第108話  片翼の堕天使

「……まさか、死の風鎖連撃デ・ストリームを撃って殺しそこねるとは思いませんでしたよ」


バロンは表情にこそださないが、自らの決め技で俺を殺しそこねたことがショックだったと見てとれる。


――ざまあみろ……なんて態度はできない。

完全に防いだとか、避けたとか、そういうわけではないからな。


死んではいない。……俺はそれが幸運に感じるだけだった。


「し、神邏くん!?」


ルミアが少し涙を浮かべ叫んだ。

……心配かけたかな。ごめん。


ルミアは俺にかけより、回復魔術を試みる。

気持ちは嬉しい。だが、焼け石に水かもしれない。


――俺の体は多くの風の槍で貫かれ、致死量と思えるほどの大出血をしていた。


服は全身血まみれで真っ赤に姿を変え、頭部も緑色の髪が染めたかのように赤くなっている。


五体満足なだけ良かった。そんなレベルだった。


両手足は刺さってる槍を抜けば穴だらけになっていることだろう。抜いたら血がさらに吹き出し、出血多量で死ぬかもな。


顔にくらわなかったのは幸いだった。目がやられたらまずいってのもあるが、ルミアは俺の顔が好きみたいだし……嫌われたくないからな。


俺の死にかけの姿を見て、うろたえていたのはルミアだけでなく、この場にいる全員がそうだった。


特にヒカリ先生は……


「神くんになにしてんのよ!!」


雷を全身に放ち、怒りを表す先生。

雷撃は、先生を捕らえていた風の鎖を弾き飛ばす。


――そうか。先生は俺と同じ四聖獣の白虎。喜怒哀楽の爆発で、力を高める事が出来るわけか。


先生は武器聖霊スピリットウエポン白虎天鉤爪ウエストクロウで捕らえられていた周防さんと燕さんの鎖を切り裂き二人を救出。


「わ、悪いな西」

「助かったぜ……」

「礼なんていい!!それよりも早くあいつを神くんから遠ざけないと!」


すぐさま先生はバロンに向かっていく。二人もその後につづく。


「バロン!!」


先生の超高速の一撃がバロンを襲う。

――しかし、奴は目線すら合わせずに、竜巻を引き起こしその一撃をガード。

強大な風圧にさらされ爪がバロンに届かないばかりか、先生は弾き飛ばされる。


つづく二人も攻撃に動くものの、やはり結果は同じ。


そんな三人に目線を合わせないまま、バロンはため息。


「邪魔、しないでもらえますかねえ!貴殿達三人より、あの朱雀を始末するほうが最重要なんですよ!」

「神くんを評価してくれるのは嬉しいけど、ワタシも四聖獣白虎よ?少しは優先して殺しにかかったほうが身のためじゃない?」


先生……囮にでもなるつもりなのかな?

自分を狙えと言ってるようにしか聞こえない。

……先生、無茶だ……


――だが、バロンの反応は……


「そんなことは百も承知。それでも優先順位は朱雀です」

「やけにこだわるじゃない。あの子の才能にビビってるの?天下の帝王軍さん?」


クスクスと、奴の神経を逆撫でするかのように笑って、挑発するヒカリ先生。贔屓目だが、個人的にはかわいいとしか思えないが。


対するバロンは……


「そうですねえ……少なくとも貴殿達無能連中よりは怖い存在ですねえ」

「んだとごらあ!!」


燕さんが激昂。……逆にこっちが挑発にのってしまっている。


「天下の天界四将軍のおれさまが無能だと!?」

「おっさん!あんたのほうがキレてどうすんのよ!」


ヒカリ先生は呆れていた。


燕さんはなかなか熱いというか、単純な人みたいだな……

北山の師匠らしいが、なんか似てるな。似た者師弟だったわけか。


「くふふ。天下の四将軍ねえ……我々帝王軍はそんな連中、別段警戒などしてないのですよ」

「なにを!?」

「今の天界軍など、帝王六騎衆にとっては造作もない相手。と、考えれば将来的に危険分子となりうる四聖獣を優先するのは当然。その中では一番朱雀が危険ですからね」


……やけに警戒するな。前の戦闘で、奴に傷をつけたからか?

※78話参照。


さすがに四将軍の方々に、昔すごかったって話の周防さんに比べれば俺など路傍の石だろうに……


いや、警戒してるのは俺というより朱雀の力か。


「そうだな!シンは将来的にオレ達天界の切り札になる。それは間違いない!」


周防さんはバロンの意見に同意した。


「だからこそ、ここでお前さんに倒されるわけにはいかねえんだ。シン!」


視線はバロンのまま、俺に呼びかけた。


「ここは逃げろ!オレ達が足止めするから!」


――!?


「おっさんの言う通りね。神くん、ここはワタシ達に任せて」


ヒカリ先生まで……

また、逃げろと?


……ただ逃げるだけならかまわない。だが、今回は前と違い三人を犠牲にしてでも逃亡しろと言ってるように聞こえる。


そんな事はできない。

また、目の前で人が死ぬ。助ける事も出来ずに?

そんなのはゴメンだ……

※74と75話参照。


「神邏くん。お言葉に甘えましょう」


ルミアが回復の手を止めずに、俺を説得しだした。

……彼女の手は震えてる。

怖いのか、俺が心配なのかはわからないが……


「見捨てる事が出来ないのはわかります。でも、私はここの全員が犠牲になってでも、神邏くんには生きていてほしいんです」


上目遣いで、少し涙ぐんだ綺麗な瞳。その視線に見つめられ、俺は……何も言えなくなる。


ルミアの気持ちはとても嬉しい。

俺も別に死にたいわけじゃない。

――当然怖い。

できれば逃げ出したい気持ちもある。


少なくとも、ルミアとミラを連れて逃げる事はできる。

……ルミアを逃がす事、それは最重要な事。


それに今の俺は傷だらけ、魔力もない。いるだけ邪魔だ。


ならヒカリ先生の意思を汲むべきかもしれない。


……なら犠牲にするのか?俺のために先生を?


……そんなこと……

できるものか!


先生を見捨てるなんて事をすれば……俺は俺を許せなくなる……


【怒】


「神邏くん……お願いします……逃げて……」


ルミアは俺に抱きついてくる。

……嬉しい。その気持ちに嘘はない。


【嬉】


「ルミ……」

「……なんです?」

「なぜかはわからないけど、ルミの気持ちのおかげか、なんとかなりそうな気がしてきた」

「何言ってるんですか……えっ!?」


ルミアは俺の体の異変に気づく。

俺に刺さっていた風の槍はいつの間にか消え去っている。

ならば、そこには貫かれた穴が大量に見えているはず……なのだが。


「傷が……塞がってる!?」


……やはりそうか。少し血の流れが止まった気がしてた。

朱雀の能力、超速再生の賜物だな。

※47話参照。


「……いくらなんでも早すぎませんか?いくら朱雀の自己回復能力が高いからって……」

「とはいえ、完璧に治ったわけじゃない」

「いや、それにしても異常な速度ですよ!?致命傷に近かったはずなのに……」

「ルミの優しさのおかげかもな」


四聖獣は感情の高ぶりで力を増す。ルミアの優しさに触れた事で喜怒哀楽の感情が刺激されたからだと俺は推測する。

自己回復能力の強化もそれで頷ける。


だからこそ、なんとかなる気になっていたわけだ。


「……私のおかげで治りかけてるなら、嬉しいですけど少し複雑です。戦いを止めづらくなりましたから……」

「……ごめん」

「仕方ないです。私も腹をくくります。神邏くんに……

「えっ?」


ルミアは俺の体に両手を当て……魔力を注ぐ。

――!?こ、これは……?





「言ったでしょう?貴殿達など、某の敵ではないのですよ」


バロンの前に、倒れ伏せるヒカリ先生達。


「ま、マジで化け物ねコイツ……」

「ぐっ!くそが……」

「こ、これまでかねえ……」


立ち上がる事もままならない三人。そしてバロンはそんな三人の元へゆっくり近づく。


「何度も邪魔されると面倒ですので、望み通りこの場で殺して差しあげますよ!」


奴はかまいたちを三人に向けて放つ――が、

それは一瞬でかき消された。


「――?何者です」


バロンはかまいたちを消し去り、三人を庇った人物に問いかけた。


人物……ふっ。自分でそういうのも変な話だな。


庇ったのは俺、美波神邏だ。


それなのに奴は、初対面かのように俺に問いかけたのだから余計に変な話。


まあ、それも仕方ないのかもしれない。


今の俺は漆黒のコートのような物を羽織り、髪は腰にかかるほどの長髪に、前髪もさらに長くなっている。

緑色ではなく、漆黒の髪。


そして久々に出現した、俺の右肩から生えた紫色の透き通った片翼の翼……


先ほどまでの俺の姿ではない。

気づかないのも無理はない。


そしてバロンは口を開く。


「片翼の……堕天使!?」



――つづく。



「ビジュアル系アーティストみたいな姿の神邏くんも……素敵です!しかしこの姿は一体?」


「次回、堕天使対騎士ナイト。激戦始まります!」

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