第28話 行動に移る者たち
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残り時間――6時間37分
残りデストラップ――8個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名
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地震があったのでエレベーターは危険だろうと判断したスオウたちは、階段を降りて行くことにした。
床の上には天井から落下してきた蛍光灯が散乱している。ドアが倒れている所もある。天井パネルが落ちている箇所もあるが、幸いにして、歩くのに支障が出るほどひどい場所はなかった。
二人とも特に会話はない。している場合ではなかった。
四階を過ぎて三階に着いたとき、スオウは足で何かを踏んづけた。グニャという感触の柔らかい物。
足元に目をやる。運動靴の下で動物のぬいぐるみが無残に潰れていた。
「スオウ君、どうしたの?」
足を止めたスオウのことが気になったのか、イツカが声をかけてきた。
「いや、なんかぬいぐるみを踏んだみたいなんだけど……」
スオウは足元からぬいぐるみを拾った。頭にリボンが付いた可愛らしい見た目の熊のぬいぐるみである。
「なんでこんなところにぬいぐるみが落ちているんだ?」
「ちょっと待って」
イツカが壁に設けられている案内図に目を向ける。
「ああ、分かった。ほら、この階って、小児科があるみたいよ。きっと、小さい子供たちが怖がらないように、どこかに飾ってあったんじゃないかな」
「なるほどね。そういうことか……」
「うん? なんかスオウ君、まだ完全に納得していないように見えるけど?」
「いや、もしかしたら、これもデストラップの前兆かなって思ったんだけど……」
スオウはイツカと手にした熊とを交互に見つめた。
「でも、どう見てもただの熊のぬいぐるみだよな……。さすがにおれの考え過ぎかな……」
ミネのときに前兆を見逃してしまったので、どうしても些細なことが気になってしまう。
「熊から連想されるものなんて限られているからな……」
そこでスオウは不意に童謡『森のクマさん』を思い出した。『森のクマさん』を頭の中で歌ってみる。
「あっ!」
ある歌詞が引っかかった。
「イツカ、童謡『森のクマさん』の中に、『おにげなさい』って歌詞があったよな!」
「うん、あるある! ということは、何かから逃げろっていう意味なのかな?」
イツカが周囲に視線を飛ばす。しかし怪しい人影は見当たらない。
「いや、そうじゃないみたいだな。でも、とりあえず、ここから先は少し慎重に行こう。ただでさえ、あの地震の揺れの後だから、病棟だってどこかが壊れているかかもしれないし――」
そこまで言ったところで、スオウの頭に光が走った。
いや、この熊は関係ないんだ! 童謡も関係ない! 問題なのは熊のぬいぐるみじゃなくて、その状態だったんだ!
熊のぬいぐるみを見付けたとき、ぬいぐるみは足で踏んづけられていて潰れていた。
熊のぬいぐるみは『潰れていた』のだ!
「イツカ、頭上に注意するんだ!」
イツカに向かって叫びながら、スオウも頭上に目を飛ばした。何かが落ちてきて潰される。それがデストラップの正体じゃないかと考えた。
ギジギジギジジジ。
二人はほぼ同時に音の出所に視線を向けた。二人の頭上にあったのは防火シャッターだった。
「逃げろっ!」
「スオウ君、飛んでっ!」
お互いがお互いに声を掛け合い、そして、二人一緒に行動に移った。その場から一瞬でも早く離れられるように、廊下に向かってジャンプしたのである。
二人の背後で、もの凄い勢いで防火シャッターが落ちてきた。ズドンッという重量感のある落下音があがる。
おそらく地震の揺れで安全装置が壊れて、シャッターの降りてくるスピードが調整できなくなってしまったのだろう。あのまま防火シャッターの下にいたら、今頃二人とも熊のぬいぐるみのようにぐにゃりと押し潰されていたにちがいない。
スオウは廊下にベタッと寝転がった。その横にイツカも寝転がる。
「――まさに間一髪ってところだった」
「そうみたいだね……」
二人のスマホが例の音を鳴らす。
『 残り時間――6時間32分
残りデストラップ――7個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名 』
――――――――――――――――
廊下にメール受信を知らせる音が鳴り響く。瓜生はすぐにメールを開いて確認する。
「また、どこかでデストラップが発動したみたいだ」
「退場者が書かれていないということは、デストラップを回避したということか。誰かは分からないが、私たちの分まで頑張ってくれているのなら感謝しないとな」
円城が状況を冷静に読み解く。
「ヒロユキがデストラツプに掛かってくれたらラッキーなんだが、そう都合よくはいかないか。だとしたら、やっぱり自分たちで動くしかないな」
瓜生は怪我をした太ももを手で押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。左足に力を入れると、ズクンッと痛みが走る。やはり普通に歩くのは厳しい感じである。
「ムリはしないほうがいいぞ」
瓜生の痛みをこらえる表情を見抜いて、円城が指摘してきた。
「ああ、それは分かっている。でも、せめてこの子だけでもなんとかしないと」
「やけにその子のことを気にしているな。むろん、変な邪推をしているわけじゃないぞ」
「まあ、いろいろと考えなくてもいいことを考えちまってな……」
「このゲームに参加した事情ってやつが絡んでいるのか?」
「あんたは本当に勘が鋭いな。あんたが仲間で本当に良かったぜ」
「――上手く話を誤魔化したな」
「…………」
瓜生は言葉では答えずに、肩をすくめるポーズを返した。
訳ありの二人がする大人な会話に、第三者の声が突然入ってきた。
「瓜生さーん! 瓜生さーん!」
レストランとは反対側にある、もうひとつの階段付近に、二つの人影が見えた。手を大きく振りながら、こちらにやってくる。
「どうやら私たちの救世主があらわれてくれたみたいだな」
「危険だから来るなって、俺は言っておいたはずなんだけど」
答えながらも、瓜生は強張っていた表情が緩んでくるのを抑えられなかった。今の自分たちには助けが必要だったのだ。
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