第二部 死闘

第25話 震える病棟

 ――――――――――――――――



 残り時間――7時間03分  


 残りデストラップ――9個


 残り生存者――9名     

  

 死亡者――2名   


 重体によるゲーム参加不能者――2名



 ――――――――――――――――



 愛莉の退場メールを読み終えたスオウがスマホをポケットに仕舞おうとしたとき、聞き慣れない音がスマホから鳴り響いてきた。慌ててスマホの画面に目を戻す。



『緊急地震速報』



「えっ、なんだよこれ? 冗談だろう? それとも――まさか本物のメールなのか!」


 スオウはすぐさまイツカの姿を目で探した。イツカは横たわるミネが心配なのか、スマホを見ておらず、ミネの看病に集中している。


「イツカ! 早く身を守るんだ!」


「えっ? どうしたの? そんなに大きな声を出して……」


「緊急地震速報だよ! 地震だ! すぐに地震が来るんだよ!」


「えっ? 地震? わ、わ、分かった、スオウ君!」


 イツカの返事を最後まで聞く前に、次に薫子の姿を探す。


 薫子はお腹を押さえて、その場で丸まるような体勢をとっていた。その脇には瑛斗が突っ立ており、薫子のお腹の辺りを注視している。


「揺れが始まる前に、早く身を守る姿勢をとるんだ!」


 瑛斗がぼんやりとした表情でスオウのことを見返してくる。地震のことを気にする素振りも見せない。


「くそっ、もう勝手にしろっ!」


 スオウは吐き捨てた。


「お、お、おい……。ま、ま、まさか……こ、こ、これも……デストラップなのか――」


 声をあげたのは五十嵐だった。すでにその声は恐怖のせいか震えている。


「五十嵐さん、冷静になって!」


 そのとき、ホール全体が激しく揺れだした。スオウはとっさにその場で腹ばいになると、両手を後頭部にまわして、揺れから身を守る体勢に入った。


 

 アカネ……。



 脳裏に浮かんだのは、病院にいるはずの妹の顔だった。



 ――――――――――――――――



 ヒロトは手にしたイスを振り上げて、ヒロユキに殴りかかろうとした。


 最初に顔を狙う。それを手でカバーされたら、がら空きになっている腹部に蹴りをぶち込む。ヒロユキが倒れこんだら、すかさずマウントをとって、ヒロユキの顔面に拳の雨を降らす。それで終わりだ。


 頭の中で考えた戦い方を実践すべく、一歩足を踏み込もうとしたとき、スマホが耳障りな音を上げた。


 いつも通りのケンカならば無視しているところだが、今はゲームの途中であることを思い出した。視界にヒロユキを捉えながら、スマホを手に取り、その画面にチラッと視線を向ける。



『緊急地震速報』



 目の前に親友の仇がいることを忘れてしまうぐらい、一瞬呆然となってしまった。


 

 この状況下でマジかよ――。



 ヒロトはヒロユキの顔に目を戻した。


「どうした? 顔が青褪めてるぜ? 急にブルったのかよ」


 ヒロユキはイスで殴られたことで精神が高ぶっているのか、スマホの音など一切気にしていないようだ。


「今の状況を理解出来ないとは、なんともオメデタイ奴だな」


「なんだとっ!」


 ヒロユキが半歩、ジリっと踏み込んでくる。


「へへ、これで傷害罪がまたひとつ増えちまうかもしれねえな」


「勝手に言ってやがれっ!」


 ここまできたら、もう後には引けそうにない。この場で決着を付けるまでだ。


 ヒロトはイスの足を強く握りなおした。


 そのとき、レストランが激しく揺れだした。いや、そうではない。病棟自体が激しく揺れだしたのだった。



 ――――――――――――――――



 廊下で愛莉を救助した瓜生は、すぐさま愛莉のケガの状態を調べ始めた。廊下に出来た血の池の大きさからいっても、深い傷であることは容易に想像できる。


 愛莉が着ているTシャツの右のわき腹辺りが、真っ赤に染まっている。そこ以外はとくに目立った箇所はない。


 瓜生はTシャツの裾を慎重に捲っていった。元は白かったであろう肌に、赤い血がべったりと付いている。


 すぐに傷口が露わになった。見た目には小さな傷だったが、その出血量を見れば、どれだけ酷いのかは言うまでもない。


「それって、銃で出来た傷なのか……?」


 円城が瓜生の背後から愛莉の状態を覗き込む。


「ああ、多分、撃たれて出来た傷だ」


「紫人から送られてきたメールでは、死亡ではなく重体とあったが――」


「即死は免れたが、この出血量からして、このままではいずれ……」


「そうか……」


 二人の間に沈痛な時間が数秒流れていく。


「とにかく、止血だけでもしておかないとな」


 瓜生は背負っていたデイパックを廊下に下ろした。中から包帯とガーゼ、それに包帯をとめるサージカルテープを取り出す。


「随分と用意周到なんだな。――なあ、あんた、いったい何者なんだ?」


 円城が何かを探るような視線で瓜生を見つめる。


「白衣の天使って言えば、納得してくれるのか?」


 瓜生は愛莉の傷口にガーゼをあてがい、その上から包帯を何重にも巻いていく。傷口がわき腹にあたるので、ちょうどさらしを巻いたような感じになった。


「それは冗談がキツイな。少なくとも天使には見えないぜ」


「ははは、そりゃそうだ――」


 瓜生は軽く笑ってから、一変、真剣な表情を作ると、さらに言葉を続けた。


「オレは他の参加者とは異なる、ある『特別な事情』があって、このゲームに参加しているんだよ。それで準備は万端に整えてきたってわけさ。それ以上の詳しいことは今は勘弁してくれ。まあ、深い話をしていられるような状況でもないしな」


「分かった。今はこの子の治療に集中しよう。――それで、私に何か出来ることはあるか?」


「ここの包帯の部分を押さえてくれ。テープで頑丈に包帯を止めて止血してみる」


 瓜生の指示を受けて、円城が包帯を押さえる。瓜生はサージカルテープで包帯をしっかりと固定していく。


 しかし、包帯の表面にすぐにうっすらと血が滲んでくる。止血が追い付かないくらいひどい出血状態なのだ。


「あとはこの子の体力しだいだな。若いからなんとかもって欲しいが――」


 怪我の処置を終えた瓜生がほっと息をついた瞬間、二人のスマホが同時に鳴り響いた。


 他の参加者に比べて人生経験が多い二人は、即座にその音が緊急地震速報を知らせる音だと理解した。


「まじかよっ!」


 瓜生はすぐに行動した。落下物が直撃しないように、愛莉の上に覆いかぶさる。


「これもデストラップなのか?」


 円城は壁に背を預けてしゃがみこみ、身を守る体勢を整える。



 次の瞬間──廊下が激しく揺れだした。



 直線で出来ているはずの廊下が、左右に大きくうねる。窓ガラスが次々に割れていく。


 瓜生と円城は成す術もなく、ただただ揺れに身を任せるしかなかった。

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