三 決裂

「行ってらっしゃいませ。父上」

 自宅の玄関で、私は道場へ行く父上を三つ指ついて見送った。

「うむ。今日もおとなしくしておれ、風之助」

 父上は吐き捨てるように言って、玄関を出る。



 話は先日に戻る。私を叩いた後父上は、

「旅の用心棒など浪人ろうにんと同じだ! あの豊五郎とかいう者と、そのようなくわだてをしておったのか!」

 と、道場いっぱいに声を張り上げた。私も口を開き、

「しかし父上、私は武者修行のために――」

 と言い返そうとするも、

「口答えするな! お前には罰として五日間の自宅謹慎を命じる!」

 と、父上から再度怒鳴られ、「……はい」と応じるしかできなかった。



 自宅謹慎中の一日の過ごしかたは、このような感じだ。

 まず朝。母上や使用人たちが棒手振りから食材を買って調理し、できた朝食を私は父上とともに囲む。白米に味噌汁、それに豆腐や漬物だ。

 朝食後、道場へ行く父上を見送ってから、私は学問の本を読む。

 それから昼頃になると、昼食にする。朝と同じような一汁一菜いちじゅういっさいの献立だが、白米は朝にまとめて炊いたものの残りで、冷や飯だ。

 その後夕方まで私はまた読書して時間を潰し、日が暮れる頃に夕食を取る。やはり昼のような、冷や飯と一汁一菜の献立。

 そして夜は、暗くなったら行燈あんどんの灯を消してすぐに眠った。



 自宅謹慎開始から二日目に、予想通りの来客があった。

 午前に読書していると、私に用がある者が来たと使用人に告げられる。それを聞いて玄関に出ると、

「おい風之助! 親父さんから聞いたぞ! 自宅謹慎ってどういうことだ!」

 と、豊五郎がまくしたててきた。それに私は、

「どうもこうもありません。父上から聞いたと思いますが、旅に出ることを企てていた罰です。父上に命じられた以上、仕方がありません。私は旅になど出ず、ずっと永江に居続けるべきなのです」

 と答える。豊五郎は歯ぎしりして、

「俺もさ……。旅に出ようとしてることを親父に話したら、商売の計画が甘いって叱られたんだよな」

 と言った。だが続けて彼は、

「けど、俺は親父の反対くらいで諦めないぞ。だから風之助! お前も諦めんなよ!」

 と言いながら、懐から取り出した包みを私に押し付けてきた。私はそれを受け取りつつも、

「さっき言った通りです。父上に命じられた以上、私は永江に居続けます」

 と、同じ答えを返すしかできなかった。

 そのままでは押し問答になりそうな気配を察したのか、豊五郎は、

「そうかよ! じゃあ俺一人でも旅に出てやる! じゃあな!」

 と話を切り上げて、立ち去った。

「…………」

 私は思わず、彼が渡してきた包みを握りしめていた。



 それから四日後。謹慎が解けて、私は稽古に戻る。

 木刀と木刀が打ち合うかんかんという甲高い音や、「えい!」「やっ!」という掛け声が道場に響くが、

「…………」

 その中を見渡しても、豊五郎の姿はなかった。

「これでよかった……」

 私は思ったことを――いや、思おうとしていることを、ぽろりと口に出して、

「風之助殿?」

 打ちかかってこようとする稽古相手から声を掛けられ、慌てて我に返る。それから気を取り直し、稽古に戻った。



 その日の夕方。稽古を終えた後、私は家で自室に戻る。

 それから、先日豊五郎が渡してきた包み――父上から隠して、ずっと持っていたのだ――を開いた。

 その中には、まんじゅうが入っている。それを、私はかじった。

 口の中に、ほんのりと甘みが広がる。同時に――塩辛い涙が、頬を伝った。



 私は、改めて決意した。やはり、豊五郎と一緒に旅に出る、と。



 翌日。私は早朝からこっそり自宅を抜け出した。豊五郎の家に向かうためだ。

「確かここか……」

 と、以前に教えてもらっていた豊五郎の家の場所に、私は辿り着く。塀に囲まれた、立派な門構えの屋敷だ。

 私がちょうど来ると――誰か怪しい人物が、塀越しに手紙らしきものを投げ入れて走り去るところだった。少しして、塀の中から悲鳴が上がる。

 私が正門の前に来ると、その向こうの玄関で、

「だ、旦那様……! 坊ちゃんが……! 坊ちゃんが……!」

 と、使用人らしき人が騒いでいて、玄関に出てきた、豊五郎とよく似た顔の「旦那様」――彼の御父上だろう――も、顔面蒼白そうはくになって震えていた。

 私は失礼を承知で門の中に踏み入って、「どうしたのですか?」と事情を尋ねる。豊五郎の御父上に「だ、誰だ?」と聞かれ、「豊五郎の――稽古仲間です」と答えると、

「ぼ、坊ちゃんのお知り合いですか? ……これを見てください!」

 と言って使用人が、持っていた手紙を見せてきた。そこには「息子の身柄を預かった。助けたければ身代金を払え」という旨の脅迫文が書かれている。

「豊五郎め、昨日姿を消したと思ったら……人さらいに捕まっていたとは!」

 と、豊五郎の御父上は震え声で心配していた。

 私は、いつぞやと同じように、豊五郎が一人で旅に出ようとして捕まったことにため息をついてから、

「私に、豊五郎を助けさせてもらえませんか?」

 と言いながら、腰の刀を、豊五郎の御父上たちに見せた。

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