第27話 最悪な災厄は続く
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残り時間――6時間49分
残りデストラップ――8個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名
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窓ガラスがすべて無くなった窓から、市内の夜景が一望出来た。しかし、今見えるのは暗闇で塗り潰された世界。所々明かりが点いている箇所もあるにはあったが、その数はまばらだった。
建物の明かりにとって代わって目立つのが、緊急車両と思われる車の赤色灯だった。もっとも、この病院は現在工事中だから、緊急車両が助けに来てくれることはないだろう。
だとしたら、ここは自分達で行動するしかないな。
スオウはそう決めた。その場から立ち上がり、あらためてホールにいるゲーム参加者の様子を確認する。
床にぐったりと横たわるミネ。そのミネを懸命に看病しているイツカ。五十嵐は呆然とした表情を浮かべたまま座り込んでいる。
窓際ではお腹を守るようにして丸まっている薫子の姿がある。その薫子をじっと見つめている瑛斗。たまに背中に手をやり、何かを確かめるような素振りを見せている。
この中で手助けを頼めそうな人間は――。
スオウは当たり前のようにイツカのそばに向かった。
「――イツカ、おれ、今から瓜生さんのところに行ってくるよ」
「えっ? こんなときに?」
イツカが驚いた顔で見返してきた。
「こんなときだからだよ。このままここに居続けるべきかどうか。いや、もっと言うと、このままゲームを続けるべきなのかどうか決めないとならないだろう?」
「それはそうだけど……。でも、瓜生さんは銃を持ったあの男を追っていったわけでしょ? 危険なんじゃ――」
「それは十分に分かっている。でも、ここでじっとしていても、瓜生さんが戻ってくる保障はないから。メールではまだ瓜生さんの情報は流れてきていないから、きっと大丈夫だとは思うけど……」
「だったら、なおさらのこと、ここで待つべきなんじゃない?」
「おれもそれは考えたけど、他にも気になる点があるんだ。この建物自体がいつまでもつのかどうか分からないだろう? なにせ耐震補強の工事をしていた真っ最中の建物なんだから。もしかしたら、さっきの揺れで建物の構造に被害があったかもしれないし……」
「そっか。そういう問題も考えないといけないんだよね……」
イツカは何やら考え込むように俯いた。何度か小さくうなずきながら自分の中で結論を出したのか、やおら顔を上げた。
「だったら、わたしも瓜生さんのところに一緒に行く!」
「…………」
スオウは黙ったままイツカの視線を受け止めた。この話を切り出す際に、もしかしたらイツカのことだから、一緒に付いていくと言うんじゃないかと考えていたのだ。
「イツカなら、きっとそう言ってくれると思ったよ」
スオウは笑顔でうなずき、次に五十嵐の元に向かった。
「五十嵐さん、こんなときですが、ちょっといいですか?」
「あ、ああ……なんだい……」
五十嵐は頭の怪我した部分がまだ傷むのか顔をしかめている。
「おれとイツカは今から瓜生さんのところに行ってきます。これからどうすべきか早急に話し合わないといけないと思うので」
「そうかい……。ぼくは、その、君たちに任せるよ……」
「いいんですか?」
「ああ。正直、今の状況はぼくの想像の範囲を超えてしまっているからね。どうしたらよいかなんて分からないよ。それにここを離れて危険な場所に行く気力もないし……」
おそらく最後の部分が五十嵐の本音なのだろう。
「それで五十嵐さんにひとつお願いがあって、ミネさんと薫子さんのことなんですが――」
「分かった。ふたりのことは任せてくれ。それくらいは出来るから」
「ありがとうございます」
これで懸念事項は解決した。スオウはすぐにイツカの元に戻る。
「ミネさんたちのことは五十嵐さんに頼んできたから。さあ、おれたちは行動に移ろう」
「でも、どこに向かうつもりなの? 瓜生さんの居場所は分かっているの?」
「それなら見当はついているよ。あの逃走犯はエレベーターで二階に向かったから、まずは二階を目指そう」
「二階ね。たしかレストランがあったはず。壁に掛かっている案内図にそう書いてあったから。それにあの男、お腹が減っているとか言ってたでしょ?」
「そんなことまで覚えているのか? やっぱりイツカがいてくれて良かったよ」
スオウはイツカの鋭い観察眼に感服した。
「よし、目指すのは二階のレストランで決まりだな。近くに瓜生さんたちがいればいいけど」
スオウとイツカは五階ホールを出て瓜生を探しに向かった。
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瓜生は自分の足の怪我の治療を始めた。愛莉のときと同様に、傷口にガーゼをあて、その上から包帯を巻いていき、最後にテープでしっかりと固定する。
その場で立ってみた。走ることは無理そうだが、左足を引きずりながら歩くことは、なんとか出来そうな感じである。
「これからどうする? とりあえずこの子は保護出来たが、あの銃を持った男は――」
瓜生の様子を見ていた円城が声をかけてきた。
「それが問題だよな。紫人から送られてくるメールには、まだあの男の名前が出ていないから、生きているってことなんだろうけど」
「この場にあの男が銃を持って現れたら、私たちには勝ち目がないぞ」
「分かっている。だから、俺も必死に頭を回転させているんだけど、空回りしちゃって、これといって案が浮かばないんだよ……」
瓜生はため息混じりに答えた。
重体の女がひとり。
それに病人と思われる男がひとり。
そして正常に歩けない男がひとり。
この状態でどうしろっていうのか。
答えが出ないまま、瓜生の思考は続く。
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どうにかこうにかして、やっとガレキの下から全身這い出した。体中に鈍痛が走るが激痛は感じない。命にかかわるような怪我はないみたいだ。
護送車からの逃走といい、このゲームへの参加といい、そして今回の地震からの命拾いといい、どうやら今夜の自分には幸運の女神様が微笑んでくれているらしい。
ヒロユキはガレキの上に腰を下ろした。すぐにヒロトのことを思い出した。あの男も自分と一緒にあの地震に遭遇している。あの男の確認をしないとならない。
あたりのガレキの山に目をやる。
レストラン内はひどい有様だった。天井からの落下物で、床は見える箇所がないくらいに覆われてしまっている。天井の蛍光灯は全滅。明かりは壁にある非常灯が何箇所か点いているくらいである。
目に見える範囲にヒロトの姿はない。おそらくまだガレキの下にいるのだろう。もちろん、わざわざヒロトを探し出して助ける気などさらさらないが。
鼻がむずむずとした。手で触れると、べったりとした液体の感触。
鼻血だ。
何か拭くものはないかと、再度ガレキの山に目を向けた。
「おい、マジかよ――」
思わず大きな声が口をついて出た。視線の先に思いもよらぬものを見つけたのだ。
起き上がって、乏しい光の中、それに近付いた。
半分以上ガレキに埋まってしまっているテーブルの下に、それはあった。埃をかぶっていて、本来の黒色が隠れてしまっているが、それは間違いなく――。
ニューナンブM60。
「へへ、これさえあれば無敵だぜ。やっぱり、今夜は幸運の女神様が微笑んでくれているみたいだな」
テーブルの下から銃を拾い上げたヒロユキが不敵な笑みを浮かべて、ひとり悦に入っていると、小さな人のうめき声が聞こえてきた。
「こういうのを飛んで火にいる夏の虫っていうのかもしれねえな。いや、飛んで銃に撃たれる夏の虫だな」
ヒロユキは銃を構えながら、うめき声の聞こえるポイントに近付いていった。
――――――――――――――――
ヒロトはまだガレキの下にいた。その意識は混濁していた。
不意に親友の顔が脳裏に浮かぶ。ハルマとヤンチャしていた頃の様々な記憶が、ランダムに思い返される。
あの頃は楽しかったよなあ。
記憶がまた飛ぶ。ゲームに参加するきっかけになったコンビニでの傷害事件。
あのとき待ち合わせに遅刻さえしなければ……。
記憶がまた飛ぶ。銃を構える男と、人質になった女。そして、男の正体。
そうだ……。思い出した……。おれは、まだここで……力尽きるわけには……いかないんだ……。
全身に力を込める。上半身には感覚があったが、なぜか下半身の感覚がない。
どうしてだ?
そこで地震が起きたことを思い出した。ヒロユキと対峙していたまさにそのとき、天井が落ちてきたのだ。
そうか、オレは天井の下敷きになったんだ!
そこまで思い出したところで、意識がフッと飛んでしまった。ヒロトは再び意識を失った。
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