ……ぐ……」
ガレキの重みにさらにヒロユキの足の力が加わって、ヒロトの体の痛みが増したらしく、口から呻き声が漏れてくる。
「手も足もでないっていうのは、まさにこういうことを言うんだな」
ヒロユキは勝ち誇ったようにせせら笑う。そして、手にした銃の先を、ゆっくりとヒロトの顔にポイントした。
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三階の廊下で円城とは分かれた。スオウたちは案内図をみて、リハビリルームの場所を確認すると、そちらに向かって歩き出した。
「使える車イスが置いてあればいいけど」
「大丈夫だよ。こんなに大きな病院なんだから」
「イツカは楽天的だよな」
「だって悲観していてもはじまらないでしょ?」
「それもそうだけどさ。でも、まだデストラップだって7個も残ってるんだぜ?」
「そうなったら、スオウくんの出番でしょ」
「えっ、おれ? なんで?」
「だって、さっきデストラップの前兆をちゃんと読み取ってくれたじゃん」
「あれはまぐれだよ」
「でも勘が鋭い人っているでしょ。だから、わたしはそばにスオウ君がいるだけで安心しているんだよ」
凄く遠まわしにイツカから告白をされたみたいで、顔を赤らめて照れてしまうスオウだった。
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五階のホール内は、ミネのか細い呼吸音だけが聞こえる静かな状況であった。円城がホールに入っていくと、ぼんやりとした表情を浮かべて床に座っていた五十嵐がさっと立ち上がって近寄ってきた。
「円城さん、どうしたんですか? あの高校生二人が瓜生さんのところに行くと言って出て行ったんですが……」
「それなら本人に聞いている。あの二人が私たちのいるところに来てくれんだ。そこで話し合って、この病院から出ようという結論になった。それで五階にいる参加者にも連絡しなといけなくなって、私が来たんだ」
「そうだったんですか。それなら良かった」
円城の話を聞いた五十嵐は安心したのか、ほっと肩の力を抜く。
「五十嵐さん以外のほかの参加者の様子はどうかな?」
五十嵐に訊きながら、円城はホール内をぐるっと見回した。
「ミネさんは相変わらずの状態のままですね。薫子さんは地震の直後は恐怖で混乱していたけど、今は逆に落ち着いています」
「それであの男は?」
円城は瑛斗本人には気付かれないように五十嵐に目配せした。
「ああ、彼は最初から変わらず、あのまんまですよ。何か気になることでも?」
「いや、このゲームの参加者の人となりはあるていど把握したが、あの男だけは正体が掴めないままなんで、少し気になっていてね」
円城は瑛斗を観察するように見つめた。
瑛斗は薫子のお腹の辺りにじっと視線を向けている。お腹の赤ちゃんのこと心配しているのか、それとも――。
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誰かの声が聞こえる。始めは遠くから聞こえていた声が、徐々に近くで聞こえてきた。それにともなって意識がはっきりとしてくる。
ゲーム……ゲーム……そうだ、おれは命を懸けたゲームをしていたんだ!
完全に覚醒した。とたんに体に激痛が走りぬける。しかし不思議とその痛みは上半身のみで、下半身に痛みは感じなかった。
「うぐ……ぐ、ぐ、ぐ……」
歯を食いしばっていても、勝手にもれてきてしまう呻き声。
「ようやく起きたみたいだな。ったく、待ちくたびれたぜ」
頭上から声が降ってきた。すぐにその声の主が誰であるか思い出した。
「お前か……」
汗と埃が目に入ってくるせいでよく見えなかったが、自分の親友をナイフで刺した男の顔を忘れるはずがなかった。
「お、お、お前だけは……ぜ、ぜ、絶対に……ゆるさねえからな……」
「その格好でよくそんなことが言えるな。それとも冗談でも言ってるつもりか? だとしたら笑えねえ冗談だな」
ヒロユキが嘲笑する。
「…………」
ヒロトは歯を食いしばりながら辺りにさっと目を向けた。辛うじて、自分の置かれている状況だけは把握することが出来た。胸から下の部分が、あの地震の揺れによって落ちてきた天井の下敷きになっている。かなりの重量らしく、下半身に力をいれてもビクともしない。
そのガレキの上に、鼻血をたらしながら、勝ち誇った顔をしたヒロユキが立っている。右手には銃。その銃口は一直線にヒロトに向けられている。
「ようやく自分の状況を理解したみたいだな。その格好でも、まだほざいていられるのか?」
「お、お、お前こそ……勝ったつもりかよ?」
それだけようやく言い返した。
「この状況じゃ負ける気はしねえよ。オレもガレキの下敷きになったが、簡単に抜け出したぜ。しかも、これを見ろよ! あんだけの地震の後に、この銃を見つけ出したんだぜ! どうやら幸運の女神さまはオレだけに微笑んでくれたみてえだな!」
ヒロユキの野卑な声。その声に重なるようにして――。
電気配線から聞こえるジジジという電流の音。
空気が抜けるようなシューシューという音。
天井の穴に引っかかっていたガレキがときおり落ちる音。
ヒロトは限られた視界の中で、この絶体絶命の状況を打破できる何かを必死に探し始めた。しかし、体の痛みが思考の邪魔をして、なかなか名案が浮かばない。
この電気配線を引っ張って、こいつを感電させることは出来ないか? 天井の穴に引っかかっているガレキを、どうにかしてこいつの頭上に落とせないか?
だが考え付くものはすべて出来そうになかった。
「どうした? 急にダマっちまってよ。なにか名案でも考えてるのか? だとしてら、もう時間切れだぜ」
ヒロユキが銃の引き金に掛かる指に力を入れる。
「お前に撃てるのか? ホールではビビって撃てなかったんじゃないのか?」
ヒロトは時間稼ぎの為に必死に言葉を発していく。
「心配するな。さっきとは違うからな。今はしっかりと撃ってやるよ!」
「…………」
こちらの挑発にのらないヒロユキに対して、ヒロトの方が焦り始めてしまった。
そのとき必死に動かしていた右手に触れるものがあった。いつもズボンの後ろポケットに入れているタバコである。
「――おい、このタバコでも吸って、一回頭を落ち着けたらどうだ?」
ヒロトは体の下から苦労してタバコの箱を引っ張り出した。それをヒロユキに見せ付ける。
ヒロユキの目がタバコの箱に泳いだ。予想通りだった。捕まって護送中の身だったのだから、きっとしばらくの間タバコを吸っていないと踏んだのだ。
「どうした? いらねえのか?」
ヒロトは箱からタバコを一本取り出すと、痛みに顔をしかめながら口にくわえた。
ヒロユキの喉がごくりと大きく動く。
「まさか禁煙中とか言うんじゃねえよな?」
ヒロトはさらにけしかける。タバコの箱からライターをなんとか取り出した。火をつけようとしたとき、箱に書かれている文字が目に入った。慌ててライターのスイッチから指を外す。
「まさか……これって、そういうことなのか……?」
ヒロユキには聞こえない小さな声でつぶやいた。
そういえばさっきからずっと、部屋のどこかで空気が抜けるようなシューシューという音がしている。
「おい、一本よこせよ!」
タバコを我慢出来なかったのか、ヒロユキが声を荒げた。
しかし、ヒロトは返事をするどころではなかった。頭の中にある考えが浮かんでいて、そのことで頭が一杯だったのである。
「おい、一本よこせって言ってんだろう! それともお前を殺してから奪ってもいいんだぜ!」
ヒロユキが怒鳴り声を張り上げた。
「そんなにタバコが欲しいのなら、ほら、箱ごとくれてやるよ!」
タバコの箱をヒロユキの足元に放り投げる。
空気が抜けるような『シューシュー』という音がしている。
ヒロユキは鼻血を流していて、その『ニオイ』に気が付いていない。
ヒロユキがタバコの箱に飛び付いた。すぐに一本取り出して口にくわえる。
「おい、火だよ、火! そのライターをよこせ!」
「その前にタバコの箱をよーく見てみろよ」
「はあ? 何くだらねえこと言ってんだっ!」
ヒロユキはヒロトの意図を理解していない。
タバコの箱には『タバコはあなたの寿命を縮めます』と書かれている!
部屋のどこかで『シューシュー』という気体の音がしている!
ヒロユキはその『ニオイ』にまだ気付いていない!
なあ、ハルマ、どうやらお前にはもう会えそうにないぜ……。最後に一度、お前の顔を見たかったんだけどな……。
脳裏に親友の笑った顔を思い浮かべる。それで踏ん切りが付いた。
「最後にお前にいいことを教えてやるよ。――お前は女神様じゃなくて、死神に好かれたんだよっ!」
ヒロトはライターの着火ボタンを親指で強く押し込んだ。
ガレキの山で覆われていたレストラン内で、凄まじい轟音とともに大爆発が起きた。
部屋中に充満していたガスに引火したのだった!
ヒロユキは炎と爆風の両方を受けて体ごと吹き飛ばされた。
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