第26話 崩れる病棟
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残り時間――6時間56分
残りデストラップ――9個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名
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床が揺れ、壁が揺れ、天井が揺れ、病院全体が悲鳴をあげるように震動する。スオウはイツカのそばに行きたかったが、体を動かす余裕すらなかった。
「やだ……やだ……や、や、やめて……やめてよ……」
薫子の悲鳴が途切れ途切れに聞こえる。
蛍光灯が床に落下し、パンッという破裂音があがった。さらにグラついていたテレビが、まるでスローモーションの映像を見ているかのようにゆっくりと落下しく。ちょうどその下に五十嵐の姿があった。
「うぐわっ!」
五十嵐が悲鳴をあげる。どこかを強打したのかもしれないが、暗くて様子が分からない。
とにかく、この揺れがおさまるのを待つしかなかった。動くのはそれからだ。
スオウは腹ばいの姿勢のまま、じっと耐え続けた。
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ヒロトはイスでヒロユキに殴りかかった。
イケる。
そう思ったが、イスの背はヒロユキの顔をわずかにかすめて、床をガツンと叩いていた。地震の揺れで、目測を誤ってしまったのだ。
「ハズレだぜ!」
ヒロユキがニタリと嫌な笑いを浮かべた。握り締めた右拳を、ヒロトのがら空きになったわき腹に向けて飛ばす。
ヒロトのわき腹にヒロユキの拳がめり込む。
「ぐうっ」
ヒロトの口から声が漏れ出た。
地震の揺れがさらに激しさを増していく。もはやケンカどころの状況ではない。
「トドメをさしてやるぜっ!」
この期に及んでもなおケンカを止めようとしないヒロユキが、猛然と突っ掛かってきた。
立っているのもやっとの状態だったヒロトは、ヒロユキに体を掴まれてしまった。そのまま、二人はもつれるようにして床に倒れこんだ。
様々な物が破壊される音が聞こえてくる中、二人の体の上に、ひときわ大きな物体が降ってきた。
三階の天井が抜け落ちて、二人の体を直撃したのだ。
――――――――――――――――
瓜生は愛莉を体の下で守りながら、揺れがおさまるのを待ち続けた。
震度5……いや、もしかしたらそれ以上か……。
職業柄、こんな状況でもついそんなことを考えてしまう。
天井の照明はとっくに消えていた。非常灯が点いているが、あたり一面埃が舞っているせいか、視界が利かなかった。
すぐ近くでガラスが割れる音がした。ほぼ同時に左太ももに鋭い痛みが走った。
「…………!」
瓜生はグッと奥歯を噛みしめて堪えた。
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何十秒か後、ようやく揺れがおさまった。スオウは恐る恐る立ち上がった。
非常灯の明かりの下、ホールの姿は一変していた。
窓ガラスは窓枠を残して、すべて砕け散っている。イスはすべて倒れており、テーブルは壁際でひとまとめになっている。地震によって一度落ちた電源が復旧したのか、点いている蛍光灯もあったが、大半の蛍光灯は落下していて、明かりはまばらたった。
イツカは……?
イツカの姿を急いで探す。テーブルの下に埋まるようにして、イツカとミネの姿があった。
「イツカ! イツカ! 大丈夫か!」
スオウはテーブルを乱暴に脇にどかして、二人を助け出した。
ミネは呼吸は荒いままだったが、目立った傷はなかった。一方、イツカは額のあたりに擦って出来たような傷があった。
「ああ、スオウ君……助けてくれたんだ……」
額を押さえながらイツカがスオウを見上げる。
「おれはテーブルをどかしただけだよ」
「それでも助けてくれたことにかわりはないでしょ、ありがとう。――そうだ! ミネさんは?」
「大丈夫だよ。ミネさんは怪我はしてないみたいだから」
「そう、良かった。――それで他の人は?」
「そうだった。五十嵐さんだ!」
イツカのことばかり気になっていて、テレビの落下の直撃を受けたらしい五十嵐のことを忘れていた。床に転がっているテレビに目をやる。倒れたテレビの下から、小さなうめき声が聞こえる。
「五十嵐さん! 大丈夫ですか!」
スオウは倒れたテレビの元に走った。
「今、このテレビをどかしますから!」
薄型テレビだったので、簡単に持ち上げられた。そのまま脇に動かす。
五十嵐の頭部が見えた。こめかみの辺りに出血があった。軽く五十嵐の肩を擦りながら声をかける。
「五十嵐さん、五十嵐さん、五十嵐さん――」
三度目の呼びかけに、五十嵐が反応した。
「う、う、うーん……」
五十嵐が目をしばたたかせる。
「良かった。意識はあるみたいですね。五十嵐さん、起き上がれますか?」
「ああ……ちょっと待ってくれ……」
五十嵐がゆっくりと上半身だけ起こした。
「どこか痛むところはありますか?」
「そうだな……ここが、ちょっと……」
手を伸ばしたのは出血している箇所である。
「分かりました。ここを手で強く押さえておいて下さい」
スオウはポケットからハンカチを取り出すと、出血している箇所にあてた。
「ああ、分かったよ」
五十嵐がハンカチを自分の手で押さえる。
とりあえず五十嵐は大丈夫のようである。あと残っているのは薫子と瑛斗の二人だ。
二人の姿は窓際にあった。お腹を中心にして体を丸めた薫子。その薫子の体を守るように、手足を大きく広げて薫子に覆いかぶさっている瑛斗。
ひょっとして、あいつが薫子さんのことを守ったのか?
今までの瑛斗の行動からは考えられなかったので、スオウは驚いてしまった。しかも瑛斗は窓ガラスの破片を浴びたらしく、左手の前腕から出血をしていた。
「おい、大丈夫なのか?」
「…………」
瑛斗がスオウの方に顔を向ける。それから何も言わずに薫子から離れていく。その間、視線は薫子の腹部に向けられたままであった。
その様子がなんとも不気味に見えた。もっとも、瑛斗が薫子を守ったことは確かなので、今はこれ以上質問するのはやめにした。
とりあえず、これでホールにいる全員の無事は確認出来た。
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地震の揺れがおさまった。レストランにいた二人は、落ちてきた天井パネルの下敷きになっていた。
さらにその上には、穴の開いた天井から落ちてきたのであろう医療器具が、山のように積み重なっていた。中には数十キロはありそうな巨大な器具も混じっている。
電気配線から聞こえるジジジという電流の音。
空気が抜けるようなシューシューという音。
天井の穴に引っかかっていたガレキがときおり落ちる音。
しばらくすると、ガレキの下から低いうめき声が聞こえてきた。ガゴリガゴリという歪な音も聞こえてきた。何者かが重いガレキの下で必死に這いずろうとしているのだ。
「くそくそくそくそくそくそ………………」
まるで誰かに対する呪詛のような声が、ガレキの下から聞こえてきた。少なくともひとりは、この壊滅的な状況下で意識を取り戻したのである。
――――――――――――――――
揺れがおさまるのを待って、瓜生が最初にしたのは愛莉の体の状態の確認だった。浅い呼吸を繰り返す愛莉の顔色は、さっきよりもさらに蒼白くなっている。早く病院に連れて行かないとマズイ状態だ。
次に瓜生は自分の足に目をやった。左太ももがザックリと抉られたように切れている。出血量こそ少なかったが、ジンジンとした痛みが絶え間なく続いている。普段通りの動きはとてもじゃないが出来そうにない。
「ゴ、ゴッ、ゴボ、ゴボボ……」
病人特有の咳き込む音が聞こえた。壁にもたれた円城が苦しそうに咳き込んでいる。
「おい……そっちは大丈夫なのか……?」
「ゴホッ、ゴブッ……ゴボ……ああ……大丈夫、だ……」
「大丈夫にはとても見えないけどな……」
「それは……ゴボッゴホ……お互い様、だろう……」
円城が苦しげな表情のまま、口元に笑みを浮かべる。
「ああ、それもそうだな……」
瓜生も足の痛みに耐えながら苦笑を浮かべた。
そのとき、参加者にメールが送信されてきた。
『 残り時間――6時間50分
残りデストラップ――8個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名 』
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