第99話  分断

「シャド……!」


 唇を噛み締める。遂に見つけた父親の仇。

 憎しみをもって切りかかりに行きたいくらいだ。


 だが、できない。

 あの魔力の圧……

 前に戦った帝王六騎衆・騎士バロン。……奴すら上回るほどの規格外の魔力を感じる。


 まだバロンにすら及ばない今の俺では……どうあっても敵わない。


 ここは、また逃げるしかないんだ。情けないかもしれん。

 でも、それしか方法は……ない。


 ……そうなると心配事は一つ。

 ベイルさんの安否だ。


 あんな化け物相手じゃ、勝ち目などあるはずがない。

 でもベイルさんは実力者、上手く逃亡できる可能性はあるかもしれない。


「あのおじさん、殺されるよ~」


 突如俺の隣に現れた、皆木叶羽が縁起でもない事を言った。


「皆木……。そういえばお前最近姿見なかったがどこに……」

「安心してって~叶羽さんは縛られてるから裏切る事なんてないしぃ~。ちょっと調べものしてただけぇ」

「まあ、その辺の事はいい。だが、今の発言……」

「うん。事実だよ」


 なんの迷いもなく、言い切る叶羽。

 彼女もまた、ベイルさんの実力は見て知ってるはず。あのあと修行をつけてもらっていたし。


 それでも無理と言い切れるのか。


「あの魔族はシャド。今でこそ八傑衆の立場だけど、実力は帝王六騎衆を上回るって噂だし」


 やはりそうか……

 夢、いや、過去に父を殺し天界を攻めたあの……


「詳しくは知らないけど、敵国との戦争での戦果もでかく、傷一つ受けずに勝ち続けてるって話だし~」


 英雄だった父を殺した相手と考えると、なにもおかしくはない。


 遠目で見ているだけで身震いしてくる……

 なんか、久々の感覚だ。


 久々……?

 そうだ、こんな感覚だいぶ昔にも感じた記憶がある。


 ……修邏あにだ。

 幼いときながら、なぜか恐れを感じていた。あの修邏と共にいた時の感覚。


 あいつは、生まれながらの超天才。魔力が絶大故にそう感じたんだと思う。

 つまり、シャドは修邏並みの化け物ってことなのか?


 ……その可能性はある。

 だが、それだけか?

 なにか、なにか他にも、理由がある気がしてくる。


 まるで修邏本人かのようにも……いや、それはないか。

 奴は死んだと聞くし、第一顔が違う。


 ただ、本当に死んだのかは疑問にも思う。

 そう簡単に死ぬような男か?


「どうしたの~波ちゃん」


 はっとする。今はそんなことどうでもいいんだ。

 ベイルさんは心配だが、この場から離れることが先決だ。


 ゾワッ……


 ただの直感だが、嫌な予感が俺の頭をよぎった。

 なぜかはわからない。だが、本能的な危機を感じ、俺は近くを走るルミアを突然抱き寄せた。


 俺の突然の行動に、ルミアは驚きながら顔を赤らめる。


「え、し、神邏くん!? も、もう……こ、こんな時に、し、仕方ないですねえ……」

「ごめん。だけど、離れないでいてほしい」

「え? は、はい……」


 素直に従ってくれて助かる……


 そして俺は皆に叫ぶ。


「誰かしらとくっつくなり、手をつなぐなりしてくれ! 一人になるな!」


 突然の俺の奇行に皆は驚くが、


「なんか知らんがわかった!」

「旦那の言うことだから了解!」

「え、わ、わかった!」


 言う通りに近くの者と手を繋ぎ出す。返事しなかった南城たちもちゃんと動いてくれていた。


 よし、後は全員手をつなげば……


 バクンと、地割れでも起きたかのような低く、大きな音が鳴り響いた。


 音の正体は空間の歪みだった。


 歪んだ空間は、ぱっくりと大穴を開けていた。まるでブラックホールのような……


 ふと、シャドの姿が視界に映る。


 奴は刀を握っていた。


 まさか、飛ぶ斬撃かなにかで、俺たちの前方の空間に穴を開けたとでもいうのか?


 紛れもない……化け物だ。


 ……してやられた。


 だが、別に死ぬわけじゃない。逃げる事には成功したはず。


 なら、結果オーライと思うしかない。


 次に、次に会うときこそは、もっと強くなった姿で、……シャドを倒す。

 もう、誰も失わないために、みんなを守れるように……


 逃げるのは、これが最後にしてみせる。

 俺はそう固く誓い……歪んだ空間の穴へと落ちていく。


 皆バラバラにはならないはずだ。少なくとも一人にはならない。手、離すなよ……みんな無事でいてくれ。


 ――そして空間は閉じられた。



 ――ベイルside。


 一方、シャドを足止めしようとしていたベイルだったが……


「て、てめえ……今、何をあいつらにした」


 質問に対し、シャドは答える。


「どうせ逃げられるのなら、せめて邪魔してやろうと、思ってね」

「じ、邪魔?」

「奴らの前方の空間を切り捨て、適当な別空間に飛ばしてやったのさ」


 切られた空間が周囲のものを吸い込み、弾けとんだ。


 簡単に言えば、ワープしたわけだ。こことは違う遠くの場所に。


 だから逃げきるのは成功した。

 ただし急なワープ故、空間に落ちたもの全てが、同じ所にとんだわけではない。

 落ちた地点によって、ここから近くだったり、遠くに飛んだりと様々なはず。


 つまり、皆はバラバラに飛ばされたと思っていい。


 神邏が近くのものと手をつなぐように言った理由がそれだ。

 離ればなれになるのを恐れたから。


 一応、一人ともつなげなかったものはいないはずだから、彼らにとっては幸いかもしれない。

 さすがに一人だけ、魔界の何処かに飛ばされるとなるとマズイだろうし。


「嫌がらせにしかならんかったかもしれんがな」

「結構面倒な事してくれたな。それにおれの足止めの意味もなくなっちまった」

「なら、逃げるか?」

「わりいが、おれは頭が悪くてな、逃げるって言葉はおれの辞書にのってねえんだよ」


 ベイルは大斧を手に取り、戦闘体制。


「……なるほど、なら今すぐその辞書に書き込んでおくんだな」

「ほざきな。言っとくがな、おれは帝王六騎衆のキングゴルドと渡りあった実力があんだよ。舐めんなよ」

「そうか」


 全く意に返さない態度のシャド。

 それがどうしたと言わんばかりだ。


 ベイルは大斧を振り回し、シャドに攻撃を仕掛ける……が、


 一瞬で大斧は砕け散る。

 シャドは何かした素振りはない。


「なっ!? い、一体どうなって……」

「どうした。もう終わりか?」

「だ、黙れ! さっさとてめえもかかってこい!」

「……もうやった」


 キンッと、金属音が鳴る。

 シャドが刀を鞘にしまう音。


 そう、しまう音だ。


 すでに……ベイルは、

 切り捨てられていた。


 ブシュッ……


 多量の鮮血が、ベイルから噴水のように吹き出した。


「がっ、はっ……」


 ベイルの全身から力が抜ける。

 たった一太刀で、まさかの勝負あり。


「う、そ……だろ……」

「ゴルド程度と互角なら……俺の敵ではない」


 天を仰ぐベイル……


「わ、るい……みんな。ヒカリ……レ、ヴァン」


 自らの出血で作られた血の海に、ベイルは倒れこんだ……


 そんなベイルを見下ろすシャド。


「……仲間の名か?……」



 ベイルほどの実力者ですら、全く相手にならなかった。

 シャド……


 神邏は果たして、これほどの強敵に勝つことができるのだろうか……



 ――つづく。



「……大丈夫、神邏くんなら……きっと、」


「次回 謎の美少女 え、また女の子ですか!? もうやめてほしいですね……あ、そういえば記念すべき100話ですね!」

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